第15話 剣を振り回す貴族の令嬢なんて、あらゆる意味で危ないだけだぞ
姉の威厳を失わないためか、ティエナが得意そうに人差し指をピッと立てた。
「魔法は、はっきりとランク分けされてるみたいだけどね」
そうなのかと、マーラが事実確認を求める相手はディグルだ。
「間違ってないよ。難易度や威力によって、通常魔法も神聖魔法も一から六までランク分けがされてるんだ。一般的なのはランク二までだね。特にランク六になると、大人数で大掛かりな儀式が必要らしい。何でも、人類が脅威をもたらすかもしれない存在に対抗するために開発した魔法だそうだよ」
「へえ。凄いわね、ディグル。よくそこまで知っているわね」
マーラも同感だった。いくら本好きとはいえ、ここまでの知識を得られるものだろうか。
「僕が凄いんじゃなくて、父様の持っていた本が凄いんだよ。魔法だけでなく、スキルに関する書物までたくさん揃えられていたもの」
その言葉でようやくマーラは納得する。家名を剥奪されるまでは王家の一員だったのだ。本に興味があれば、いくらでも取り揃えられる財力があっただろう。
ディグルの少年らしからぬ知識量については納得できたが、代わりに新たな懸念が発生する。
どうして王家の血筋であるティエナたちの父親が、魔法についての本などを大量に所持していたのかという点だ。考えられるのは、魔法を使って何かをしようとしていたというもの。例えば、レッサーデーモンの召還とかである。
とはいえ、まだ王都に到着していない現状で、あれこれ言っても仕方がない。マーラは移動時間を利用して、知識を得ることに専念する。
「聞いた話をまとめるが、ダイヤの大陸には四つの国家が存在するんだよな?」
「そうだね。綺麗に四分割する形で左上にメイクリアス王国、その隣にエレスフィア聖国がある。王国の南にはガルググト商国があって、聖国の南にはリーンアルス魔導国。王国と聖国は同盟を結んでいて、商国と魔国は仲が良い」
改めて説明してくれるディグルに、マーラはちょっと待てと告げる。商国と魔国の関係性は初耳だった。
「姉様が言っていたけど、商国は魔導機械なるものを開発していて、エネルギーとなる魔力を援助しているのが魔国なんだよ。代わりに商国は魔法開発のための資金や物資を大量に援助しているんだ。もっとも、商国は王国の方が自分たちの利益になればさっさと乗り換える。姉様は節操がないと怒りそうだけど、本能に忠実な点は好意を覚えるよ」
そう言うとディグルは笑みを浮かべ、小さく舌を出した。ティエナは可愛いと感激しているが、中世的な顔立ちであろうと男は男。野郎の微笑みに心動かされるマーラではなかった。
「僕の個人的意見はともかく、上下に分かれた国家がそれぞれ同盟を組んでいるような関係だけに、戦力バランスは拮抗。戦争という状態にはなっていないね。近年、緊張感は高まりつつあるみたいだけど」
「いっそやってしまえばいいのよ」
ティエナが危険極まりない発言をする。
「由緒正しいものを古臭いと切って捨てるアホ商国や、大切なマナを湯水のごとく消費する魔国の連中にこの世界に住む資格はないわ」
「そ、それは言いすぎだと思うけど、姉様みたいな人が王国や聖国に多いから、商国や魔国との仲はよくないね。聖国はマナを有限と考え、魔国はマナを無限と考えているし。でも商国は別かな。彼らは好意の有無にかかわらず笑顔で近づいて商売をする。王国でも商国の商人に借金をしている貴族が多いはずだよ。商国との戦争になれば、王国の内部は大きく二つに分かれかねない」
「そうかな」マーラは言った。「ここぞとばかりに商国を滅ぼすかもしれないぞ」
「ああ、なるほど。マーラさんは頭がいいね。商国を攻め滅ぼせば、借金云々はうやむやにできるものね」
