第19話 よくよく縁があるな
「相変わらず嫌味な行動ばかりする人ね。栄えある王国の未来が心配だわ」
「左様ですか。しかし、王国の未来よりも自身の嫁ぎ先をご心配なさったらどうです? よろしければ紹介して差し上げますよ。そうすれば、お父上の立場も少しは回復するかもしれません。まあ、生きていればの話ですが」
「どういうことよ!」
「それはこちらの方々がきっと教えてくださいますよ。私はただ、ご案内させていただいただけですので」
やはり演技でもしているかのような動作で、トルドールが一歩下がる。代わりに前へ出てきたのは、短い期間だったが面識のあるひとりの女性だった。
「私はレイシャルラと申します。貴女が手に持つ魔剣とは何の関係もない神聖騎士です。すぐ後ろにいるのはミューリール。神官で私の共をしております。どうぞ、よろしくお願いします」
スリットの入った改造修道服で頭を下げるレイシャルラに続き、ミューリールもよろしくお願いしますと頭を下げる。修道服では隠しようのない巨乳が魅力的に揺れる。
マーラの視線にいち早く気づいたのは当人ではなく、レイシャルラだった。無関係だと言っておきながら、目を吊り上げる。
「相変わらずのようですね。どのようないきさつで所有者となったのかは存じませんが、一刻も早く手放すのをお勧めします。人里離れた洞窟へ放置しておけば誰も被害にあわずに済むと考えたのですが、甘かったみたいです。今度は溶岩のある場所まで連れて行き、跡形もなくなるまでどろどろに溶かします」
「待て待て待て! いくら何でもやりすぎだろ。俺がお前に何をした!」
「不愉快なほどふしだらな発言を四六時中していたではないですか! 貴方のせいで手放して以降も幻聴が聞こえる始末。存在を消し去らねば気が済みません!」
「なるほど。要するに幻聴が聞こえるほど愛してしまった俺が、今はティエナの手にあるから嫉妬して気が狂いそうなんだな?」
「どこをどう聞いたら、そうなるのですか!」
レイシャルラが顔を真っ赤にするも、原因は照れではなく怒りである。からかっているマーラ自身もよくわかっていた。
もう少し遊んでやろうかとも思ったが、ティエナに「いい加減にしなさいよ」と注意されたので、とりあえずやめておく。
「ええと、レイシャルラさんでしたっけ? 貴女の気持ちもわかりますけど、とりあえず今の私にはマーラが必要なので手放せないの。ごめんなさい」
「必要……ですか。それは召還した悪魔が、歯向かってきた場合に殺すためですか?」
いきなりの質問に、ティエナが絶句する。核心をつかれたというより、意味がわからないせいだ。
しかしレイシャルラはそう思っていないようで、歩を進めながら言葉を続ける。
「この屋敷の地下で、悪魔召還が行われたのはわかっています。首謀者は貴女のお父上らしいですが、どこにいるのか教えてください。申し訳ありませんが、始末をさせていただきます」
凛とした態度で言い放つレイシャルラに迷いはない。
街の誰かがティエナの屋敷から現れたレッサーデーモンを目撃しており、王城か教会に報告をしたのだ。そうでなければ、ここまで迅速に神聖騎士が動くとは思えない。
「お父様が、あのレッサーデーモンを呼び出したの?」
震える声で、ティエナがレイシャルラに尋ねる。
「魔法陣の詳しい調査をしなければ確定はできませんが、恐らくは間違いないでしょう。レッサーデーモンは下級種とはいえ悪魔です。人類にとってはあまりにも大きな脅威となります。神聖騎士の名に懸けて放置はできません」
言葉を失うティエナに代わり、今度はマーラが発言する。
「もっともな意見だな。だがレッサーデーモンはすでに倒した。お前が俺を捨てたあの洞窟でな。だから今は調査を優先しろ。ティエナも覚悟はできてるんだよな?」
問いかけられたティエナが無言で頷く。
緊迫した場面だというのに、トルドールだけはニヤニヤと笑っている。マーラが心底好きになれないタイプである。
「……確かに貴女の服装を見るに、魔剣マーラの使い方は理解しているみたいですね」
レイシャルラが軽く咳払いをする。頬がかすかな桜色に染まっているのは、露出度の高いティエナの服装のせいだろう。
「お前だって神官騎士とかいいながら、動くたびにスリットから生々しい太腿を見せつけてるじゃないか」
「見せつけてるわけではありません! これはあくまで動き易くするために改良された由緒正しき神聖騎士の戦闘服です。愚弄は許しません!」
神聖騎士というだけあって、相も変わらずの真面目ぶりだ。だからこそマーラの下ネタ口撃に耐えきれず、レッサーデーモンを倒した直後に洞窟へ捨てていったのだろう。そのことについてはもう恨んでいない。おかげでティエナという所有者に出会えた。
「やっと貴方から解放されたと思ったのに、こんなところで再会するなんて悪夢です」
