第24話 俺にそんな力はない!
「……これがトルドールの仕業なら、なかなか頭が切れる男だな」
「どういうこと?」
ティエナが右手に持つマーラに質問をした。
「ここなら誰かに見つかっても、知らぬ存ぜぬで通せる。王家を追われたダイン家の当主、つまりはティエナの父親が秘密裏に行っていたものだとな」
「まさか……信じられない」
「可能性は高いぞ。となると次の一手は――マズい! 急いで逃げるぞ」
「え? どうしてよ。まだディグルを見つけてないし、この部屋の調査だって……」
「いいから急げ。完全にしてやられた! 教会の人間が訪ねてくるのも織り込み済みだったんだよ! ティエナへの挑発も含めてな!」
まだ意味がわかっておらず、戸惑うだけのティエナにマーラは状況の説明を続ける。
「奴は最初から、ティエナに地下室へ侵入させるつもりだったんだ。俺たちは罠にはめられたんだよ!」
「ええっ!? ちょ、ちょっとよくわかんないけど、とりあえず逃げればいいのね!」
「――どこへですかな?」
ティエナとマーラの前方にあった石壁が回転する。直後に現れたのは声を発したと思われるトルドールと、案内をされて地下室へやってきたレイシャルラだった。
「おやおや、どうしてティエナ嬢がここにいるのですかな。それに、むむっ!? 我が屋敷の地下室の床に奇妙な魔法陣が描かれているではありませんか! なんということか!」
わざとらしい驚きを見せるトルドール。劇の役者でもしないような大きな動きだ。
隣ではレイシャルラが目を細める。トルドールの言葉を全面的に信じたわけではないかもしれないが、この場にティエナがいるのは明らかに怪しすぎる。
「屋敷の調査を承諾したのはレイシャルラ殿だけ。貴女には許可を出した覚えはありません。つまり不法侵入です。しかもォ! 人の家で悪魔召還を試みるとはねェ!」
この状況になって、ようやくティエナもトルドールの狙いに気づいたみたいだった。
「アンタって、つくづく卑怯な男だったのね!」
「卑怯というのは人の屋敷へ忍び込み、悪魔を召還して使用人ごと私を殺そうと企む女にこそ相応しいと思いますがねぇ。さあ、レイシャルラ殿。不届きな者たちをこの場で成敗してください。よもや嫌とは言わないですな?」
「そうですね。成敗はともかく、拘束する必要はあるでしょう。少なくとも、私があそこの魔法陣を調べ終わるまでは」
不服そうにティエナが唇を尖らせる。
「拘束なんてしなくたって、逃げたりしないわよ。私はここにある魔法陣と関係ないしね」
「関係なんて求めてないだろ。どうやら奴は、ティエナの一家を根絶やしにするつもりらしいな」
「おやおや、物騒な発言はやめてもらえますかな。意思持つ剣殿。そこの女はともかく、貴方は私が有効活用してあげますよ。国王でありながら最強の騎士。なんとも心躍るではありませんか」
率直にマーラは思った。この男はアホだと。勝利を確信しているせいかもしれないが、隣にレイシャルラがいるのにべらべら喋りすぎである。
黙っていればどんどん自分に有利な状況へなっていくのに、それをぶち壊しかねないほど雄弁に語っている。自己顕示欲の塊みたいな男だった。
「トルドール様、まずは魔法陣を調べましょう。ティエナさんはそこを動かないでください。逃げようとすれば即座に拘束します」
「わかったわよ」
諦めたようにティエナが両手を上げる。とりあえずは、言う通りにしておくつもりなのだろう。
とはいえ、いざとなったら力ずくで行動するはずだ。大切な弟のディグルが、まだ見つかっていないのだから。
「これはティエナさんの家にあったのと同じ……? いいえ、少し違いますね。ですが、やはり教会では認知していない種類の魔法陣と思います」
慎重に近づいたレイシャルラが、しゃがみ込んで魔法陣を観察する。側にはトルドールもいる。
「まったく。このような魔法陣を、勝手に人の家の地下室に描かないでほしいですね」
「私じゃないって言ってるでしょ!」
「では、元からあったわけですな。つまりは前の所有者が、地下で秘密裏に研究していたということになりますな。事前に反逆を見抜けて幸いでした。奴の研究が完成していたらと思うと背すじが寒くなります」
奴というのが、ティエナの父親をさしているのは明白だ。どれだけ恨みがあるのか、とことんまで言葉や態度で嬲らないと気が済まないらしい。
「大方ティエナの父親と幼少時から比べ続けられて、被害者意識よろしく劣等感を抱いてただけだろうけどな。ついでに相手はイケメンで、何の意図もなく優しくされて、さらにひとりで惨めになっていたとかか。ははは。自分で言っといてなんだが、そんなベタな展開あるわけないか」
