第11話 敏感なグリップへの直撃パンチは激しい痛みとエクスタシィ
所有者と認めようが認めまいが、腕力さえあれば人間だろうと魔物だろうとマーラを持ち運びはできる。だがやはり美女の手に持たれるのは、なんとなく気分がいい。ずっとグリップを握られっぱなしなのも、レイシャルラで経験済みだがなかなかに甘美だ。
マーラが内心でそんなことを思っているとも知らず、ティエナは徒歩で王都を目指す。すぐ隣にはディグルもいる。最初はおどおどした感じだったが、今ではあまり怯えずにマーラへ話しかけてきたりする。
「どうしてマーラさんはあんな洞窟にいたの?」
「知りたかったら、あとでこっそりお前の姉のパンティを持ってこい。もちろん使用済みのだ」
「うん、わかった」
「わかったじゃないでしょ!」
ディグルの頭にげんこつが見舞われたあと、マーラのグリップにもティエナのパンチが放たれた。
「敏感なグリップへの直撃パンチは激しい痛みとエクスタシィ」
「うわ。なんか気持ち悪い。アンタがド変態なのを忘れてたわ」
ドン引き中のティエナが、やっぱりここで捨てた方がいいかしらなんて呟きを漏らす。
「失礼な女だな。お前が俺に刺激を与えたんだろうが」
「アンタがくだらない企みに、ディグルを巻き込もうとするからでしょ」
「ふむ。では弟に余計な発言をしないので、今この場でお前がはいているパンティをくれ」
「あげられるわけないでしょうが!」
おもいきりマーラは地面に叩きつけられる。さらには踏まれる。執拗に踏まれる。
「ぐはっ! やめろ! 今は萎えてるから、踏み潰されて役に立たなくなるだろ!」
「相変わらず剣なのに変な表現ばかり使うわね。アンタ、本当に剣なの?」
散々蹴り尽くして、肩で息をしているティエナにマーラは答える。
「そうだな。むしろ剣というより男性の象徴に近い感じだな」
「男性の象徴?」
「うむ。つまりはチン――」
「――もういいわ。それ以上は言わないで」
「何だ、これからがいいところだってのに」
心底残念そうなマーラの声に、ティエナが頭を抱える。早速、所有者になったのを後悔しているような感じだ。
「アンタが変態魔剣だと知っても、持って帰ろうとしているのは私だものね」
ふうとため息をついたあと、ティエナはところでと話題を変える。
「いつまでもお前呼ばわりされるのは楽しくないわね。私にはティエナという素晴らしい名前があるの」
「奇遇だな、ティエナ。俺にはマーラという情熱溢れる名前がある」
「マーラね。変な名前」
「失礼だな。まあ、こっちの世界で適当に言ったのを、間違えられてそうなったんだけどな」
「間違えられた? じゃあ、本当は違う名前ってこと?」
拾ったマーラを顔の前まで持ち上げ、ティエナは軽く首を捻る。美少女であるだけに、そうした仕草のひとつひとつが絵になる。
魔剣なので頬を赤らめたりはしないが、洞窟内で見せてもらった下着姿を思い出すと、反射的に滾りそうになる。
「……アンタ、何か変なこと考えてない?」
「なかなか鋭いな。変なことと言うより、お前の下着姿を――ぐぼっ」
またしてもマーラは地面に叩きつけられた。上から忘れろと怒鳴りつけられるも、あんなにも素晴らしい光景を忘却するなど勿体なさすぎる。しっかりと記憶のアルバムに保存済みだった。
ひとしきり踏みつければ気が済むのか、嫌そうにしながらもティエナが再びマーラを持つ。
「で、アンタの本当の名前とやらは? どうせならそっちで呼んであげるわよ」
「そうか。それはすまないな。マラと言ったつもりが、前の所有者にはマーラと聞こえたらしい。だから正確にはマラだな」
「マラ? それもまた変な名前ね」
「重ね重ね失礼な奴だな。マラというのは俺が前世にいた世界で、男性の象徴のことを指す言葉なんだぞ」
マーラの説明に、ティエナが目を見開いて硬直する。
「……今、何て?」
「だから、マラは男性の象徴を意味すると言ったんだ。男性の象徴というのはアレだな。つまりはチン――」
「言わなくて結構よ!」
またしてもマーラは地面に叩きつけられる。貴族の令嬢なのに、ティエナはずいぶんと乱暴な性格をしているみたいだった。
「アンタはこれまで通りマーラよ。名前の由来を知ったら、それだってあまり言いたくないけどね!」
怒り狂ったティエナが、もの凄い勢いで蹴りというか踏みつけを繰り返す。そのたびに、マーラの剣身に周囲の土が降りかかる。
基本的にマーラは剣なので、土まみれになっても別になんとも思わない。大地に擦りつけられたりすると、話は変わるかもしれないが。
