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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream11.Angel Snow ーエンジェル・スノーー
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3.本当の友達

 それからプラトスはサンティアヌスの依頼で歴を作る仕事に取りかかった。この当時の歴は29日と30日を交互に繰り返す一年で354日になるが、合計が偶数になるのを嫌い、355日としていた。しかし実際には10日程短いので数年に一度閏月を挿入して季節に合わせていた訳だが、それをプラトスが何年もかかって計測した太陽の動きに合わせた歴に改訂していくのだ。


 もちろんその歴には農作物を植えるに適した時期なども書き込んで行かねばならないので、プラトスは皇帝に勉強を教える以外はその歴作りに没頭した。エルサもそんな父を手伝いながら時々雨量や風の観測をしたりと、忙しく日々を過ごしていた。


 その日、皇帝から呼び出しがかかる前にプラトスはいつもの外に面したサロンではなく、部屋の中で授業をする事を勧めた。プラトスの待つ宮殿の一室に現れた皇帝は、なぜ今日の授業を部屋の中でするのかを尋ねた。


「今日は午後から雨が降ると思いましたので」


 プラトスの答えにサンティアヌスは不思議そうな顔をした。


「こんなに天気が良いのに・・・?」

「はい。そろそろ曇ってくるでしょう。風の向きが変わりましたので」


 午後から雨が降りそうだと思っていたエルサも洗濯物を取り入れに行った。宮殿の下女達も同じ場所に洗濯物を干しているので、彼女達にも雨が降るかも知れないので洗濯物を取り入れるようにと伝え、取り入れた洗濯物を持って宮殿の廊下を歩いていた。


 その廊下の先には円形場があって屋根のない広場になっている。そこから男達の騒ぐ声と激しく剣を交わす音が響いてきた。廊下から外を見ると、アルティメデスが身体の大きな男と剣を交わし合っているのが見えた。大男が振り下ろした剣を自分の身体の半分もあるような大きな盾で受け止めた後、アルティメデスは身を翻して再び男に斬りかかった。何度か剣を交わした後、アルティメデスの一撃に大男の手から剣が離れ、音を立てて地面に落ちた。


「参りました」


 男が地面に片足をついて頭を下げたが、なぜかアルティメデスは不満そうな顔をしてその男を見下ろした。


「キグラス。誰が手を抜けと言った?」

 問われた男はハッとしたような顔をした後、更に深く頭を下げた。

「手を抜いた覚えは・・・ございません」

「嘘をつけ!」


 アルティメデスの声が広場中に響いた。


「俺は本気でかかって来いと言ったんだ。ここに居る誰もがお前の力がその程度だなんて思っておらぬだろう。なぜ本気でかかって来ない。俺が皇子だからか?」

「違います。皇子は本当にお強くなられました。私はあなたに負けたのです」


 アルティメデスは歯を噛みしめ目を細めた後、キグラスに背を向け試合を見守っていた臣下達の方へ歩いて行った。皇子が近づいて来たので、臣下達は全員その場で跪いた。アルティメデスは彼らの少し前に居る2人の男の前に訓練用の剣を投げた。


「ゼルダ、ゴード。お前達なら俺と本気で戦うな。まずはゴード。お前からだ。剣を取れ」


 遠くから様子を見守っていたエルサも、臣下達と同じようにじっと黙って頭を下げているゴードを見つめた。ゼルダとゴードと呼ばれた男達は、初めてアルティメデスと会ったあの日も彼の側に従っていた男達だ。ゴードはさっきのキグラスと同じように大柄で鍛え上げられた体つきをしている。ゼルダはゴードよりも細身で鋭い目つきだが、今は戸惑ったように瞳を伏せていた。きっと2人とも彼の一番の側近であり、護衛だろう。そんな彼らが皇子に本気で剣を向けるのだろうか。だがアルティメデスはキグラスがわざと自分に負けたと思って憤っている。彼らが本気で戦わなかったら、もっと彼を怒らせる事になるだろう。


