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第10話 おっぱいが……離れた……

 めり込みそうな柔らかさ。ぽよんとした弾力。矛盾する感触が同時に存在する素晴らしきクッションに、マーラの全身が蕩けそうになる。


 胸の谷間が剣身にはっきり伝わる。同時に唇とも近くなったので、苦しげとはいえ、ティエナの熱い吐息が吹きかけられる。


「ふ、ふお……ふおお――っ!」


 意味不明な咆哮を発したくなるほどに、とても素晴らしい感触だった。萎えていたはずの心が一気に滾る。


 マーラの全身に活力が戻れば、引っ張られるようにティエナの運動能力も強化される。勢いよく両目を開き、上昇した腕力をフルに活用する。


 両手を押し出す力のみでレッサーデーモンを後退りさせ、すぐにティエナは立ち上がる。これで戦えると思ったかもしれないが、直後に肉体の能力が低下し始める。


「おっぱいが……離れた……」


「何をしょんぼりしてんのよ! レッサーデーモンに破壊されたくないでしょ! アンタもしっかりするの!」


「そんなこと言われてもな。萎えるわー」


「ちょ、ちょっと! 今は駄目よ! そのまま滾らせてなさい!」


 事情を知らない第三者が聞いていれば、年頃の娘がはしたないと嘆くだろう。しかし危機を脱したばかりのティエナに、世間体を考慮するような余裕などない。


「じゃあ、あとで尻の割れ目に俺を挟むと約束してくれよ」


「はあ!? バカじゃないの!?」


「萎えるわー」


「こ、この……ド変態魔剣っ! わかったわよ! 約束してあげるから、萎えるのは中止!」


「ほ、本当か!? 本当だな! いやっほおォォォ! 滾るぜっ! 滾っちゃうぜえぇぇぇ!」


 内部で爆発した欲望が、かつてないほどマーラを熱くさせる。その滾り度は、これまでの比ではなかった。


 マーラを手に持つティエナが、自身の変化に驚く。軽くの跳躍で、二メートル以上のレッサーデーモンさえ飲み込んでいる洞窟の天井に頭をぶつけそうになる。


 左右に軽くステップ移動すると、敵がティエナを見失う。マーラのテンションに応じてスピードが劇的かつ何の脈絡もなしに変化するので、動きに慣れるのは難しい。


 好き勝手に動き回り、暴れられた挙句にディグルへ被害が及んだら元も子もない。ティエナが下着姿になったり、恥ずかしい約束をマーラとしたのも、すべては大切な弟のためだ。


 死角から剣を振り抜き、今度もレッサーデーモンの足を奪う。程なく再生するだろうが、それまでは移動を制限できる。


「どうするんだ。このままとどめを刺すのか?」


「……仮にお父様かお母様だったとして、この悪魔を元の姿に戻すことはできるの?」


 質問に対する答えを、残念ながらマーラは持っていなかった。無言を回答として受け取ったティエナは悲痛な顔で、壁際にいるディグルを見た。


「ディグル、目を閉じていて。辛い選択だった場合、貴方に苦しみを背負わせたくない」


 反対するのを許さない瞳の強さに気圧され、涙を浮かべたディグルは力なく頷いて瞼を閉じた。


「本当にいいのか?」マーラが問いかける。


「ええ。元の姿に戻せる方法があるのかもしれないけど、探している間に王都はパニックになる。不在の期間が長くなっても、詮索する連中が現れる。どうしようもないのよ。それにこの悪魔は私とディグルを殺そうとした。元々がお父様やお母様だったとしても、人の心を失っている証拠でしょ。だったら、私が片を付ける。娘としてね」


 強すぎるほどの決意は、ティエナ自身が迷わないようにするためでもあるのだろう。


 両足を失い、地面を転げ回るようにして苦悶するレッサーデーモンに剣先を向ける。


「願わくば、どうかお父様でもお母様でもないことを」


 祈るように呟いたティエナの両手が、真っ直ぐに下がる。


 滾って切れ味を増していたマーラは、易々とレッサーデーモンの屈強な肉体を貫いた。


 地面に突き刺さったマーラから両手を離し、ティエナは足元のレッサーデーモンをじっと見つめる。


 断末魔の叫びが洞窟中に響く。レイシャルラが仕留めた時同様に、悪魔の全身が黒い霧みたいになって空中に消える。残念というべきか、ティエナの親かどうかはわからなかった。


