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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream12.狙われた学園
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8.蒔かれた種

 そんな風に渚とマリアンヌが友情を深め合っている頃、ミシェル・ウェールズの中庭でアマンダ・リゴレイは後ろから息を切らしてやって来たプードリー・オルバインに声を掛けられていた。この間マリアンヌの父を見つけてきてから、何かとこの男は自分の願いを叶えてくれとうるさく言ってくる。その願いを聞きたくもなかったアマンダはこの男に会わないよう気を付けていたのだが、教室の窓から見えていたのだろう。とうとう見つかってしまったようだ。


 アマンダはムッとした顔をした後、メガネの縁を上げながら振り返った。


「あら、ミスター・オルバイン。どうかされまして?」


 オルバインは息を弾ませながらアマンダの前で立ち止まると、まくし立てるように話し始めた。


「校長に話してくれたのか、例の件を!」

「例の件?ああ、ミス・コーンウェルをこの学園から追放して欲しい、とおっしゃってましたわね。でも彼女は期間講師。もう少ししたら契約期間が切れて勝手に居なくなってくれますわよ」

「それまで待てないから言ってるんだ。あの女は魔・・・」

 

 以前渚の事を魔女と言ってアマンダに大笑いされたオルバインは思わず言葉を止めた。


「・・・とにかく、あいつは追い出さなきゃならんのだ。このままここに居たら必ず災いをもたらす。それはあんたらの為にもならんと思うがな」


 くだらない・・・。アマンダはこんな迷信めいた考え方は大嫌いだった。物事は全て感情的にならず、合理的に進めるのが彼女の主義だ。今はシスター・マリアンヌを追い出すのが先決で、その為にはナギサ・コーンウェルは必要な存在なのだ。彼女は必ずこちらの思惑通り、マリアンヌが父とうまくいくように動くはずだから。大体マリアンヌの父親を連れてきたくらいで何を思い上がっているのかしら、この男は。父親の居場所を突き止めたのは私なのよ。この男はマリアンヌに顔を合わせられないと拒む父親を説得して連れてきただけじゃない。


「そう言えばそうでしたわね。でもミス・コーンウェルに何か落ち度があったわけでもないので、なかなかこちらから契約を破棄するのは難しいものがありますわ。ですからミスター・オルバイン。もう少しだけお待ち願えませんこと?その内校長がうまく取り計らってくださいますわよ」


 オルバインは不満そうにフンと鼻を鳴らすと、アマンダをじろっと睨みながら「宜しく頼みますぞ」と言って去って行った。その後ろ姿に「全く、醜い男は心まで醜悪ね」と呟くと、アマンダは1号館の4階にある校長室へ向かった。


 今日は以前ミシェル・ウェールズに入学を願い出てきた数名の子供の調査結果を持ってきたのだ。噂を聞きつけてこの学園に入学させて欲しいと言ってくる者は多いが、その全てを受け入れるわけには行かない。あまりにも人数が増えると、ハンプストン協会に露見する恐れがあるからだ。それに入学金だけでなく、毎年多大な寄付金を払える者、名の知れた財閥の家系である事はある程度の条件だ。ダグレイは金さえ払えば誰でもいいと思っているようだが、ミシェル・ウェールズというブランドを守る為には必要な事なのだ。


 アマンダは校長室で調査報告書を校長に渡しながらにっこり微笑んだ。


「来月は4人入学させますわ。どれも申し分ないお子様達でしてよ。中でもティアナ・ゴードンが紹介してきたメリッサ・コールディアスはいいですわね。多くの寄付金も期待できますわ」


 ダグレイは「そうか」と言いつつ、目を通していた書類をアマンダに返した。


「後は君に任せる」

「かしこまりました。それからプードリー・オルバインですけど、ナギサ・コーンウェルを早く辞めさせろとしつこく言って来ています。今はその時期ではないと言い聞かせてますが、あの男・・・」


 アマンダは思い出し笑いを押し隠すように唇に指先を当てた。


「ナギサ・コーンウェルが魔女だなんて言うんですのよ。この21世紀に魔女ですって。私おかしくて吹き出してしまいましたわ」

「ほう・・・?」


 ダグレイはなぜか興味深そうに呟いた。


「迷信深い人間はいつの世にも存在しているものだよ、アマンダ。そうだな、オルバイン氏を見かけたらここへ来るように言っておいてくれ」


 アマンダは少し訳の分からない顔をしたが、軽く頷いて出て行った。


 ダグレイはいつもシスター・ボールドウィンが見下ろしていたであろう窓辺に立って、敷地内の木々の向こうに見えるロンドンの街を見つめた。

 この灰色の空の下にある街にはろくな思い出などない。そしてこの町に400年も昔から建ち続けるこの古びた学園にも・・・。


「さて、そろそろ蒔いておいた種を刈り取る時期だな」








 ミシェル・ウェールズの一番門に近い所にある本館にそれぞれの学年が在籍する教室がある。1階は1、2年生、2階は3、4年生、3階は5、6年生で4階が7年生の教室である。4階は7年生の5クラスしかないので、他の空き教室には生徒達で構成される管理委員会や生徒会役員室などがあった。

