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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream12.狙われた学園
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1.シスター・ボールドウィンの解任 

「そりゃ、だんな。あきまへんがな!」


 近頃コンピューターを新しく買い替えたピョンは渚の居ない間、良くそれをいじっている事が増えた。新しいパソコンは高性能なので少々高かったが、色々な機能が全て入っているのでとても使いやすい。容量も大きいので色々なアプリを入れて楽しめる。ピョンが特によく使っているのは世界中何処でも相手とモニター越しに話せる機能だ。もちろん相手に自分がカエルだとバレるといけないので、カメラはいつもオフにしてあるのだが・・・。


 今日もピョンはマリオ・フェデラーというスイスの銀行家バンカーと話をしていた。彼に何か困っている事はないかと聞かれ、個人的な話やけど・・・と近頃渚の態度が少々冷たくなった事を話した。原因は多分この間の寝言の件だと思うと言うと、返って来た返事がこれだった。


「そりゃ、だんな。あきまへんがな!」(以下ドイツ語、関西弁(バージョン)

「な、何がや?」

「何がって、寝言で他の女の名前言うなんて、タブーでっせ。うちの嫁はんにそんなん聞かれたら、往復ビンタじゃ済みまへんな。エルボースマッシュ!にショルダーバスター!間違いなく半殺しにされまっせ」

(エルボースマッシュ:肘部を使う攻撃、ショルダーバスター:肩くだき)


 そない重大な犯罪なんか・・・。ピョンは脂汗をかきつつ思った。


「そやけど、ワイとナギサは別に付き合ってるわけちゃうし。ただルームシェアしてるだけで・・・」

「はあ~ぁ、だんな。何を言うてまんねん」


 マリオは大きくため息をつきつつ言った。


「男と女が一つ屋根の下に暮らしとったら、それだけで済まへん事は多々ありますやろ?ほら、昔映画でやったやつ・・・何やったかな、あの映画・・・」

「映画はええんや。ナギサはそんなんとちゃう。ワイの事はホンマに友達としか思てへん。そやのに最近何かというと“ピョンちゃんには彼女がいるもんねぇ”とか“これ以上太ったら彼女に嫌われるわよ”とか言って食事の量減らしよんねん」


「ああっ、だんな。だんなともあろうお方が、何言うてまんねん。鈍い、鈍すぎるわ!そんなん焼きもちに決まってるやないですか。ええですか?こうなったら、徹底的に機嫌を取るんです。そうや。高級レストラン借り切って食事なんてどうです?きっと感動しまっせ」

「・・・それ、この間ナギサの誕生日にやった・・・」

「うーん。ほんなら、部屋中真っ赤なバラで埋めてみるとか。花貰って喜べへん女はおりまへんで」

「部屋中やないけど、この間ニューヨークのキザ野郎が送ってきよってな。同じ事してもあかんと思うわ」

「う・・・」


 とうとうマリオもモニターの向こうで言葉に詰まった。ピョンは小さくため息をつくと、何も映っていないパソコンのモニターを見つめた。暗い画面にはまるで鏡のように自分の醜い姿が映っている。こんな自分に渚が嫉妬なんてするはずがない。ただ過去を語ろうとしない俺の事を、少しいぶかしがっているだけだろう。


「もおええんや、マリオ。ナギサはそんなしつこい性格ちゃうし、その内機嫌も直るやろ。悪かったな。くだらんこと相談して」

「何ゆうてはるんですか、だんな。ワイはだんなのプライベートバンクの専任担当者リレーションシップ・マネージャーでっせ。プライベートバンクは顧客の財産を守るだけやない。顧客およびそのファミリーのプライベートな人生をサポートするのも重要な業務なんです。よっしゃ、分かりました。このマリオ・フェデラー、どんな事をしてもナギサのねーさんを笑わせる策を考えますよって待っといて下さい。ほな又連絡いたします」


 マリオが会話を終える表示をクリックした後、ピョンは再びため息をついた。渚を笑わせる・・・。そう言えば、最近彼女が心から笑っている顔を見ていない気がする。それも皆ワイのせいなんやろか・・・。ふとピョンは思った。