 それが分かっているのか、ゴードは剣を取る事も出来ずにただじっとうつむいたまま、地面に落ちた剣を見つめていた。


「どうした、ゴード。お前達は俺の親友だろう?幼い頃からずっと一緒に生きてきた。だったら剣を取れ。俺と本気で戦え。俺は例え傷つけられても文句は言わん。ゴード。剣を取れ!」


 ゴードは荒い息を2、3度繰り返すとピクリと右手を動かした。


「アルティメデス様!」


 それを止めるようにゼルダが叫んだ。そしてさっきよりも更に深く頭を下げた。


「我らは・・・あなたの友である前に、あなたの臣なのです・・・」


 それを聞いた時、アルティメデスの瞳はまるで泣いているように深い悲しみを映した。それを見てエルサは皇宮の頂上で見た彼の寂しそうな横顔を思い出した。そしてなぜ彼があんな顔をしていたのか、分かった気がした。


 彼は本当の友を求めているのだ。忠実な臣下や、ちやほやしてくれる友人ではなく、辛い事を分かち合い、共に高め合えるそんな人を・・・・。


 アルティメデスは厚い雲が広がってきた空を見上げると呟くように言った。


「もういい。全員下がれ」


 皆がどうしていいか分からないようにその場から動かないのでアルティメデスは叫んだ。


「下がれと言っている!」


 兵や臣下達が頭を下げそそくさと去って行った後、アルティメデスは一人で剣を振り回して練習を始めた。まるでそこに剣友が居て、二人で剣を交わし合うように・・・。

 そんな寂しげな姿を見ている事が出来ず、エルサも洗濯物の入ったカゴを拾い上げ、部屋に戻って行った。







 部屋の窓からポツポツと降ってくる雨を見ながらエルサはため息をついた。やはりプラトスが予測した通り雨が降ってきたのだ。こんな日は風を測る事も出来ないし、雨量計は雨の後に測定する物なので、今は見に行く必要もない。

 父の書いた天文学の本を上の空でめくりながら、エルサは小さく呟いた。


「本当にわがまま皇子なんだから・・・」


 そうは言うものの、さっきの悲しそうな瞳を思い出すと胸が痛む気がする。ひとしきり雨足が強まってきた時、エルサはふと思い出した。


 彼はあれからどうしたのだろう。まさかまだ一人で剣の練習をしているなんて事はないよね。そう考えると居ても立っても居られなくなり、さっき取り入れた洗濯物の中にある大きなタオルを2枚掴んで部屋を走り出た。


 先ほど通ったたくさんの柱の並んだ廊下まで来ると、ゼルダとゴードが柱の陰にたたずんでいるのが見えた。外ではまだアルティメデスが泥に足を取られながら剣を振り回している。だがゼルダもゴードもそんな彼に声も掛けられないようだ。自分達の言葉で皇子を深く傷つけてしまった。それが彼らを動けなくさせていたのだ。


 ゴードはそっと柱の陰から中庭を見守っている。ゼルダはそれさえ出来ないようで、片手の中に顔を埋め、柱に背を向けて立っていた。


 突然外でガシャンと大きな音がした。雨で手が滑ったのか、アルティメデスが振り回していた剣が彼の手から離れ遠くに転がっていた。だがもうそれを拾いに行く気力もないのか、アルティメデスはただじっと立ったまま冷たい雨粒に打たれていた。皇子の身を心配してゴードが走り出ようとしたが、ゼルダがそれを止めた。今自分達が行っても、アルティメデスを苛立たせるだけだろう。


 エルサはそんな彼等を見て小さくため息をつくと、タオルを一枚持って円形場へ入って行った。


 頭から降ってきた何かにふと顔を上げると、エルサが自分にタオルを掛けたのが分かった。彼女は不機嫌そうな顔でアルティメデスを見ている。


「早く中に入りなさいよ。風邪を引くわ」

「お前には関係ない」


 アルティメデスはそっぽを向いた。それを聞いてエルサはムッとしたように両手を腰に当てた。


「本当に困ったわがまま皇子様ね。分からないの?ゼルダもゴードもずっと心配してそこであなたを見守っているのよ。それからたくさんの侍従や召使いがあなたが戻ってきたら暖まれるようにってお湯を沸かしたり、部屋を暖めたりして待っているの。こんなにも大事に思われているのはあなただからなのよ」