 今日は生徒会役員の集会があるのだが、そこに出席するはずのシスター・モーリスが外に用事があって出かけていて戻ってくるのが遅れると連絡があった。その電話を受けた渚は放課後、それを知らせる為に本館の4階へと上がって来た。


 初めてその階に来た渚は役員室の場所が分からず、廊下の両側を見渡した。


「右、左、どっちかな?とりあえず左側に行ってなかったら戻ってこよう」


 その同じ4階にある7年生のAクラスは、今丁度授業が終わって生徒達が教室を出る準備を始めた所だった。皆のざわめきの中、一番前に座っているリーブ・ウィザーストーンの携帯が鳴った。どうやらメールが届いたらしい。誰からだろうと思いつつ画面を見ると、見覚えのないアドレスからだった。彼は眉をひそめつつメールを開いた。


ー 牛頭のバカ貴族 ー


 そう書かれた下側に、白と黒の牛が大きな羽の付いた帽子をかぶり17世紀頃の貴族の扮装をしてニヤニヤ笑っているイラストが添付されていた。


「あい・・・つ!」


 ギリッと歯を噛みしめると、リーブは走り出し、一番後ろの席に居るハリスにつかみかかった。


「この野郎!これ以上僕を侮辱するのは許さないぞ!」


 驚いて倒れたハリスの上に馬乗りになり、リーブは彼の頬を殴った。隣に居たルイーズが悲鳴を上げ、クラスは騒然となった。


「リーブ!何をしているの?」


 担任のシスター・リリーがびっくりして叫んだが、今目の前で怒っている出来事が信じられなくて、ただオロオロするばかりだった。


「何するんだよ!」


 ハリスが反撃に出たので、リーブと殴り合いの喧嘩になった。止めようと走ってきたジェームズとアランに、今度はハリスの友人のレヴィンが殴りかかった。机が音を立てて倒れ、女の子達の悲鳴が聞こえる。そんな中、良く通る声が鋭く教室内に響いた。


「止めなさい!!」


 驚いたアランとジェームズ、そして彼等に殴りかかっていたレヴィンは手を止めたが、ハリスとリーブはそれも聞こえないように殴り合っていた。


「止めろと言ってるの!」


 渚は2人の間に割って入ると、力強く彼らを引き離した。


「一体何があったの。言いなさい!」


 彼らが再び殴り合いを始める隙を与えないよう、渚はすぐに質問した。リーブは激しく息を切らしながらうつむいていたが、やがて小さな声で答えた。


「こいつが僕を侮辱するメールを送ってきたんだ」

「メール?」

「そんなもの知るかよ!お前が急に殴りかかってきたんだろう!」


 いきり立つハリスを片手で押さえて下がらせると、渚はリーブに携帯を見せるように言った。リーブがおずおずとポケットからそれを出すと渚は受け取って中を確かめた。


「ハリス。これを送ったのはあなた?」


 渚は新しく転入してきた全員の名前を聞いていたので、ハリスの事も知っていた。スマートフォンの画面を向けられたハリスは再び叫んだ。


「知らないよ!僕だったらもっと面白い文章にしてやるね」

「嘘つけ、この野郎!」


 渚は又殴りかかろうとするリーブの肩を押さえつけ、再び床に座らせた。


「ハリス、携帯を見せて」

「何で、やだよ」

「あなたが送ったんじゃないなら見せられるでしょ?無実を証明したくないの?」


 渚に促されハリスはムッとしながらも携帯をポケットから出し、ロックをはずして渚に渡した。渚はハリスの携帯とリーブの携帯を交互に見た後、今度はハリスの携帯の画面をリーブに向けた。


「見て。ハリスの携帯の中にはあなたに送ったのと同じメールは送信履歴に残ってないわ。それに彼のメールアドレスはあなたに送られてきたアドレスとは違う。彼は無実ね」

「そんなの、2台持っているのかも知れないじゃないか」

「人をそんなに疑うものではないわ。あなた、お名前は?ミスター」


 名前を尋ねられ、リーブは自分が男爵家の一員である事を思い出した。もしかして僕はとんでもない事をしてしまったんじゃないだろうか。リーブは青ざめた顔でうつむくと小さな声で答えた。


「リーブ。リーブ・ウィザーストーン・・・」

「そう。ではリーブ。あなたは寮の部屋に戻りなさい。誰か、リーブを部屋まで送ってあげて。それからシスター・リリー」

「は、はい!」


 いつもは渚を避けているシスター・リリーも彼女の見事な采配を見て、まるでシスター・エネスに答えるように従順に答えた。


「シスター・エネスにこの事を報告して下さい。それからそこの3人!」


 渚は急に怖い顔になってジェームズ、アランそしてレヴィンを指さした。


「倒れた机や椅子を元に戻しなさい。いいわね!」


 いつもは優しいと評判の渚がこんなに怖い女だとは思わなかった。3人は青い顔で小さく「はい・・・」と答えた。


「それからハリス。あなたは私と一緒に来て」

「な、どうして僕だけ!」

「携帯を返して欲しくないの?」


 大事な物を人質に取られていては、もう頷くしかなかった。





 

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