 教会の重々しい木のドアを出てきたマリアンヌは、階段の上からこの間京一郎が造った庭園を見回した。春の日差しを浴びて様々な花が咲き誇り、今を盛りにと時を経た教会に似合う黒バラが周りを静かに彩っている。四季折々に姿を変える新しい庭園は、今では生徒やシスター達の憩いの場となっていた。渚からシスター・エネスと京一郎の昔話を聞いてから、渚とマリアンヌはこの庭園の事を『エレーヌの庭』と密かに、そして親しみを持って呼んでいる。


 その庭の片隅にあるベンチに渚が座っているのが見えた。彼女は教会の周囲に咲き誇る魅惑的なつるバラを見つめてため息をついている。何かあったのだろうか。最近はシスター・エネスもあまり口うるさくなくなって、渚と仲違いしているのは見ていないし、生徒との関係もうまくいっているはずだ。近づいて声を掛けると、渚はかなり落ち込んだ様子でマリアンヌを見上げた。


「一体どうしたの、ナギサ。何かあったの?」


 心配そうに隣に腰掛けたマリアンヌに、渚は少し黙り込んだあと話し始めた。


「実は・・・ピョンちゃんに好きな人が出来たらしいの」


 好きな人・・・と聞いて、マリアンヌ妙な顔をした。


ー えーっと、ピョンちゃんって確かカエルだったはずよね。凄くおしゃべりが上手だったけど、間違いなくカエルだったわ ー


 マリアンヌは自分の中で納得するように頷いた。


「そうね。もう春だからカエルにも恋の季節というか・・・。でも別に問題はないんじゃないの?もう1匹カエルが増えるだけでしょ?」

「問題大ありだわ。だって相手はカエルじゃなくて絶対人間だもの。エルサって呼んでたから」


ー え・・・とぉ ー


 再びマリアンヌは考え込んだ。どうしてカエルに人間の彼女が出来るのかしら。確かにあのカエルは人間っぽかったけど、普通、人間の方が拒絶するわよね。マリアンヌにはどうして渚がそんな考えに至ったのか分からないかった。


「でもナギサ?仮にピョンちゃんが人間に恋していたとして、それでどうしてナギサがそんなに悩まなきゃならないの?」

「だって・・・」


 答えようとする渚の目に、みるみる涙がにじんできた。


「もしその人の事が本気で好きならピョンちゃん、きっと出て行ってしまうんだわ!」


 突然わっと泣き出した渚の肩を、マリアンヌはおろおろしながら抱きしめた。


「落ち着いて、ナギサ。だってピョンちゃんはナギサのペットでしょ?他の誰かが勝手に持って行ったり出来ないわよ」

「ピョンちゃんはペットじゃないわ。ちゃんと家賃も半分入れてくれている同居人なの。だからピョンちゃんが出て行くのなら、私にはそれを止める権利はないの!」


ー カエルが家賃を払っている?どうやって? ー


 マリアンヌは少々動転したが、とにかく今は渚を慰める方が優先だ。


「ねえ、ナギサ。そのエルサって人の事、聞いてみた?」

「聞いたけど、答えてくれないの」


 渚はしゃくり上げながら答えた。


ー それは・・・確かに怪しい・・・ ー


 そう思ったが、もちろん口に出しては言えなかった。それにしてもこんなに泣きじゃくっている渚を見るのは初めてだ。まるで彼女の方がピョンに恋をしているようで不思議だった。


「とにかく、ピョンちゃんに本当に彼女が出来たかどうかはまだ分からないじゃない?そうだ!校長先生に相談してみましょう。校長先生ならきっと良い助言を下さるわ」


 校長の名を聞いて、渚はびっくりして泣き止んだ。確かにシスター・ボールドウィンの事は信頼しているが、こんな事を相談するのは少し恥ずかしい気がした。


「でも・・・校長先生もお忙しいでしょうし・・・」

「何言ってるの。校長先生はみんなのグランマみたいな存在なのよ。ナギサもお婆さまみたいって言ってたじゃない」

「それは・・・そうだけど・・・」


 マリアンヌが迷っている渚の手を取って立ち上がらせた時、重々しい鉄をこするような音がして、2人は表門の方を振り返った。滅多に開く事のない表の正門がゆっくりと内側へ開いていくのが見えた。外から一台の黒い外国車が入ってくる。