真上から降り注ぐ太陽の熱が妙に心地いい。夏前の陽光は親友も同然だ。久しぶりに日向ぼっこを楽しむのもいいかもしれない。
「まったく。魔剣ってのは、どれもこんなにスケベなのかしら」
のんびりする前に、所有者となったティエナに拾い上げられる。短時間で何度同じ光景を繰り返したかわからないが、捨てていく気はないみたいだった。
「その魔剣が特別だと思うよ。まるで膨大な魔力の中に、人間の意思を強引に溶かし込んだみたいだね」
「そうなの? 毎日本ばかり読んで不健康と思ってたけど、意外にディグルの知識も役に立つのね」
指摘は辛辣だが、これでも窮地になれば自分の身より弟の無事を優先しようとする。なんとも不思議な姉弟だと、マーラはティエナを見て思った。
「姉様が活動的すぎるんだよ。少しはおしとやかにしないと、お嫁の貰い手が……いててっ」
何よりも大切と公言していたはずのディグルの頬を、情け容赦なくティエナがつねった。愛情よりも憎しみを感じるのは、マーラの気のせいだろうか。
「余計なお世話よ。それにお嫁にいけなかったら、ディグルに養ってもらうもの」
「ええー?」
「何よ、その嫌そうな声は。不満があるの?」
「ひ、ひひえ……ないれぇす」
もう片方の頬もつねられ、強制的に愉快な顔にされたディグルはそう答えるしかなかった。
ちなみにティエナがディグルと戯れている間、マーラは地面に突き立てられて放置中だ。
構ってもらえない寂しさよりも、外の風に当たる爽快さが勝つ。約束を守らないのは不愉快だが、洞窟の外へ連れ出してもらえたことには素直に感謝したい。
ディグルの頬から両手を離したティエナが、細く長い指をマーラのグリップに巻きつかせる。
「よいしょ」
「よいしょって何だよ。中年女性みたいな掛け声を出すな」
中年女性みたいと言われたのが恥ずかしかったのか、ティエナが顔を真っ赤にする。
「し、仕方ないでしょ。アンタ、結構重いんだから。滾ってるとまったく重さを感じないんだけどね。いっそ、もうずっと滾ってたら?」
「無茶を言うな。お前の弟は男だが、年中下半身を元気にさせていられるか? そんな真似をしたら、血管が裂けてしまうだろ」
「……ひとつ聞いていいかしら。アンタにとって、滾るってどういう意味?」
「それはもちろん男性の象徴を巨大化――ずぼへっ」
深くまで地面に突き立てられたあと、グリップを上からガシガシと蹴られる。おかげでマーラ自体がどんどん土の中に埋まっていく。
「二度と出てこられないように封印してやろうかしら」
「今さら何を言ってるんだ。脱げと要求された時点で、大体気づいてただろ」
マーラの指摘に、ティエナが顔をより赤くする。
「自分でなんとなく気づくのと、はっきり説明されるのとでは大違いなのよ!」
「じゃあ、黙ってればよかったのか?」
「それはそれで腹が立つわね」
つまり、どちらにしてもマーラは怒られるはめになったのである。不条理だとクレームをつけるも、不機嫌そうに一蹴されて終わる。
「元はといえば、自分の名前に変な名称を使うからいけないんでしょ! 一体、何を考えてそんな名前にしたのよ!」
「決まってるだろ。いかがわしい名前にすれば、必然的に女性がいかがわしい単語を言ってくれる形になるからだ。俺って頭いいよな」
「腐ってる。とことん思考が腐ってるわ。誰がこんな魔剣を作ったのよ」
怒りを通り越し、呆れ果てたティエナが大げさなまでにため息をつく。
「誰が俺を魔剣にしたのかは、こっちが知りたいくらいだ。どうせなら前世同様、人間にしてくれればよかったのにな。もの凄い能力のおまけつきで」
「前世って、名前の時も言ってたわね。本当の話なの?」
「まあな。といっても信じられないだろうから、話半分に聞いておけばいいさ」
普通の人間に異世界は本当にありますと言ったところで、鼻で笑われて終わりだろう。もっとも、マーラの場合は即座に信じて、異世界への行き方を執拗に尋ねただろうが。
そうした理由もあるので、無理に信じてもらう必要はない。そもそも記憶も少ししか残ってないのだ。あれこれと質問されても、大半は答えられそうもない。
「簡単には信じられないわよね。で、アンタの前世は何をしてたのよ。どうせロクでもないことだろうけど」
「転生した影響なのか、残念ながら記憶はほとんど残ってないんだよ。自分の名前も含めてな。はっきりわかってるのは、変な奴に殺されたってことだけだ」
マーラの声がいつになく真面目だったので、事実を話していると判断したのか、ティエナは嘘ばかりと笑ったりはしなかった。