「はっはっは。よくよく縁があるな」
「嬉しくありません! ああ、もう! 貴方と会話をしている場合ではないのです。ティエナさんでよろしかったですね? 貴女のことはトルドール様から少しではありますが聞いています。父親思いで、素直な良い娘さんらしいですね。父親が悪しき行為に手を染めていても、秘密にしてあげるような」
ティエナのすぐ側で立ち止まったレイシャルラの全身から、例えようのない威圧感が放出される。
通常ならまともに浴びれば緊張と恐怖で動けなくなりそうだが、現在のティエナはいまだ滾り中のマーラを握っている。向上中の身体能力が精神的な余裕も生み出すのか、レイシャルラの視線を真正面から受け止める。
「レイシャルラさんは神聖騎士でありながら、トルドールの発言だけを一方的に採用するのね」皮肉交じりにティエナは言った。
「では貴女の背後にある魔法陣について、納得のいく説明を私にしてくださいますか?」
「残念ながらできないわ。私もここに来たばかりだもの。お父様とお母様が無事なのかを確認するために」
「そうですか。質問を変えましょう。貴女のご両親の安否はわかりましたか?」
「それも、いいえで終わり。お母様の寝間着は見つけたけれど、あとは……」
そこまで言うと、ティエナはレイシャルラの前から退けた。
意図を理解したレイシャルラは奥の魔法陣を、ランプを持つミューリールに照らさせる。
「これは……!」
見つけた大量の血の跡に気づき、レイシャルラは魔法陣の近くでしゃがみ込む。
背後にはランプを持つミューリールと、興味ありげに血で濡れた石床を覗き込もうとするトルドールが立った。
「ふうむ。やはり悪魔召還を実行したみたいですな。愛する妻を生贄に捧げるとは、なんとも危険な男です」
肩を竦めたトルドールが首を左右に振る。
適当に発言しただけかと思ったが、神聖騎士として知識のあるレイシャルラが同意した。
「この血は恐らくティエナさんのお母様ので間違いないでしょう。そして、あちらに散らばっている布きれみたいなものは……」
じっくり調べる前にレイシャルラたちが来たので、まだ確認していない場所もある。そこに服の切れはしと思われるものが無数に散らばっていた。
レイシャルラに目で確認を求められたティエナは、数歩近づいて悲しげに顔を伏せた。
「お父様の衣服に間違いないわ」
誰が破いたのかとは聞かない。この場で何が起きたのかを理解しつつあるみたいだった。
「ご両親ともに、呼び出した悪魔に殺されてしまったのですね」
自分事のように気落ちした様子のミューリールの呟きに、振り返らずにレイシャルラが言葉を返す。
「そのわりには血の量が足りない気がします。それに、この魔法陣も従来のと少し違っているようです」
「従来のと違う? どういうことだ。俺達にもわかるように説明してくれ」
マーラを持っているティエナも、そうだとばかりに頷く。瞳一杯に涙を溜めこんではいるが、口を真一文字に結んでこぼれそうなのを堪えている。
覚悟はできているという発言を肯定する態度をティエナがしているからこそ、遠慮なくレイシャルラも話している。下手に気遣って言葉を濁せば、その決意を冒涜するとでも考えているに違いない。
だからこそ、マーラもストレートに質問をした。レイシャルラならば、きっと答えてくれるはずだと。
ところがレイシャルラよりも先に言葉を発した者がいた。トルドールだ。
「少し考えればわかるでしょうに。ティエナの父親はレッサーデーモンに体を乗っ取られたのですよ。悪魔召還に使用する魔法陣を間違えたのです。そのくらいのペナルティはあって然るべきでしょう」
言い終えると、こちらを小ばかにするような感じでフンと鼻を鳴らした。いけ好かない男だ。ティエナでなくとも殴りたくなる。
「召還を試みた当人がいないので確かめようがありませんが、トルドール様の想定が一番しっくりきます。それにしても、貴女のお父様はどのようにして、これだけの悪魔召還の書物を集めたのですか?」
立ち上がったレイシャルラが、振り返るなりティエナの目を見た。責めるような険しさはだいぶ失われているが、それでも両親を失ったばかりの女性に向ける類のものではなかった。
「謎ね。屋敷の中にいきなりレッサーデーモンが現れるまで、私だって地下室があるのを知らなかったんだから」
屋敷から逃げ、洞窟でレッサーデーモンを倒すまでの経緯もティエナは簡単に説明する。
嘘をつかれたとは思わなかったのか、案外簡単にレイシャルラは信じた。
「家族へ秘密にして悪魔召還を試みるというのは、比較的よくある話です。もっとも大半は成功しないのですが」
しかしティエナの父親は成功した。血がひとり分しかなく、内部から破かれたような服の切れはしが散らばっていることから、レッサーデーモンに肉体を奪われたと想定できる。




