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第23話 俺の宝物を返せ!

「ちょっと、そこの君」


 唐突に背後から話しかけられて、ティエナはビクッと背すじを伸ばす。


 決して振り返らずに「何でしょう」と声色を変えて対応する。


「いや、通り過ぎた際に見慣れない顔をしていたような……」


「まだ新人なので。それよりトルドール様はどこでしょう。お届け物を頼まれたのですが」


 普段が嘘みたいに、丁寧な口調で背中越しに老齢の男性と思われる人物と会話する。


「そうか。トルドール様が所有者になって、メイドの入れ替わりも激しいものな。覚えられていなくとも無理はないか。それより、お届け物とは?」


「申し訳ありません。中身については教えられておりません。決して見ることなく、トルドール様へ私が直接届けるように申し付けられました」


 ティエナはもともと王族だった娘。ある意味では、メイドの言葉遣いや態度に慣れているともいえる。


 ぐるぐる巻きにされて視界が役に立たないマーラは、耳だけで状況を判断するしかなかった。


 王位継承権第一位の人物が住まう屋敷に、謎のメイドがいたら怪しまれて当然。身元を確認する質問は執拗に続けられる。


 そう思われたのだが、マーラの予想に反して落ち着いた声の男性はティエナの説明に納得したみたいだった。


「今日はお前か。使用人の私たちには何も言えないのだ。すまないな。せめて気をしっかり持ってくれ。それと、トルドール様は今、客人と二階の資料室にいるはずだ」


 最後にそれだけ言うと、呼び止めた男性は自分の仕事へ戻ったみたいだった。


「一体何だったんだ」


 頬擦りするように、貰った薄ピンクのショーツの感触を堪能しながら、マーラは言った。


「不愉快な貴族にはありがちな話よ」


 面白くもなさそうに、ティエナは吐き捨てた。


「適当な用事を言いつけて部屋に呼んだメイドを、力ずくで組み伏せてるんでしょ。入れ替わりが激しいのはそのせいよ。腹が立ったところで相手は王位継承権第一位の王族。泣き寝入りするしかないわ。それがわかっているから、あのクソ野郎も好き勝手やってるのよ」


「不愉快だな。絶対に許せん。是非、俺の新たな所有者となってもらおう」


「アンタ、溶岩の中に捨てられたい?」


「貰ったパンティで我慢します」


 声がどこまでも本気だったので、おとなしくしておく。


 はあとため息をついたティエナは、気を取り直すように前を向いた。


「さっきの人のおかげで有用な情報を得られたわ。トルドールが二階へいる間に書斎へ向かうわよ」


 ティエナは真っ直ぐに書斎を目指し、扉の前に到着すると鍵を開けるふりをして、マーラの剣先部分の布を外した。


 木製のドアなど滾っているマーラには紙切れも同然。小さな四角形の形に切り、その中に手を入れたティエナは内側から鍵を外す。その間、わずか数秒ほどだった。


 ティエナは周囲の使用人に不審がられないように「失礼します」と告げて中に入る。切り取った部分を戻し、鍵をかける。勢いよくドアを開けられそうになれば、穴部分が露出するかもしれないがまだ時間的な余裕はあるはずだった。


 書斎に入ったティエナは、マーラを巻いていた布を外すと大切なショーツを取り上げた。


「な、何をする。俺の宝物を返せ!」


「お断りよ。十分に夢は見たでしょ。もうはくつもりはないから、後で捨てておかないと」


 勿体ないというマーラの言葉を無視して、ティエナが捜索を開始する。


 視界がクリアになったのでマーラも協力する。屋敷の規模に合わせるかのように、書斎も広い。小型の図書館くらいの面積がある。


 三メートル以上はある天井にまで届きそうな木製の本棚の数は、ゆうに三桁を超える。向かい合う形で数列が存在し、一列だけでも合計三十程度は本棚がありそうだ。そこにどのくらいの本が貯蔵されているかは、正直数えたくない。


 地下室の存在は知っていても、どこにあるかまではティエナも知らないみたいだった。書斎にあると推測したのは、この家に住んでいた時代、暇さえあれば父親が利用していたからだという。


