表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream12.狙われた学園
99/135

11.アルティメデスからの手紙

 後にピョンから聞いた話によると、シスター・ボールドウィンはミシェル・ウェールズに来る前に居た、サウスウェルの田舎にある修道院に戻っていたのだそうだ。身寄りの無い彼女が身を寄せるのはそこしかなかった。


 ハンプストン協会から校長としてミシェル・ウェールズに戻るように連絡があった時、少々その重責に疲れていたシスター・ボールドウィンは、戻るつもりはないと答えるつもりだった。もう20年以上戻ってなかった修道院だが、それでも彼女には懐かしく、ここで生徒やシスター達の事で悩まされること無く静かに暮らしていくのもいいと思ったからだ。


 だがある人物から手紙を受け取り、それを読んだ後、考えが変わった。手紙には渚が今回ダグレイ・バーキンスを追い出す為にあれこれ画策し、危ない橋を渡った事。勿論それはシスター・ボールドウィンの為だが、危険極まりない行為であり、シスターがいないと渚は何をしでかすか分からないと書かれてあったのだ。


 何より、渚やマリアンヌのような若いシスター達にはまだまだシスター・ボールドウィンのような経験を積んだシスターが必要であるという最後の文章を読んだ後、シスター・ボールドウィンはすぐに修道院を旅立った。


 ロンドンへ向かう列車の中で小さな鞄から手紙を取り出したシスター・ボールドウィンは、全くここに書かれてある通りだと思った。本当に渚はこうと思うと後先考えずに突っ走る所がある。


「それにしても・・・」

 手紙の裏に書かれている名前を見て、シスター・ボールドウィンはふと呟いた。


「アルティメデス・エ・ラ・ハザードって、一体何者なのかしらね・・・」








 テムズ川にかかる橋の欄干にちょこんと座って、ピョンはそろそろ街頭が灯り始めたロンドンの街を見つめた。暗くなるに従って明るくなっていくこの町を以前はそんなに好きではなかったと思う。だが今は霧の中に眠るように在る時も、雨がしたたる冷たい冬の日でさえ、この街が愛おしく思える。それはあの優しく灯る街頭のように静かに自分を照らしてくれる光が側に居るからだろう。


「それにしても・・・」


 ふとピョンは思い出したように呟いた。


「あの手紙の内容を知ったら渚は怒るやろなぁ。まあ、シスター・ボールドウィンをミシェル・ウェールズに戻す為に書いたんやから大丈夫かな。シスター・ボールドウィンもいちいちあの手紙を渚に見せへんやろし・・・」


 そんな事をブツブツ言っていると、渚が橋のたもとから走って来るのが見えた。


「お待たせ、ピョンちゃん。今日は何処に連れて行ってくれるの?」

「うーん、それがな。ワイにもよう分からんねや」

「え?」


 今日の昼間、パソコンを開いたところ、マリオからメールが届いていた。内容は今日の午後6時にテムズ川にかかるランベス橋の袂に迎えの車をよこすから、渚さんと待っていて欲しいとの事だった。それで渚に電話を掛けてここで待っていると伝えたのだ。確かに橋の袂にはマリオがよこしたとしか思えない真っ白なロールスロイス・ファントム(レンタル料、推定1100ポンド:約20万円)が停まっていて、運転手が渚を見るとにっこり微笑んでドアを開けてくれた。


 彼等は何が何だか分からないまま車に乗り込んだ。しばらく走ると車はボロウ・ロード沿いに在る小さな劇場の前で止まった。入り口にはこれも又マリオが雇ったのであろう、きちんとした身なりの男が立っていて、二人(男には渚しか見えてないだろうが)を案内してくれた。


 劇場の中は誰もおらず、どうやら貸し切りのようで、舞台の上もまだ暗いままだ。渚が案内されたのは前から3番目の中央の席だった。案内の男が劇場を出て行ったのを見計らって、渚はピョンを舞台が見えるように肩に乗せた。


「一体何が始まるのかしら」


 渚が呟いたとき舞台にライトが灯り、右袖から黄土色の和服を着た男が、チャカチャンチャンチャン・・・という三味線の音と共に現れた。男は舞台中央に置かれた紫色の座布団に座ると、手に持っていた扇子を膝の前に置き、丁寧に頭を下げた。


「えー、人間という者は、何かと人から認められたいという気持ちがあるものでございますが、私などもこの間うどん屋に入った時にですね。あっ、もちろんロンドンにもうどん屋はあるんですよ。まあ、美味しいかどうかは別にして・・・・」


 渚は嬉しそうに微笑むと肩に居るピョンに囁いた。


「ピョンちゃん、落語よ、落語。懐かしいわ」


 落語を聞いた事はなかったが、それが日本の文化だとピョンは知っていた。そう言えば以前マリオと話した時、彼は何とか渚を笑わせる策を考えると言っていた。その後、変な誤解が解けて渚と仲直りしたのだが、その事をマリオに伝えるのをすっかり忘れていたのだ。

 それにしても渚を笑わせるというのが、こんな風に思い切り笑わせる事だとは思わなかった。


ー なかなかFunnyファニーな奴やな、マリオも・・・ ー


 そんな風に思いながら渚を見ると、彼女は目に涙をためながら楽しそうに笑っていた。


ー まあええか。渚が楽しいんやったら・・・ ー


 渚の明るい笑い声を聞きながら、ピョンも初めて見る寄席に興じてみる事にした。






Dream12.狙われた学園 はこれで終了です。次はDream13.洋上の幽霊ゴーストです。

あまりに船旅に行きたい気持ちが高ぶり、ピョンちゃんと渚に行って貰う事にしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