いわゆる踏み倒しである。とても褒められた手法ではないが、切羽詰まれば何でもやる人間はごまんといる。
それに借金を帳消しにする代わりに命を救ってやると言われれば、戦争に負けていた場合、商人たちは喜んで取引に応じるだろう。生きていればまた儲けられるが、死んでしまってはどうにもならない。
ティエナが不愉快そうな顔をしていたので怒られるかと思ったが、矛先を向けられているのはマーラではなかった。
「王国の貴族連中にも腐った奴はいるものね。ああ、腹が立つ」
ひとりでプリプリするティエナを見て、ディグルが苦笑する。
「王家を追われたウチを守る代わりに、姉様を嫁に寄越せという貴族が多くいたくらいだしね」
「ティエナの外見は極上だからな。内面は狂戦士だが」
「フン。言ってなさいよ。もうアンタを叩きつける力もないわ。逃げる時は一生懸命で気づかなかったけど、王都までは結構な距離があったのね」
貴族の令嬢であれば、基本は馬車を使って移動するはずだ。加えて歩き辛そうなドレスを着用している。ティエナの疲労は相当かもしれない。
一方のマーラは、持たれているので疲れはない。こうした点は剣になって得た数少ないメリットだった。
「もうすぐ着くよ。移動の魔法でも使えれば楽だったんだろうけどね」
「そんな魔法もあるのか」マーラはディグルに聞いた。
「魔国が生み出したんだよ。元々は竜が使う精霊魔法しかなかったみたいだけど、過去に人間と関わりを持った一体が伝えたとされているね。ただ人間と竜の持つマナは純度が違うため、同じように使用するのは不可能だった。人間用にアレンジしたのが魔法の祖と呼ばれる故人の大魔術師エンズレアだよ」
「そんな奴がいたのか。じゃあ神聖魔法も始まりは同じか?」
「違うよ。時の大神官が天より現れた神に授かったらしい。僕は存在を感じられないけど。ただ神聖魔法があるのは確かだね。基本的にマナを使うのは同じみたいだけど、どういう構造かは不明という話だよ」
ティグルがつまらなさそうに唇を尖らせた。
「神聖魔法を使える神官や神聖騎士は、すべて聖国に管理されている。何年も教会で修行や奉仕をして、認められた者がなれる。信心の強い者が選ばれるのは必然で、魔国が懐柔しようとしても応じない。捕らえたところでどのような尋問にも決して口を割らない」
その場面を想像でもしたのか、ティエナが小さく身震いした。
ディグルは姉を安心させるように笑い、続きを口にする。
「神聖魔法の秘密を暴きたかった魔国も、ついには諦めたみたいだよ。最近では魔法を民に還元せず、独り占めにしていると文句をつけて、世論を誘導しようとしているみたいだし」
ディグルの説明を聞き終わる前に、ティエナは遠くの景色を眺めたりしていた。小難しい話は本当に苦手らしい。
根はスケベなマーラだが、こういう話は楽しく感じる。覚えてはいないが、前世の性格も影響しているのかもしれない。
さらに付け加えられたディグルの話によれば、聖国は各国の許可を得て教会を各地に設置。神官を赴任させ、怪我などを負った住民を治療しているらしい。寄付という名の料金設定つきで。
「そうは言うけど、教会の料金設定なんて優しいじゃない。魔国で売ってる、誰でも魔法を使える巻物の方がボッタクリでしょ。下手したら一年分の食費になりそうな額のもあるじゃない」
会話に戻ってきたティエナが早口で唾を飛ばす。嫌な思い出でもあるのか、不機嫌度が上昇中だ。
「それだけ価値があるってことだろうね。巻物もまだ量産できないみたいだし。まあ、そんなわけで四つの国は様々な主義主張のもとで対立と接近を繰り返しているね」