「幼い頃に私が泣きながらお父様を探していたら、書斎からひょっこりと顔を出したの。中に招き入れてくれて、その時に地下室の話を聞いたのよ」


「なるほどな。となると地下室の入口は本棚の裏とかに隠してありそうだな。もしくは本の後ろに、地下室へ続く扉を出現させるスイッチがあるとか」


「マーラって、意外と頭がよかったりするわよね。何で?」


 聞かれても答えようがないので「さあな」と返すしかない。


「魔剣として目覚めた時からこうなんだ。理由は知らない」


「これでスケベじゃなかったら有用な剣なのにね。まさかこれも一種の呪いなのかしら」


「くだらないことを言ってないで、さっさと探せよ。特に本棚の下段の方だ。俺を背後に置いて、尻を突き出す体勢で頼む」


「マーラも少しは真面目に探してよ!」


 怒ったティエナが、適当な本棚に片手を置いたその瞬間だった。


 体重を支えきれないように本棚のひとつが回転し、横向きになると下に隠れていた小さな扉が現れた。


「どうやらこれが地下への入口みたいだな。それにしても、この棚だけ本も扉だったんだな」


 急に本棚が向きを変えたせいでバランスを崩し、転んでしまったティエナが立ち上がる前に腕を伸ばして本を取ろうとする。


「本当だ。精巧にできてるわね」


 体勢を直して床に座り込んだティエナは、見つけたばかりの鉄製の扉を確認する。床に正方形の形で存在しており、なんとか人がひとり通れそうなくらいの大きさだ。取っ手やドアノブはなく、その部分だけが他の床と色が違っていた。


 開ける方法を議論すると思いきや、迷うことなくティエナはマーラで扉に沿う形で床を斬った。正攻法ではなく、最初から力で突破する道を選んだのである。


「この先にディグルが捕らえられているかもしれない。もしかしたらダイン家の地下は偽装で、お父様やお母様だって……」


 ティエナがずいぶんと冷静だった理由は、はっきりとした希望が彼女の目には見えていたからだった。否定するのは簡単だが、せっかくのやる気に水を差すほどマーラも野暮ではない。


 そうだなと同意して、空いたばかりの床穴を見つける。足をかけるハシゴみたいなのが壁に張りついており、マーラのおかげで夜目がきいているティエナもすぐに見つけた。


 動き辛いメイド服を脱ぎ、自宅で着替えた服に戻る。その際にメイド服の上着の片袖を斬って、マーラの鞘代わりに使用する。もう片方の袖は紐代わりで、背中に固定する。両手で真下へ伸びるハシゴを掴む必要があるためだ。


 常に握っていなくとも、肉体の一部で触れていればマーラによる身体能力の恩恵を受けられる。メイドに扮して屋敷を移動中、ぐるぐる巻きにして運んでいた時に判明した。


 ハシゴにしっかりと足をかけたティエナは、慎重に下を目指す。さすがは侵入者対策というべきか、しばらくすると本棚が勝手に元の位置へ戻った。


 途端に真っ暗になった状況を受け、ランプを持ってくればよかったとティエナが愚痴る。とはいえ闇の中でもある程度見えるので、どうしようもないほどの不便さはない。


「俺に感謝しろよ。ふうふう」


「……ちょっと。感謝はするけど、アンタ、どうして私の背中で変な息をしてるのよ」


「服越しとはいえ、背中のすべやかな感触がたまらなくてな。こう、頬擦りしてるみたいな感じが……んふっ」


「ひいいっ。こ、怖いんだけど」


「我慢しろ。その代わり、さらに闇の中が見渡せるようになってるだろ」


 マーラが滾るほど視力も含めた肉体能力が強化される。逆に言うと、興奮させないとそれだけ危険が増す。


「な、なら、せめて静かにしてよね、もう」


 言っている間にも足がつくところへ到着する。縦に伸びていた細いトンネルが、今度は横向きに変わったような感じだ。


 ただし、高さが劇的に変わった。屋敷の天井よりは低いが、それでも二メートル近くはある。十分に立って歩ける。


「もしかしたら、侵入者に襲われた時の逃走ルートにもなっていたのかもね」


 可能性は高いなと応じつつ、マーラはティエナの背中でぬくぬくし続ける。まさに至福のひと時だった。


「マーラが滾るほど確かに私は強くなるけど、別の危険が増してるような気がするわ」


「気のせいだ。俺には手も足もない。エッチな真似をしたくてもできないんだ。どんどん痴態を晒してくれ」


「そうね。遠慮なくお断りさせてもらうわ」


 がっかりするマーラを手に取り、鞘代わりのメイド服の袖部分から抜き放つ。その際にただの切れ端となってしまった袖部分は捨てていく。


 地下通路は石造りの一方通行で、風は吹いてこないがひんやりとしていて、湿気を含んだ独特の空気が充満している。あまり手入れはされていなかった。


 慎重に先へ進んでいくと、木製の扉を発見した。ティエナが一応ノックをするが反応はない。


 ティエナが警戒しながら押し開ける。中はやはり石造りの部屋で、木製のテーブルとイスがひとつずつあった。


「ちょっと、あれ!」


 室内に入るなり、ティエナが剥き出しの石床を指差した。そこには血で描かれたような魔法陣が存在していた。

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