「それがどうした。そんな事は俺が皇子なんだから当たり前だろう。皇子だからみんな特別扱いして、剣闘大会サタドールにだって出させてもらえないんだ」


「ふーん。それでみんなにわがまま言って困らせてたんだ。サタドールに出られないから何なの?世の中にはね、毎日の食べ物にだって事欠く人達が一杯居るのよ。毎日美味しい物を食べて、柔らかな寝床に眠れて好きなように生きて、そんなにも恵まれている人が何をわがまま言っているのよ」


「俺が恵まれているだって?」


 アルティメデスは頭に掛けられたタオルを掴んで地面に投げ捨てた。


「本当の友達が一人も居ないのにか?ずっと幼い頃から共に育ってきた奴らでさえ、親友じゃないって否定したんだぞ!街で遊んでいる奴等だって誰も本当に俺の事を思っている奴なんて居ないんだ。俺はいつだって独りぼっちなんだよ。それの何処が恵まれているんだ!」


 エルサは何て苛つく奴!と心の底から思った。わがままに加えて子供じゃないの、この皇子様は!


「街で女の子を引っかけて遊んでいるおバカな男共の事は知らないわよ。でもゼルダとゴードは違うでしょ?あなたに怪我をさせたくないからああ言うしかなかったんじゃない。どうしてそうあなたは人の心が分からないの!」


「俺は怪我なんかしない。剣の腕だって一流だ。それを確かめたかっただけだ。第一俺は15でエスタシアとの戦に出陣して勝利したんだぞ。それをいつまでも子供扱いして!」


「それだってゼルダやゴードや他のたくさんの臣下が、あなたを命がけで守ったからでしょう。いい?ゼルダとゴードの言葉であなたが傷ついた以上に、あなたを傷つけたと思った彼等の心は傷ついているの。それこそが親友の証じゃない。大体何よ。友達、友達って。そんなにあなたを怪我させるのが友達だって言うのなら、私があなたの友達になってあげるわ。どう?今度は平手じゃなくってげんこつでぶん殴ってあげましょうか」


 両手の拳を握りしめたエルサを見て、アルティメデスは熱から冷めたように彼女の顔を見た。確かに彼女の言っている事は正当で、自分はただ子供のようなわがままを繰り返していたような気がする。だがそれを素直に言葉に出すのもしゃくだった。


「お前という女は一体何処まで偉そうなんだ。この俺様に対して」

「私は女心をもてあそんでも平気なあなたが嫌いなの。だからはっきり言ってあげているだけよ。とにかくこんな所に居たら私まで風邪を引いちゃうわ。早く戻りましょ」


 エルサはアルティメデスの手を掴むと強引に屋根のある廊下まで歩いて来た。そして廊下の隅の椅子の上に置いておいたもう一枚のタオルを、柱の陰に隠れて様子を見ていたゼルダとゴードに手渡した。


「じゃ、後はあなたの親友二人に任せたから。ああ、寒い。部屋に戻って着替えなきゃ」


 さっさと去って行ったエルサの背を見た後、アルティメデスは申し訳なさそうに立っているゼルダとゴードの方を振り返った。本当は分かっていたのだ。彼らがどれ程俺の事を考えて側に居るのかなんて・・・。それなのに。


「さっきは・・・悪かったな。わがまま言って・・・」


 目をそらして照れくさそうに言う皇子を微笑んで見ると、ゼルダとゴードは両側から彼の肩を白いタオルで包み込んだ。


 部屋に戻るとエルサも濡れた身体をタオルで拭き上げ、新しい衣服に着替えた。さっきアルティメデスと喧嘩した時の勢いがどこかに吹き飛んでしまったように、エルサは力なく椅子に座ってため息をついた。雨はさっきより随分小ぶりになって、小さな雨音だけが部屋の中に聞こえてくる。その不規則なリズムを聴きながら、エルサはさっきアルティメデスの手を掴んだ自分の右手を見つめて呟いた。


「あんなに冷たくなるまで雨に打たれて・・・ホント馬鹿な人・・・」






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