 レッサーデーモンが完全に消滅したところで、大きく息を吐いたティエナがその場に座り込んだ。


「……助かった、わね」


 疲労困憊といった様子のティエナに、ディグルが駆け寄る。


「姉様、大丈夫?」


「大丈夫よ。貴方を守れてよかったわ」


 無事だった弟の髪を優しく撫で、ティエナは微笑む。自分の身よりも、ディグルの無事を喜んでいるようにマーラには見えた。


 いくら姉弟といえど、ここまで強い絆を持つだろうか。下手をすれば禁断の関係にもなりかねないほどだ。歪んでいると表現してもいいくらいだが、ティエナに否定的な感情はないみたいだった。


 いかんな。心の中で強く思う。このまま人道を外れた関係になる前に、マーラが虜にして正しい道に戻すべきだ。そうと決まれば早速実行するしかない。


「俺は約束どおりにレッサーデーモンを倒した。お前も約束を守ってもらうぞ」


 地面に突き立てられたままでマーラは叫ぶ。約束した尻の割れ目でイヤンなご褒美を心から欲する。


「そうね。すでに家名を奪われたとはいえ、私は王族の血を引く者。約束は守るわ。五十年後にね」


「ごじゅ――」


 今日この場において、初めてマーラは絶句という単語の意味を知った。文字通り、言葉が出なくなるのだとも。


「いつ守るかは決めてないんだから、私の好きな時に実行させてもらうわ」


「ふ、ふざけるな! 五十年後のお前はただのしわくちゃ老婆じゃないか! 約束を守られたら気が狂う!」


「じゃあ、諦める?」


「ずるいぞ! 今すぐだ! 今すぐご褒美をよこせ!」


「五十年後じゃないと嫌。それにしわくちゃの老婆とは酷いわね。私は十八だから、五十年後でもまだ六十八歳よ」


「十分にババアだろうがぁぁぁ!」


 絶叫を洞窟全体に響かせるマーラを見て、ディグルがポツリと呟く。


「凄い。魂の叫びだ」


 余計なお世話だと心の中で毒づきつつも、マーラはディグルには構わずにティエナへなんとか約束を実行させようと試みる。


「俺にそんなふざけた真似すると、二度と協力しないぞ。いいのか? まだ危機は全面的に去ったわけじゃないだろ」


 レッサーデーモンの正体がティエナの片親だったのであれば、自宅に戻ればもう一体存在する可能性がある。すでに王都へ被害をもたらしているかもしれない。


 その光景がティエナの頭にも浮かんだのだろう。ディグルの肩に手を置いたまま立ち上がる。


「姉様。服ならあそこにあるよ」


 名残惜しさ全開の視線をマーラが向ける中、ディグルの案内で脱ぎ捨てていた服や靴をティエナが拾う。


 せっかくの下着姿が、あっという間に無粋なドレスによって隠れてしまう。心底がっかりしたマーラは大きなため息をついた。


「そこまで落ち込まれると、なんだか申し訳ない気持ちになるわね」


「そうか! だったら――」


「もう脱がないし、約束を果たすのは五十年後ね」


 お互いの主張はどこまでも平行線だ。こんなことなら、きっちりと日時も指定しておけばよかったと後悔する。


「服も着たし、帰りましょう。もう私たちを追ってくる悪魔はいないしね」


 ディグルヘそう言い、ティエナは寂しそうで辛そうな目をレッサーデーモンが消えた場所へ向けた。戦闘の名残はあるものの、悪魔の存在を感じさせるものは何ひとつ残っていなかった。


「家に戻れば、レッサーデーモンの正体がお父様かお母様だったのかもはっきりするわ。さあ、行くわよ」


「あん? おいおい。何してるんだ、お前は」


 マーラが疑問の声を向けた相手はティエナだった。


「何って、アンタを持って帰るのよ」


「頭は大丈夫か? 約束を反故されたも同然の俺が、二度とお前に力を貸すはずがないだろ」


「いいの?」


 ティエナがニヤリとした。


「このまま別れると、アンタは確実に約束のご褒美を貰えないわよ。でも私に協力したら、ご褒美が増えたり、実行日時が早まったりするかもね」


「騙されないぞ。言葉巧みに誘っておいて、また俺の力をタダで使うつもりだろ」


「仮にそうだとしても、私が持ち歩いている限り、アンタは色々な女性を見られるわよ。こんな薄暗い洞窟で何十年も過ごすよりよくない? それに五十年経ったら、本当にご褒美をあげるわよ」


「いるかっ! 五十年後のお前が相手ならご褒美じゃなくて拷問だ。しかし、街の女を見られるというのは魅力的だな。ふむ。まあ、いいだろ。ただし、俺が絶対に力を貸すとは思わないことだな」


「ええ、もちろん。納得してくれたところで行きましょう。まずはお父様とお母様の安否を確認しないと」

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