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第16話 男性の象徴を想像して心を落ち着かせるんだ!

 母親の名前を叫び、両親の寝室だという部屋の扉を開ける。他にも部屋はあるみたいだが、単独で行動できないマーラに調べる方法はなかった。


 勢いよく開け放たれた扉の向こうには、日中なのにカーテンを閉じられ、明かりひとつない薄暗い部屋が広がっていた。


 マーラが滞在していた洞窟を思い出す。どんなに健康な人間でも、数日この部屋に閉じ込められたら、ほぼ確実に精神面に異常をきたしそうだった。


 何者かがいる気配を感じたわけではないだろうが、ティエナは右手に持っていたマーラを構えた。


 油断なく暗がりの室内を見渡し、一歩一歩中に入る。窓際のベッド付近まで移動すると、振り返って今度は入ってきた扉方面の警戒に移行する。追手は誰もいない。貴族の屋敷とは思えない、質素かつ埃の多い廊下があるだけだ。


 探るように後ろに回した左手で、ティエナがカーテンを開ける。現れた窓から飛び込んできた日の光が、室内に巣食っていた闇の大半を打ち払う。


 視界が開けたところで、改めてティエナは室内の様子を確認する。一日中ベッドで眠っているはずの母親の姿はどこにもない。あるのはホールの時同様、宙を舞う無数の埃だけだ。


 顔の前で左手を左右に動かし、埃を払いつつもティエナが軽く咳き込む。一方のマーラには何の影響もない。鼻や口などの能力はあるのに、こういう時は平気なのである。


「いないな。それに荒らされた形跡もない。寝室とはいえ、殺風景ではあるがな」


 仮にも王族の血を引く貴族の寝室とは思えなかった。あるのはベッドだけで、クローゼットひとつないのだ。


 小さなサイドテーブルがベッドの横へ申し訳程度に置かれており、その上にはずいぶんと使われていない様子のランプがあった。


「給金は支給されていたけど、両親は使わなかった。手を付けるのに抵抗があったんじゃなくて、その気力すらも失われていたのよ。お母様は私が注意するほどお買い物好きだったのにね……」


 シーツやブランケットに乱れはない。周囲の埃を気にしなければ、すぐにでも使えそうだ。


 普段なら、ちょっと休憩していくかと軽口を叩くマーラもこの時ばかりは黙っていた。所有者となっているティエナの不安や心配がダイレクトに伝わってきて、心が強く痛むのだ。


 両親の名前も顔も思い出せなくなっているのに、前世でいたはずの両親が懐かしくなる。もう二度と会えないと思うと悲しみが強まる。そんな思いを、ティエナに味わわせたくないとも。


「他の心当たりを探すぞ。俺とのベッドインを想像して惚けるのは、両親を見つけてからにしろ」


「何で私がアンタとの夜を夢見なきゃいけないのよ」


 威勢のいい怒鳴り声を室内に響かせて、ティエナは表情を一変させる。


「ドスケベ変態魔剣の分際で、私の心配なんて五十年早いのよ。気持ちはありがたく貰っておいてあげるけどね」


「フ、フン。俺は早くこの件を解決して、極上で甘々なご褒美を堪能したいんだ」


「アンタ、まだ忘れてなかったの? まあ、いいわ。約束を果たすのは五十年後だしね」


 にっこり笑ったティエナがマーラと部屋を出る。その直後、唐突に顔を青ざめさせた。


「ねえ、ディグルはどこにいるの?」


 問われてマーラも、ディグルの姿を見かけていない事実にようやく気づく。


「いつから!? ねえ、いつからよ!」


 剣身を揺さぶられながらも、繰り返しマーラは「落ち着け」とティエナに声をかける。


 屋敷の中に伏兵が隠れていたのだろうか。両親を探すのに夢中で、ティエナは後ろを気にしていなかった。それが仇になった。


 とにかく一度出入口まで戻ろうという結論になり、ティエナは駆け下りるように一階へ戻る。


 ホールにディグルの姿はない。屋敷の外を目視で調べるも、結果は同じだった。


 大切な弟が見つからない不安と焦りで、ますますティエナの狼狽ぶりが加速する。これではいきなり敵が現れても、マーラを滾らせるのは無理そうだ。


 一般的な女性の平均よりは身体能力が優れていそうだとはいえ、あくまでもティエナは貴族の令嬢。女戦士とからかっていても、戦闘の経験はまったく積んでいない。


 そんなティエナが、マーラの加護なしで敵と遭遇したりすればどうなるか。どれほど頑張っても、悲惨な結末しか想像できなかった。


「気をしっかり持て! 男性の象徴を想像して心を落ち着かせるんだ!」


「わ、わかったわ。男性の象徴を――って何でよっ! ふざけてる場合じゃないの!」


 その通りだとディグルは頷く。外見は変わらないので言葉しか伝わっていないだろうが、それで十分だった。


「ふざけてる場合でも、ショックを受けてる場合でもない。現実を正しく認識した上で行動しろ。さもないと死ぬぞ。ディグルが自分の意思でいなくなったのではなく、誰かに攫われたのならな」