「まあ、高級そうな車ね。転入生でも来たのかしら。少し時季外れだけど」


 マリアンヌが話している間に車は入り口を右へ曲がり、そのまま3号館の前を通り過ぎてシスター達の寮がある1号館の前で止まった。その1号館の4階には校長室があるので、多分車の主はそこに用があるのだろう。礼拝堂から1号館まではまっすぐ歩道が付いているので、渚達は今から行こうとしていた1号館の方へ向かった。


 黒い車の後部座席から降りてきたのは、50台後半の紳士だった。背はすらりと高く、白髪の交じった金髪。面長の顔の頬は少しこけているが、風格のある顔立ちだ。男の他には誰も降りてこなかったので、どうやら新しく転入してくる生徒が居るわけではないらしい。男はいったん1号館の前でふと上を見上げた後、入り口を入って行った。それを見ながら歩いていたマリアンヌが言った。


「思い出したわ。あの車、あれはハンプストン協会の理事長の専用車よ」

「ハンプストン協会?」

「このミシェル・ウェールズを運営している団体の名前よ。理事は10人居て大体がこの学園の卒業生だと聞いたわ。その内の一人が理事長なんだけど、変ね。今のチャールストン理事長はもっとお年を召した方だったはずだけど・・・」


 とにかく先ほどの紳士が向かったのは校長室に違いない。渚とマリアンヌは目を合わせてうなずき合うと、男の後を追って1号館へ入って行った。







 校長室の開いたドアをノックする音にシスター・ボールドウィンは机の上の書類から目を離し、顔を上げた。入り口に立つ男がまるで来る事が分かっていたかのように、彼女は表情を変えずに持っているペンを机の上に置いた。


「お久しぶりですこと、ミスター・ダグレイ・バーキンス」


 ダグレイはニヤリと笑うと、ゆっくりと校長室の中に入って来た。


「ええ、本当に久しぶりですね、シスター・ボールドウィン。あなたがこのミシェル・ウェールズの校長に選任されて以来ですから、4年になりますかな」


 校長室からは見えないように廊下の陰に隠れていた渚はふと思った。


ー 校長先生って、校長になってまだ4年なんだ ー


 シスター・ボールドウィンはもうずっと昔からこのミシェル・ウェールズの校長だと渚は思っていたのだ。後ほどマリアンヌから詳しい話を聞くのだが、シスター・ボールドウィンは校長になる前は今のシスター・エネスと同じ主任シスターだったらしく、シスター・ボールドウィンが校長になったので、シスター・エネスがその代わりに主任シスターになったそうだ。


 オークの床に足音を響かせながら、ダグレイは校長の机の前に立った。そして相手を見下すような笑みを浮かべながらシスター・ボールドウィンを見下ろした。


「今日はあなたに特別なお知らせがあって参ったのですよ。チャールストン理事長が退任されたのをご存じかな?」


 シスター・ボールドウィンは少し指先を震わせたが、全く表情を崩さず目の前に立つ男を見上げた。


「それで?次の理事長には、あなたが選ばれたというわけね?」

「さすが勘が働かれる。ついでと言っては何ですが、このミシェル・ウェールズの校長も兼任する事が決まりましてね」


 ダグレイの言葉に渚とマリアンヌはびっくりして顔を見合わせた。この男が校長に就任すると言う事は、シスター・ボールドウィンは解任されるという事だ。渚は胸の動悸が激しくなるのを感じた。

 ダグレイの勝ち誇ったような声が、まだ校長室から聞こえてくる。


「正式な文書は明日にでも協会の方から届くでしょうが、私の就任は一週間後だ。それまでにシスター・ボールドウィン。荷物をまとめてここから出て行って頂きたい」

「そう。とうとうあなたの夢が叶うわけね」


 シスター・ボールドウィンはダグレイの失礼な物言いにも動じる事なく静かに答えた。


「ご訪問の意向は良く分かりましたわ、ミスター・バーキンス。でもあと一週間はここは私の聖域です。どうぞお帰り下さい」


 ダグレイは少し肩をすくめつつ笑うと「もちろん。もう用は済みましたからね」と言いつつ校長室を出て行った。






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