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第18話 俺を萎えさせないようセクシーに歩いてくれ

 本を持った手でティエナが示した先には、小さく区切られたスペースがある。屋敷のホールの数倍もありそうな地下室で、どうして目立たないような区画を作ったのか。


 悪魔召還秘術書が本物であれば、考える必要はないかもしれない。復讐か汚名をすすぐためかは不明だが、恐らくはティエナの父親がレッサーデーモンを召還したのだ。


 ティエナ自身も薄々は勘づいていたからこそ、先ほどの覚悟はできているという発言をしたのだろう。


「嫌なにおいは、あそこのスペースからしてくるみたいだな。引き返すのなら今のうちだぞ」


「冗談でしょ。私は誇り高きエルダイン王家の――もう違うけど、それでもお父様の娘なのっ! 例え、誰に何と言われてもね!」


 その台詞だけで、父親を心から尊敬していたのだとわかる。所有者が望むのなら、応じるのが魔剣だ。


「いいだろう。窮地が待ってるかもしれないんだ。俺を萎えさせないようセクシーに歩いてくれ」


「……理屈はわかるけど、どうにも納得できないわね。勝手にセクシーポイントを探してくれる? 露出度の高い恰好にはなってるんだし」


 好きに見てもいいという許可を得たので、より遠慮なく全身を舐め回すように眺める。肉感的なティエナの女体は、マーラの好みだった。


 滾るマーラを片手に時折微妙そうな顔をしながらも、ティエナは区切られているスペースに近づく。二メートルほどの高さがある天井と床で挟み込むように、複数枚の木版が設置されている。それが仕切りの役割を果たしていた。


 どこから入るのかは探すまでもない。並ぶ木版の一部が派手に薙ぎ倒されていたからだ。


 大きな男がひとり這い出たかのような印象を受ける隙間から、木版で仕切られていたスペース内に入る。


 すぐにティエナの足が止まった。濡れた石床に視線を向ければ、聞くまでもなく理由が判明する。


 中央に描かれた大きな魔法陣を中心に、大量の血が付着していた。まだ乾ききっていないことから、比較的新しいものだとわかる。


 ティエナは何も喋らない。口を閉じるのも忘れて、ただただ呆然と足元まで流れてきそうな血の塊を見つめている。


 代わりにマーラが仕切り内を警戒する。大体四方三メートル程度の小部屋的なスペースなので、誰かが潜んでいればすぐにわかるはずだ。気配はない。とりあえず安堵して、視線をティエナに戻す。


 簡単に冷静さを取り戻せはしないだろうが、それでも誰の血なのかを考える余裕程度は戻っているみたいだった。泣きそうになりながらも魔法陣の周辺を目で捜索し、一部分でピタリと止める。


「あれは……お母様の寝間着だわっ!」


 落ちていた白地の薄いワンピースみたいな服に、ティエナが駆け寄る。もしかしたら、こういうのをネグリジェとか言うのかもしれない。


 マーラと本を床の血で濡れてない場所に置いたティエナは、両手で母親のものだという寝間着を抱き上げた。持ち主の安否を憂い、何度も声を震わせる。


 ティエナたちが屋敷を逃げ出し、洞窟でレッサーデーモンに勝利して、戻ってくるまでは合計で三時間程度はかかるだろう。もしその前に脱がされていたのだとしたら、温もりは失われていて当然だった。


「お母様、どこっ!? 隠れてるのよね? 私が小さい頃のように、驚かそうとしてるんでしょ!?」


 迷子の子供が母親を探すみたいに、両目に涙を浮かべたティエナが仕切り内を歩き回る。聞こえるのは彼女自身の足音と嗚咽のみで、他の何も反応してはくれなかった。


 寝間着があった場所へ戻ったティエナは、スカートを短くしたことで見えていた膝から石床に崩れ落ちた。胸で母親の寝間着を抱き、蹲る。しゃくりあげるように泣く姿には、幾度もマーラに見せてきた勝気さは微塵も感じられなかった。


 内部からバラバラにされそうな悲しみと、ないはずの胸の痛みに襲われ、目を逸らしたいほどだった。


 今回ばかりはさすがに、スカートから覗きそうな下着を凝視する気分にはなれなかった。それでも時折、チラチラと視線を向けてしまうのは男の性なのか。魔剣に転生後の現在では、性別があるのかどうかも怪しいが。