「対立って、王国と聖国はずっと同盟関係のままじゃない。王国は聖国に騎士を派遣しているし、逆もあるわ。元々あった王国の奴隷制度を廃止させたのも聖国だしね。結びつきはかなり強いと思うわよ」
ティエナの補足も受けたところで、国家や魔法についての会話が一段落する。
まだ聞きたいことはあったが、マーラ片手にはしゃぎだしたティエナのせいで、それどころではなくなる。
しばらく歩き続けて疲労しきっていた状態で、遠目とはいえ王都の姿を確認できたのだから、ティエナが歓喜するのも当然だった。
「早くお父様とお母様の安否を確認しましょう」
ひとりで先に走り出したティエナを、慌ててディグルが追いかける。
マーラは早く両親の無事を確認したいティエナの右手で、絶えず振り回されている。
「少しは落ち着け。傍から見たら、剣を振り回す貴族の令嬢なんて、あらゆる意味で危ないだけだぞ。ただでさえお前の家は王家を追われたんだろ」
指摘を受けてようやく自身の現状を思い出したように、ティエナが多少の落ち着きを取り戻す。素直なタイプではないので、わかってたわよという文句のおまけ付きだったが。
郊外にあるというティエナたちの家――ダイン家は敷地面積がそれなりに大きく、一見で貴族の屋敷だとわかる。
歴史を大切にするという王都内にあるだけに、石をベースにした造りはどこか荘厳さを漂わせる。二階建てで立派そうだが新築ではない。恐らく所有者のいなくなった貴族の屋敷を、本来の家を追われると同時にあてがわれたのだろう。
高さ一メートルはあろうかという立派な石門が敷地を囲っているが、大半は破壊されていた。ティエナ曰く最初から壊れていたわけではなく、家の地下からいきなり現れたレッサーデーモンの仕業らしかった。
本来の役目を果たせなくなっている石門を抜け、敷地内へ入る。屋敷へ続く石造りの道の左右では、色彩鮮やかな花々が出迎えてくれる。
視線を石門の裏側へ移せば、葉を揺らす木々も見える。しかし花の多くは踏み荒らされ、木々も半分ほどは無残に叩き折られていた。数年もすれば、立派な廃墟となりそうな有様だった。
だというのに、ダイン家の様子を窺おうと周囲に集まってくる住民はひとりもいない。遠巻きに見ている者はいそうだが、関わり合いになるのはごめんといった感じだった。
「お父様!」
右手でマーラを引きずるようにして、ティエナが屋敷の扉の前に立つ。例のレッサーデーモンもここから外に出たのだろう、扉は侵入者すらも歓迎するようにぽっかり開いていた。
日の光が入口付近を照らし、舞い上がる多量の埃が見えた。
「ちゃんと掃除してないのかよ。仮にも貴族の屋敷だろ」
マーラの呟きが聞こえたのか、ティエナが軽く睨む。
「仕方ないでしょ。お父様もお母様も、この家に来てから外の人と会うのを嫌がったんだもの。使用人は雇わないで、掃除や食事は私とディグルが担当。二人だと手が足りなくて、優先度の低い場所の掃除は放置していたの」
「そういう事情があるなら仕方ないな。で、その引きこもりの両親は普段どこにいるんだ?」
「否定できないのが辛いわね。お父様はわからないけど、お母様は基本的に二階の私室で一日中ベッドに入ってるわ」
言うが早いか、ティエナが走り出す。古くなったカーペットを蹴るように、レッサーデーモンを倒した洞窟奥の空間が丸々入りそうなホールを抜ける。奥には二階へ続く階段があった。
ティエナは動き辛いと愚痴りつつ、これまでの経緯でずいぶんと汚れたドレスのスカートを翻らせる。
背後にいれば下着を目撃できるチャンスなのだが、生憎とマーラはティエナの右手に握られている。残念だが、引きずられなくなっただけよかったと思うべきなのかもしれない。