 怒りたいのか、驚きたいのか、嘆きたいのか。実に複雑な表情を浮かべたあとで、ティエナは瞼を強く閉じて深呼吸をする。


 僅かであっても気持ちを落ち着けて目を開き、マーラを見てくる。


「アンタの言う通りね。慌てるだけじゃ、何も解決しない。とりあえずお礼を言っておくわ。それにしても、意外といつでも冷静よね」


「俺か? 心があるといっても、剣に転生した影響が出てるのかもしれないな。前世の性格の可能性もあるが、あまり覚えてないので比較のしようがない」


「そうなんだ。でも助かったわ。おかげで少しは落ち着けたし。まずは地下に行ってみましょう。お母様がいないのも誰かの仕業だとしたら、そこに何らかの手がかりが残っているかもしれない」


「残ってるのは手がかりだけじゃないかもしれないぞ」


「わかってるわよ。敵と鉢合わせした時のために、しっかり滾っておきなさいよ。私の愛らしい顔があれば十分でしょ」


「自分で言うか。顔立ちが整ってるのは認めるけどな。ただ、それだけで滾るほど俺は純情じゃないぞ。この際だ。尻じゃなくて胸に挟んでも――」


「――さあ、行くわよ!」


 マーラの台詞を途中で遮り、ティエナは地下室を目指す。出入口から見て左側。ホールの壁に豪快な穴が空いていた。明らかに内部から壊されている。


「レッサーデーモンが現れたのはここよ。ホールでディグルと掃除する場所を決めていた時に、いきなり派手な音を立てて出て来たから心臓が止まりそうなほど驚いたわ」


 出現したレッサーデーモンの背後に見えたのが、薄暗い空間へと向かって伸びる小さな階段だった。不思議に思ったが、存在を確認するだけで精一杯。何せ巨大なレッサーデーモンは、ティエナとディグルを見るなり凄い勢いで走り寄って来たのである。


「殺されると思って、私は唖然としているディグルの手を掴んですぐに屋敷を出たわ。こちらを狙っているのなら、下手に声を出さないで誘導した方がお母様に被害が及ばなくて済むと判断したの」


 ティエナの性格上、直感に従っただけなのかもしれないが、咄嗟の判断にしては上出来だとマーラは思った。


 仮にマーラがその場にいても同様の選択をした。人けのない場所まで連れ出し、そこでレッサーデーモンを倒す。


 ティエナとディグルはレッサーデーモンを倒す手段を持っていなかったので、人里離れた場所まで逃げ、その上で身を隠してやり過ごそうとした。


 もしかしたら戻ってくるかもしれないが、その時までには両親を連れて逃げていればいい。王家を直接追われた父親はともかく、王位に執着のなさそうなティエナとディグルであれば、そう考えても不思議はなかった。


 実際のところはどう思っていたか不明だが、今は追求より先にやるべきことがある。目の前の階段を下りた先に存在するだろう地下室の捜索だ。


 緊張で飲み込んだ唾が、ティエナの喉を上下に揺らす。踏み出した足が小さく震える。地下室へ続く階段は通常のよりも小さく、女性の足でも半分ほどしか置けないくらいだった。


 転げ落ちないよう慎重に歩くティエナが、軽く舌打ちをする。ランプを持ってこなかったのを後悔しているのだ。


「明かりが欲しいなら、母親の部屋にあったランプを取ってくればいい。暗闇の中で行動するのは危険だぞ」


「時間が惜しいわ。それにこれだけ暗かったら、地下室にいる何者かが明かりをつけているはずよ」


「誰もいなかったらどうするんだ? ランプがなかったら、調査どころの話じゃないぞ」


 その場合を想定していなかったのか、露骨にティエナが慌てだす。


「そうなったら、アンタが光って何とかしなさいよ」


「無茶言うな。俺の剣身は黒いんだ。そんな荒業ができるわけないだろ」


 自分自身の新たな体でありながらすべてを把握しているわけでないのだが、なんとなくそんな気がする。実際には可能かもしれないが、試すつもりはなかった。


 そんな真似をしなくとも、夜目がきくマーラには階段の先にある鉄製の扉まではっきり見えているからである。


「あー、もう。あの洞窟では途中からよく見えるようになったし、私は夜目がきくと思ってたんだけどな」


「もしそうなら、子供の頃に気づいてるだろ。まったくお前は――ん?」


 呆れ口調でいい加減にしろと続けようとして、マーラはとある事実に気づく。


 階段を下りようとティエナが足を踏み出すたび、大きいとまではいえなくとも、それなりにボリュームのある乳房がたゆんと揺れるのだ。それも目の前で。


 無言になったマーラを訝しむ余裕もなく、闇の中を見通せないティエナは恐る恐る階段を下り続ける。集中しているせいで、右手に持つ魔剣のガード部分がどこにあるかもわかっていない。


 なんという絶景だ。感動で涙を流しそうになるマーラの眼前に、二つのふくらみは存在した。舌ほどの長さの手でもあれば触れられる距離なのに、何もできないのがもどかしい。


 こうなったらと服ごと弾む果実を凝視しているうちに、徐々に剣身が熱くなるのを感じた。視覚から供給されるエロにより、滾りだしているのだ。


 無意識に出そうになる「むふっ」という声を抑え、じっくり見物する。なんとか上衣がずれて、下着なりがお目見えしないかと念を送る。


 直後に下着が出現するのではなく、ティエナが「あっ!」と少し大きな声を出した。何かあったのか尋ねる前に、独り言のように理由を説明する。


「急に暗いところが見えるようになった。洞窟の時ほどじゃないけど、これならなんとかなりそうよ」


 喜んだティエナが視線を下に移す。発見したのは自身のバストのすぐ近くで、ハーハーと荒い鼻息っぽいものを出しているマーラだった。

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