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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream11.Angel Snow ーエンジェル・スノーー
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4.解けた誤解

 アルセナーダの帝都カルタナは『黄金の蜜の都』と呼ばれ発展を遂げた都市である。馬車が通れるよう道は広く造られ、それらの道には石畳も敷かれている。だが綺麗に石が敷かれた道はその中心部だけで他は土が露出しているのが当時としては当たり前だったので、雨の後は道がぬかるんでサンダルが泥だらけになってしまうのが常だった。


 プラトスから以前借りていた借家を引き払うように言われていたエルサは、その土が完全に乾くのを待って宮殿を出た。借家はカルタナの中心街より少し離れた郊外にあるので、当然長い土道を歩いて行かねばならない。泥だらけの道を歩くと数少ないドレスが汚れてしまうし、少しだが借家に残している物も全て持って帰らなければならないので、道の状態が良い日を選んだのだ。


 借家から荷物を全て運び出してから近所にある大家の家へ向かった。今日は天気も良く、すがすがしい風が髪を揺らす。気持ちよさそうに深呼吸したエルサは、ふと向こうの方にある大きなオリーブの木の陰で二人の男女が親しげに話をしているのを見つけた。男の方は見知らぬ人間だが、女の方には見覚えがあった。大家の一人娘だ。


「メディア!」


 呼びかけると彼女は顔を上げて、笑顔で手を振り返した。


「エルサ。久しぶりね!」


 駆け寄ってきたエルサと抱き合うと、メディアは満面の笑顔を向けた。


「元気そうね。皇宮の暮らしはどう?皇帝や皇子にはお会いした?」


 いつもの数倍テンションの高いメディアに戸惑いながらエルサは答えた。


「一応お目通りはしたけど・・・。私達は宮殿の中で暮らしているわけじゃないのよ。召使いが使う別棟をお借りしているだけで・・・」

「それでも皇宮の中に居るのには変わりないじゃない。ねえ、アンティニウス。一度くらい宮殿の中で、お姫様みたいな生活をしてみたいわよね」


 後ろに居た男にニコニコしながらメディアが話しかけると、彼は近づいてきてメディアの横に立ち、彼女の肩に手を掛けた。


「お前だってこの辺り一帯の地主の娘じゃないか。充分お姫様だろ?」

「いやん、アンティニウスったらぁ」


 男に抱きつくメディアを見て、エルサは目をしばたかせた。確か皇宮に向かう前、彼女はアルタスに振られたと言って泣いていたはずだ。


「ね、ねえ、メディア」


 エルサはメディアをアンティニウスから少し離れた場所まで引っ張ってくると、声を潜めて尋ねた。


「アルティ・・・アルタスの事はどうなったの?」

「アルタス?ああ、シアンのいちで会った人?確かに凄いイケメンだったから恋人になれたらいいなって思ったけど、考えたら一度会っただけだし、市の屋台を巡って色々食べたりしただけだしね。それに何となく苦労知らずのお坊ちゃんって感じで、私とは合わないっていうかぁ。それに比べてアンティニウスはね・・・」


 メディアの恋人の自慢話も耳に入らないように、エルサは呆然と立ち尽くした。以前何となく元気のなかったメディアに事情を尋ねると、突然泣き出してアルタスの事を言うものだから、てっきり彼にひどい事をされたのだと思っていた。それが2人で市を巡っただけだったなんて・・・。


「見て。アンティニウスって凄くたくましいでしょ。やっぱり男は筋肉よねぇ。優男にはない魅力だわ。それにね・・・」

「あ、あの」


 延々と続きそうなメディアの自慢話を途中で止めると、エルサは金の入った袋を取り出した。


「私、今日はちょっと急いでて。それと大家さんに残りのお金を支払いに来たの。荷物は全部出して置いたから」

「そうなの?パパは今出掛けてるから、私が預かっておくわ」


 メディアは金の入った袋を受け取ると、にっこり笑った。


「大家さんに今までお世話になりましたって伝えて。あ、それからアンティニウスとお幸せに。それじゃ」

「又遊びに来てね、エルサ」


 手を振るメディアに背を向け、エルサはそそくさと借家の前まで戻って来た。急いで小さくまとめた荷物を拾い上げ、皇宮への道を歩きながらエルサは心の中で“どうしよう”と何度も繰り返していた。全くの勘違いでアルティメデスをひっぱたいてしまった事を思い出す度、後悔にさいなまれる。


 夕方近くやっと皇宮の中の借家に戻ってきたエルサは、薄暗くなった部屋の中で一人呟いた。


「やっぱり・・・謝るべきよね・・・」



 そうは思っても、こちらから皇子に会いに行くなど許されるはずもないので、エルサは次の日とりあえずこの間アルティメデスと会った皇宮の一番高台にあるバルコニーに行ってみた。しかしそこでいつまで待ってもアルティメデスは姿を現さなかった。温かい南風が少し冷たくなってきたので、エルサは諦めてそこを後にした。


 しばらくその高台に通ってみたが、あの日以来アルティメデスがやって来る事はなかった。いつも剣の練習をしている円形場に行ってもたくさんの臣下が居て、二人で話をするなんて出来ないだろう。


 大体皇子が一人で居る事など滅多にないのだ。一人で居るように見えても必ずどこかでゼルダとゴードが彼に近付く者に目を光らせているし、きっとあの高台で会った時は特別だったのだろう。


 そんな事を考えながら召使い達が暮らしている棟に向かって歩いていると、背の高い植え込みの陰で、アルティメデスが同じ年くらいの青年と話をしているのが見えた。彼と話しているのは、カルタナの大商人で城にも出入りしているモルタノ家の一人息子でラムスール。街でいつもアルティメデスと遊んでいる悪友の一人だ。見つけた。そう思って近づいて行くと、彼等の話し声が聞こえてきた。