 ある意味で呪いみたいなものなのかもしれないな。マーラは唐突に思った。


 悲しみに泣き喚く女性を慰めるではなく、エロポイントを探して情欲を高めなければならない。そうしなければいざという時、魔剣として役に立てないのだ。


 どのような状況でも滾らせる。簡単なようでいて、実はとても難しい。


 ひとしきり泣いたあと、ティエナは立ち上がる。寝間着を近くにあった木製の長机に置く。そこには火の消えたランプの他に、様々な本が乗っていた。


 マーラを手放してスキル効果の薄れている現在のティエナには、そこまで詳細に見えていないらしい。手探りで長机の上に何があるかを確認していた。


 適当に一冊の本を持ったあと、マーラの近くまでやってくる。置いておいた場所を大体は覚えているが、夜目がきかなくなったせいで正確にはわからなくなっているようだ。


 仕方なしに声を出して教えようとした矢先、マーラは見てしまう。四つん這いに近い体勢になっているティエナのたわわな果実を。


 大きく開いている襟元が、重力に引き寄せられるふくらみの存在をマーラに示してくれる。下着をつけていなかったら、確実に先端部も目撃できていたほどに。


 エロを活力にするのは呪いみたいだなんて考えていたのが嘘みたいに、思考がエロ一色に染まる。


「うひ」


「……そこね。何を見てたのか確認できなくても、簡単に予想できたわ」


 実に冷たい口調のティエナが上半身を起こす。開いていた服の隙間を片手で閉じ、もう片方の手に持っていた厚めの本をお仕置きとばかりにマーラへ乗せた。


「こら、重いだろ。だがこの刺激もまた、なんというか……むうう」


「はあ。こんな時でもアンタは変わらないのね。呆れるけど、ほんの少しだけ安心もするわ」


 苦笑したティエナが本をどかし、マーラを手に取った。


「あら。私の胸元を見てハーハー言ってたくせに、さっきより滾ってないじゃない」


「それならサービスをしてもらう必要があるな。いきなり敵が現れたら大変だ。ディグルだけじゃなく、ティエナの母親も捕らわれてるかもしれないしな」


「え?」


「え? じゃないだろ。確かにこの地下は怪しさ満点だが、ティエナの両親も知らない何者かが勝手に住み着いてた可能性だってある。あまり悲観的になるな」


「……アンタ、偽物ね」


 今度はマーラが「はい?」と疑問に満ちた声を出す番だった。


「マーラはそんじょそこらの変態魔剣じゃないわ。苦しんでる女性がいたら、助けるふりをして、おっぱいやお尻を揉むくらいは平気でやるエロいクズなのよ!」


 ずいぶんな言われようである。文句を言いたいが、先ほどの件もあって反論はできない。相手を本気で同情していようとも、滾る要素があれば理性よりも先に本能が反応する。こればかりはどうしようもなかった。


 何も言えずに黙っていると、おかしそうにティエナが吹き出した。


「本当に変よ、マーラ。まあ、夜目を活かして私のおっぱいを覗いてたんだから、調子が悪いのとは違うみたいだけど」


 からかわれていたと気付き、唇を尖らせたくなる。外見に変化がないので、拗ねても誰にも気づいてもらえないのだが。


「わかってるわよ。マーラが心配だけでなく、励ましてくれてるのもね。フフ。スケベなだけだと思ってたから、少し驚きだわ。さすが児童向けの小説で感動して泣くだけはあるわね」


「……いい加減、その情報は忘れてくれ」


「嫌よ。私がマーラをからかえる数少ない材料のひとつだもの」


「やれやれ」


 肩を竦めるような声を出し、所有者のティエナを見る。不安はまだ残っているが、それを感じさせないように気を遣って微笑んでいる。アンタではなく、嫌がっていたマーラという名前で呼んでくれるようになったのは信頼の証だろうか。


 他ならぬマーラ自身も気がつけばティエナを名前で呼ぶ機会が増えているので、もしかしたら無意識かもしれない。どちらにしても、当初よりも関係が多少良好になったのは間違いなさそうだった。


「ディグルも心配だけど、とりあえずはこの場にある物を調べるわよ。地下室で何が行われてたのか、判明させないと」


「その必要はありませんな」


 何者かの声が響いた直後、マーラたちのいる場所が照らされた。慌てて振り向くと、そこには三人の男女が立っていた。


 マーラとティエナが同時に声を上げる。


「レイシャルラにミューリール!?」


「アンタ、トルドールじゃない!」


 言ったあとで、ティエナがマーラを見る。


「知り合い?」


「ああ。前の所有者だ。ティエナの方は?」


「お父様を罠にはめてくれた最悪な男よ」


 年は四十代前半といったところか。身なりの良さを示すように、服やベストには宝石を使った細やかな装飾が施されている。高価そうな革靴に、ブレスレットや指輪といった数々の装飾品。さらにはシルクハットにも似た羽根付き帽子が印象的だ。貴族というよりは、どこぞの成金海賊みたいに見える。


「これは異なことをおっしゃる。私がいつ、貴女のお父上を罠にはめたのです? 反逆者の娘は、さすがに言うことが違いますな」


 口調は丁寧だが、言葉の端々に他者を見下ろすような雰囲気が滲み出ている。ひと言で表すなら嫌な奴である。


 その嫌な奴が、芝居がかった動作で帽子を脱ぐ。オールバックに固めた黒髪を闇の中で光らせつつ、腕をお腹の前へ移動させて頭を下げる。この場には似つかわしくない優雅な挨拶を決めたあと、誰も頼んでいないのに自己紹介を始める。


「私はトルドールと申します。メイクリアス王国の王位継承権第一位の者、つまりは次期国王です。どうぞお見知りおきを」


 言動や態度がいちいち鼻につく。王族をやめて役者にでもなればいいんじゃないか。そんな風に思っているマーラを、顔を上げたトルドールが見てきた。どうやら今の自己紹介は、ティエナをからかって遊ぶためのものではなかったみたいである。

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