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第1話 滾ってきたぜえぇぇぇ!

 剣を持つ女性と、対峙する魔物がじりじりと間合いを詰める。


 女性は修道服のような服に身を包み、ロングスカートのスリットから覗く太腿がなんとも悩ましいが、当人にそんなことを気にしてる余裕はない。


 正面に立つのは頭の左右対称に立派な角を生やしている魔物。正確には悪魔がいる。


 悪魔の名前はレッサーデーモン。個体名がなく種族名で判別されるタイプの悪魔とはいえ、大地で暮らす人間にとっては十分すぎる脅威になる。


 赤黒い肉体は強靭そうに盛り上がり、丸太のような腕や大木のごとき足を形成していて、血走るように赤く光らせた両目を女性に向けている。


 両者の間にある緊張感がより強くなる。ピリピリして、触れるだけで肌が切れそうだ。


 女は深呼吸するように、息を大きく吸い込む。白銀に光る胸当てが、内部のふくらみに合わせて上下する。


 魔力が込められている白銀のガントレットを装備し、右手で剣を、左手で盾を構えている。


 集中力を高めた女が、意を決して前へ出ようする。


 その瞬間だった。


「萎えるわー」


 緊迫感に包まれた場には不似合いな、なんとも気怠そうな声が周囲に響いた。


 またかと言いたげな表情で、女が眉をしかめる。攻撃の機会も逃し、この上なく不快そうだ。


「少々、いえ、永遠に黙っていてもらえますか」


 女の声には、少なくない怒気が含まれている。


「黙ってられるわけないだろ。俺の力を最大限に引き出す方法を何度も教えてるのに、どうしてお前は実行しないんだよ。なあ、レイシャルラ」


 レイシャルラと呼ばれた女が、右手に持つ剣を怒鳴りつける。


「神に仕える神聖騎士である私が、ビキニアーマーなどという不埒な装備に身を包めるわけがないでしょう!」


「真性騎士だからこそじゃないか。真性はつまりドMだ。お前は見られて喜ぶ女なんだよ。さあ、自分に正直になるんだ!」


 もう嫌だ。類稀な美貌を歪めるレイシャルラの表情からは、そんな言葉が聞こえてきそうだった。


「どうして貴方はそうなのですか。そもそも神聖がドMとはどういう意味なのです」


「ドMってのは、あれだな。辱められて、もっとしてぇと喜ぶ性癖を持つ人間のことだ」


「そうですか。私はますます混乱しています。神聖騎士である私が、何故にそのドMとやらでなければならないのですか」


「だって真性なんだろ?」


「……貴方とは永遠にわかり合えないような気がします。会話は無意味。貴方は剣らしく、務めを果たしてください。行きますよ、マーラ!」


 レイシャルラに持たれている魔剣。それがマーラだった。


 気合の咆哮を放ち、レイシャルラがスピードアップの効果を発揮するマジックブーツの能力を解放する。


 速度が上昇し、疾風のごとく洞窟の最奥に位置する空間を駆け抜ける。

 眼前にレッサーデーモンが迫る。


「もらいました」


 レイシャルラの声とともに、魔剣マーラが一閃される。


「痛ってぇ!」


 悲鳴に近い声を上げたのは、マーラだった。


 レッサーデーモンの腹部を確かに薙ぎ払ったはずなのに、敵にダメージを与えるどころか、レイシャルラの右手が痺れて終わる。


「膨大な魔力を帯びている魔剣が、どうして悪魔を斬れないのですか!」


 抗議するレイシャルラに、マーラは拗ねるように言葉を返す。


「仕方ないだろ、萎えてるんだから。攻撃力を高めたいなら、俺をもっと硬くしてくれよ!」


「また、意味不明な言動を……! 貴方は魔剣なのでしょう!?」


「だから扱うのに手間がかかるんだよ。わかったら、この場で服を脱ぐんだ。その時に俺は真の力を解放できる!」


「お断りです!」


 レイシャルラが叫んだ直後、離れた位置から「危ない」という声が飛んできた。


 慌てて振り向くレイシャルラのすぐ近くへ、いつの間にかレッサーデーモンが迫っていた。


 両手に持った漆黒の槍の先端を、今にもレイシャルラの胴体に突き刺そうとする。


 マーラと会話をしていたせいで、戦闘中にも関わらず隙を作ってしまった。


 盾で攻撃を防ごうにも間に合わない。回避もできそうにない。焦りの汗を滴らせるレイシャルラは、敵の槍を見つめながら危機を警告してくれた者の名前を呼ぶ。


「ミューリール!」


「承知しておりますわ、レイお姉様。ガードウォール!」


 両手に持った木製のワンドの先端、螺旋のようになっている部分を、ミューリールと呼ばれた女性がレイシャルラに向けた。


 ミューリールの力ある言葉に応え、ワンドが発光する。


 放たれた光は一秒にも満たない時間で、レイシャルラの前に薄い白色の魔力の壁を作り上げる。