「今度の女は間違いないですよ、アルティメデス様。とびっきりの美女です。絶対気に入りますよ」

「うーん。いくらいい女でもなぁ。他の男が手を付けた女なんかいらないぞ」


 ラムスールは商人の息子らしく、いかにもアルティメデスがそう言う事を見越していたように、ニヤリと笑った。


「この私がそんな女をあなたに紹介するわけないでしょう?もちろん生娘ですよ。そのくせ思いっきり色っぽい。どうです?会ってみたくなったでしょう」

「ああ、会いたくなった。で、紹介料はいくらだ?」

「金貨10枚。少々高いですが何しろ上玉ですので。早速会いに行きますか?」


 アルティメデスがラムスールにニヤッと笑い返すのを見て、エルサは腹の底から怒りがこみ上げてきた。やっぱりあのエロ皇子、女の子を引っかけるのにはそう言う下心があったのね。メディアはたまたまその毒牙を逃れられただけだったのよ。もう絶対、誰が、謝ってやるものですか!


 くるりと背を向けてその場を離れていこうとしたエルサを、アルティメデスがめざとく見つけて声を張り上げた。


「エルサ!エルサじゃないか!」


 その声にエルサは体中が震えるほどドキッとした。立ち聞きしていた事がバレたというより、あまりにも自分を呼ぶアルティメデスの声が親しい友を呼ぶ時のように優しげに聞こえたからだ。その声にどう答えていいか分からなかったエルサは、後ろを振り返ることなく走り出した。


 その姿を見てアルティメデスはものすごくムッとした。なんだ、あいつ。この俺様が呼んでいるのに逃げるとは何事だ。彼は「許さん」と呟くと、エルサの後を追って走り出した。驚いたラムスールは思わず声を上げた。


「アルティメデス様?行かないのですか?とびっきりの上玉ですよ!」

「それは又今度だ。急用が出来た!」


 エルサの後を追って凄い勢いで駆けて行く皇子を、ラムスールは呆然と見送りながら呟いた。


「あの方が女の背中を追うなんて・・・。珍しい事もあるものだな」


 夢中で走っていたエルサは後ろから強引に腕を掴まれて驚いたように立ち止まった。そして振り返って更に驚いた。アルティメデスが息を切らしながら自分の腕を掴んで居たからだ。


「お前、この俺が呼んでいるのにどうして逃げるんだ」


 怒ったように言ったアルティメデスの顔をエルサは訳が分からないように見つめた。


“どうして逃げると言われても・・・。じゃあどうしてこの人は私を追ってきたの?”


 エルサがただ驚いたように自分を見つめるので、どうやら自分の声が聞こえなかったのだとアルティメデスは勝手に判断した。そしていつものように腰に両手をやると、胸をそらしてエルサを見下ろした。


「エルサ。1週間後、剣闘大会サタドールがある。お前も見に来い」

「え?」


 エルサがまだ驚いたようにアルティメデスの顔を見つめている間も彼は話し続けていた。


「母上は血を見ると倒れてしまわれるような体質なのでサタドールはいつも欠席されるのだが、俺と父上の席の横にお前達親子の席を用意してやる。皇帝の座る場所だ。特別眺めが良いぞ。まあ臨場感は下の席の方があるのだが、剣でも飛んできて父上が怪我でもしたらいかんのでな。席はかなり上だが、それでもよく見える。楽しみにしているが良い」


 それだけ言い捨てると、アルティメデスは背中を向けた。どうやら彼はそれを言う為にエルサを追いかけてきたようだ。


「あ、あの!」


 ぼうっとして彼の言葉を聞いていたエルサは、やっと我に帰ったように叫んだ。


「私、皇帝陛下の横に座れるような服は持って居ません。だから・・・」

「そんな事は気にするな。ドレスの10枚や20枚、すぐにでも用意してやる」


 呆然としているエルサに言い捨てると、アルティメデスは大股で歩きながら宮殿の中へ帰って行った。



 次の日、久しぶりにエルサは父と共に皇帝との勉強会に参加した。サンティアヌスとプラトスは年も近いせいか随分と親しくなっていて、最近は時々昼食会にも呼ばれるようになっていた。今日も講義が終わった後、皇帝と共にいつものサロンで庭を眺めながら軽い食事を取って別棟にある住居に戻って来た。


 プラトスが少し昼寝をすると言って寝室に入った後、エルサも自分の部屋のドアを開けびっくりした。ベッドの上に山のようにドレスが積み上げられている。この時代には染色技術がまだ発達していないのでドレスはどれも白だったが、肩や胸元に色とりどりの飾り石の付いたかなり身分の高い女性が着るドレスで、それ以外にもアクセサリーがいくつか並んでいる。


 察するに昨日アルティメデスが「ドレスの10枚や20枚、すぐにでも用意してやる」と言っていた通りの事が起こったようだ。


「もう。こんなにたくさんのドレス、どうしろって言うのよ」


 少々腹を立てたように呟いたエルサだったが、それでもやはり美しい衣服は乙女心に嬉しいものだ。何より貴族や王族しか着られないようなドレスに胸が踊らないわけはなかった。サタドールには全く興味がなかったが、エルサは楽しそうにドレスを一枚一枚身体に合わせていった。





2,500年前のアルセナーダ帝国の話を書く時に参考にしているのは、古代ギリシャ(ギリシア)や古代ローマ帝国時代の文献ですが、見ていると人物がみな濃いオレンジ色の衣服を着ている挿絵があり、エルサのドレスもオレンジ色にするべきか迷いましたが、映画などでは大抵白の衣服を着用しているのを目にするので、アルセナーダでも全て白の衣服を着用している事にしました。

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