ノリツッコミ気味に笑い飛ばしたのだが、ネタにされた当人はまったく笑っていなかった。それどころか、怒りで顔面を紅潮させる。
「うるさいィィィ! 貴様に何がわかるうゥゥゥ! 私は偉いんだ! 王となる器なんだ! 地位も財産も好きだった女も私の物となるべきだ。あんな偽善者の手に渡っていいものではないィィィ!」
いきなりブチ切れたトルドールに、誰もが唖然とする。放っておけば、色々と独白してくれそうな勢いだった。
しかし、そう上手くはいかない。
「ぐぎゃっ!? な、何だ? 体が引っ張られる!?」
ズルズルと。
掴んでいる人間は誰もいないにもかかわらず、吸い込まれるようにトルドールが魔法陣へ近づいていく。
両足は動いていない。文字通り、トルドールは引きずられている。
「ど、どうなってるの、アレ。引っ張られるって、何? まさか……魔法陣!?」
ティエナが大きな声を上げるのと同時に、レイシャルラが動いた。
まずはトルドールの右手を両手で掴んで元の位置へ戻そうとするが、逆にレイシャルラまで一緒に引きずられる。
「くっ、何という力! こうなれば魔法陣を消去するしかありません!」
トルドールから離れ、自由になった右手で白銀の剣を抜く。
魔法陣へ突き立てようとするも、まるで金属にでもぶつかったかのような音とともに、レイシャルラの剣が空中で止まった。
驚くレイシャルラへ、懸命に手を伸ばすトルドールが叫ぶ。
「た、助けてくれっ! わ、私は王になる……ひいいィィィ!」
魔法陣の中心へ強制的に移動させられたあと、トルドールの肉体が四散した。気色の悪い音を立てて、血の雨を周囲に降らせる。
呆然とするレイシャルラに、マーラが声をかける。
「お得意の神聖魔法で蘇らせたりはできないのか?」
「死んだ人間の命を呼び戻すのは不可能です」
首を小さく左右に振って、レイシャルラが答えた。
「やれやれ。一連の事情について、一番知ってそうな奴が消されたか」
「……マーラたちの仕業ではないのですね?」
「俺にそんな力はない。ティエナにもな」
こくこくと頷くティエナは顔を青ざめさせている。大量の血どころか、人が無残に死ぬ光景を目撃したのだ。憎んでも憎み足りない相手だったとしても、まともな人間であれば気分は良くないだろう。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
魔法陣から視線を動かせないまま、ティエナはマーラの言葉に頷いた。
「とりあえず一度地下室を出ましょう。この魔法陣は、私では手に負えない可能性が高いです。教会に応援を頼まなければなりません。ダイン家へ残してきたミューリールも心配です」
「そ、そういえばディグルは!? ここにもいないの!?」
地下室には、誰かが隠れられるような小部屋やスペースはなかった。
トルドールが誘拐したという証拠はないものの、現時点でもっとも怪しかった。しかし、話を聞こうにも、魔法陣によって殺された。
「マーラ! アンタ、魔剣なんでしょ。波動みたいなもので探せないの?」
「そんな便利な力はない」
「ディグルを助けたいの。何とかしなさいよ。ほらっ!」
そう言ってティエナは自分の胸の上に、マーラの剣身を押し当てた。焦りと不安からディグルを探すのが最優先となり、羞恥などに構っていられなくなったのだろう。
ふにゅんとした柔らかなマシュマロを、枕にでもしたかのような幸福感に包まれる。触りたくても触れなかった感触を頬にプレゼントされ、スケベ一直線のマーラが滾らないはずがなかった。
「ぬっふああァァァ! 滾ってきたぜえぇぇぇ!」
お決まりの台詞とともに剣身を熱くする。確実に、ティエナの身体能力は強化されているはずだ。
けれど、現在のティエナが求めているのは戦闘力ではない。消息不明となったディグルの手がかりだった。
「どう!? ディグルの居場所はわかった!?」
「滾らせておいてもらって悪いんだが、さっきも言ったとおりだ。俺にそんな力はない!」
黙っておいて幸福を味わい続けてもよかったが、騙したりしたらあとが怖い。マーラだって、溶岩にぶち込まれるのはごめんだ。
「じゃあ、どうしろって言うのよ!」
「とりあえず帰宅してみたらどうだ。肝心のトルドールは死んでしまったし、もしかしたらディグルもひょっこり戻ってるかもしれないだろ」
「そうね!」
「待ちなさい。私も同行します。ダイン家の地下には、ミューリールもいますので。そのあとは教会へ付き合ってもらいます。状況の報告をして応援を要請します。弟さんが行方不明だというのであれば、人手も多い方がいいでしょう」
レイシャルラの提案をティエナが受け入れ、三人揃って地下室を出る。