 強い衝撃音が響き、大気が揺れる。ランク二の神聖魔法による魔力防壁では、下級とはいえ悪魔であるレッサーデーモンの攻撃を何度も防げない。


 音を立てるように魔法の壁が崩れ落ちる。しかし、おかげでレイシャルラは無傷だった。すぐさま反撃の一手として、筋肉の鎧しか纏っていないレッサーデーモンの腹部を突く。


「だから無理やりは駄目だって! 折れるから!」


 泣きそうな声で悲鳴を上げたのは、レッサーデーモンの硬い腹筋と正面衝突したマーラだ。


「一度ならず、二度までも……信じられません!」


 ヒステリックに叫んだレイシャルラはマーラを床に放り投げ、代わりに腰に携えていた剣を抜いた。


 日の届かない洞窟の中で、ミューリールが作り出していた魔法の明かりに照らされて、魔力を帯びた白銀の刀身が神秘的に輝く。


 剣に秘められた魔力の強さはマーラほどではないにしろ、かなりの経験を積んだ戦士でも羨むほどの逸品だった。


 にもかかわらずレイシャルラが魔剣マーラを使っていたのは、討伐すべき相手が初めて戦う悪魔だったからである。


 ひと目見た瞬間に冷や汗が流れたほど底知れぬ魔力を持つ魔剣であれば、どのような悪魔であろうとも何とかなると判断していたのだ。


 結果的に間違いだったのを悟ったレイシャルラは魔剣マーラを放置し、以前から持つ白銀の剣でレッサーデーモンと激戦を繰り広げる。


 その様子をマーラは何をするでもなく、冷たい床岩の上で眺めていた。


 手足がないので、放り投げられてしまえばなすすべがない。世界は違えど、レイシャルラやミューリールと同じ人間だった頃が懐かしく思える。


 だが利点もある。どこをどのように凝視してようともバレないのだ。


 ガードと呼ばれる鍔部分に目がついているような感じなので、必然的に目線は低くなる。地面にいる現在ではなおさらだ。


 見上げる形になるマーラの視界には、腰まで届こうかという金髪を揺らして、踊るように剣を振るうレイシャルラの姿がある。


 よく鍛えられているとはいっても、レイシャルラは筋肉ムキムキのアマゾネスみたいなタイプではない。どちらかといえばスレンダーな部類に入る。


 胸当てや修道服の下にはそれなりの筋肉があるのだろうが、腕力自慢を全身で表現しているかのようなレッサーデーモンが相手では分が悪い。


 鋭く伸びた爪で白銀の剣は防がれ、まるで金属同士をぶつけ合ったような音が発生する。


 激しい衝突で剣と爪の間で火花が散る。耳に響く音の発生間隔が短くなるにつれて、徐々にレイシャルラが押し込まれる。


 一対一ならとっくに負けていたはずだ。戦局を五分にしてくれていたのは、後方で戦闘を支援するミューリールの力が大きかった。


 レイシャルラと行動を共にしている相棒のミューリールは、幼い顔立ちで少女と言ってもいいくらいだ。年齢は十六らしいが、それよりも幼く感じる。


 改造してあるレイシャルラのとは違い、神官であるミューリールは正規の修道服で身を包んでいる。


 聖魔法と剣で戦う神聖騎士に対し、神官は高ランクの魔法を駆使して援護する。だからこそ神聖騎士と神官は二人一組で行動する機会が多い。


 これはマーラ本来の知識ではなく、持ち主となったレイシャルラに教えてもらったものだった。


「ボディプロテクト!」


 ランク一の肉体防御を高める魔法を発動後、ミューリールはすぐに次の聖魔法の詠唱へ入る。先ほども使ったガードウォールだ。


 防御能力を高めてもらったレイシャルラは、上手くミューリールの援護と連動しながらレッサーデーモンへ攻撃を繰り返す。


 そのたびに髪の毛だけではなく、スカートのスリットも揺れる。生々しい太腿が露わになったところで、マーラは集中力を高める。


 剣の表面には表れていない目を光らせ、かすかに見えたスリットと太腿の隙間を凝視する。


 時間がスローにさえ感じる世界で、確かにマーラは見た。歓喜と興奮が渦巻く白い逆三角ゾーンの一部を。


「予想通り、そしてイメージ通りの純白! これはたまらない。滾ってきたぜえぇぇぇ!」


 いきなり雄叫びのごとく声を上げたマーラに、レイシャルラのみならずミューリールも驚く。


「おい、レイシャルラ。俺を使え! 今ならマックスとはいかなくても、半立ち状態だ。さあ、グリップを優しく握るんだ!」


「遠慮します」


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ? お前の力だけでレッサーデーモンに勝てるのかよ。負けたら、ミューリールも命を落とすかもしれないんだぞ」


 レイシャルラは嫌そうにしつつも、マーラを見た。

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