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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream2.引き裂かれた友情
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1.友との別れ

 うららかな秋の夕日が差し込む廊下を一人歩いていたウイディアは、自分のクラスの男子生徒に呼び止められた。彼女は7年生のAクラスの担任をしているのだ。


「まあ、ジョシュ、ダフニー、クロビス。どうしたの?」


 3人の生徒は、いずれも深刻そうな顔をして自分を見上げている。誰にも聞かれたくない相談があると言うので、ウィディアは彼らを人気の無い化学室に連れて行った。


「それで、話って何なの?」


 ウィディアの質問に、ジョシュが口を開いた。


「シスター。この間、カザレフ地区で大火事があったのを知ってますか?」

「ええ。ニュースで見たわ。道幅が狭くて消防車が入れなかったから、被害が大きかったって」

「そこに、友達が居るんです!」


 カザレフ地区はいわゆるスラム街だ。そんな場所に彼らのような名門の子供達の友人がいるはずはない。


「でも、あの辺りは・・・」


「この学校に入る前に、絵画を習いに行っていた先生の教室で知り合ったんです。その先生はやる気や才能のある子ならお金を取らずに教える方で、彼らも共に学ぶ事が出来たんです。両親には友達だという事は秘密でしたけど・・・」


「この学校に入ってからも、ずっと手紙のやりとりはしていたんです」


「シスター。どうしたらいいですか?外出許可は親が申し入れてくれないと下りないし、でも僕たちどうしても行って確かめたいんです。もし彼らが大怪我をしていたり困っていたら力になってあげたい。少しくらいならお小遣いもためています。シスター、お願いします。彼らは友達なんです!」


 ウィディアは生徒達の顔をじっと見つめて考えた。嘘をつくような子達ではない。3年間ずっと見てきた私には分かる。だがウィディアは迷った。もし黙ってここを抜け出したら、彼らがとがめられるだけではない。自分もここから追い出されるかもしれない。


 ここから出る・・・。いつもは牢獄のように感じていた場所。8歳で洗礼を受けてから14年間、ずっと暮らしてきた場所。それを失って見知らぬ外の世界に放り出されるのかと思うと、とても怖かった。


 ウィディアはぎゅっと手を握りしめた。それでも見捨ててはおけないと思った。友の為に彼らは必死の思いで私に頼ってきたのだから。ウィディアは彼らに顔を近づけると、声を低くして言った。


「今夜9時に私の部屋に来て。いいわね。誰にも見つかっては駄目よ」






 次の日、やっと一週間の謹慎が解けた渚は、リビングの窓から朝日を浴びつつ思い切りのびをした。


「ああ、久しぶりの学校・・・って、先生のくせに謹慎になる私って・・・。木戸先生には絶対秘密だわ。ええ、絶対に・・・!」


 ブツブツ独り言を言っている渚に、朝の水浴びを終えたピョンが声をかけた。


「よー、渚。今日から学校か?良かったなー。停学とけて」


「ピョンちゃん、私のは停職!停学ってのは生徒がなるものなの!・・・って全然自慢になんないよ・・・」


 頭を抱えて落ち込む渚とは対照的に、カエルは好物のクロワッサンサンドを抱えて満足そうだ。


「まあ、そう落ち込むなや。退職クビにならんかっただけでも良かったやんか。あっはっはっはっ」


ー ピョンちゃんったら、一体誰のせいで停職になったと思っているのよ! ー


 渚は唇を咎らせて、クロワッサンにかぶりついているカエルを横目で見た。





 ミシェル・ウェールズのシスター・ルームに荷物を置きに行くと、いつもなら朝の礼拝の為に大聖堂に行っているはずのシスター達があちこちに集まって噂話をしていた。きっと教師のくせに停職になった自分の事を噂しているのだろうと益々気分が落ち込んだ。渚が恥ずかしそうに顔を伏せて2人で話をしているシスター達の前を通り過ぎた時「ええ、そうなの。シスター・ウィディアがね・・・」という声が聞こえて、思わず立ち止まった。


「あの、シスター・ウィディアがどうかしたんですか?」


 渚の質問に彼女たちは互いに顔をみあわせた後、ウィディアが今朝退職になり、ここを出て行った事を教えた。びっくりして理由を聞いたが、彼女達はそれ以上の事は何も知らないようだ。マリアンヌなら知っているかも知れないと思い、部屋の中を見回したが彼女の姿はなかった。もうすぐ礼拝の始まる時間なので、きっとそのあたりに居るはずだ。渚はシスター・ルームを飛び出すと、急いで大聖堂に向かった。


 予想は外れていなかったらしく、大聖堂から少し離れたベンチに彼女の姿を見つける事が出来た。マリアンヌは暗い表情でぼうっと前を見ている。


「マリアンヌ!」


 渚の声にドキッとして彼女は顔を上げた。ウィディアが辞めさせられた理由を尋ねると、彼女はぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「ウィディアがクラスの生徒を脱走させたの。子供達はどうしても街へ行きたかったんだって。大火事で被災した友達を救うために・・・。それで次の日、必ず朝の礼拝に間に合うように戻るように言って、子供達も約束したんだけど・・・」


「まさか、戻って来なかったの?」


「いいえ。ちゃんと約束通り戻って来ていたわ。だけど、戻ってくるところを誰かに見られていたらしいの。それで大騒ぎになって。ウィディアは全ての責任は自分にあるって、今朝・・・自分から・・・」


「それで、ウィディアはどうしたの?子供達は?」

「子供達は自室で謹慎させられているわ。ウィディアは街を出て行くって、ターミナルに・・・」


 すぐさま掛けだそうとした渚の腕を掴んで、マリアンヌは首を振った。


「ナギサ、行ったら駄目よ。朝の礼拝を勝手に抜け出したら。せっかく謹慎が解けたんでしょ?」

「でもウィディアは友達だわ。一人で行かせるなんて出来ない!」


 渚はマリアンヌの手を振り切って走り出した。その背中を呼び止める事も出来ず、マリアンヌは呆然と呟いた。


「友達・・・」





 道の途中で拾ったタクシーから飛び降りると、渚は円形にバス停が並ぶバスターミナルに向かった。バスの外を走りながら中を確認するが、ウィディアの姿はなかった。次のバス停に行くと再びバスの中を確かめた。3台目のバスもウィディアを乗せては居なかった。


「ウィディア、どこ・・・?」


 呟きながら辺りを見回した時、彼女がニューベリー行きのバスに乗り込む姿が見えた。


「ウィディア!」


 渚が必死に駆け寄った時には、バスは滑るように走り出していた。窓際にミシェル・ウェールズのシスター・ドレスのまま座っているウィディアの姿が見え、走りながら叫んだ。


「ウィディアーッ!!」


 ハッとしたように顔を上げたウィディアは、バスの外を必死に手を振りながら走っている渚に気づき、急いで窓を開けた。


「ナギサ!私、後悔してないわ!子供達は戒律よりも友達を選んだのよ!私、あの子達を誇りに思う。私もあの子達に負けないように生きていくわ!どんな事があっても・・・!」


「うん、うん、ウィディア、私も頑張るから。だから又会おうね!」

「うん!又会おう!」


 バスがスピードを上げ、渚の姿が遠ざかる前にウィディアはもう一度叫んだ。


「ナギサ!マリアンヌの事、お願いね。あの子、弱いから・・・!」


 大きく肩で息を繰り返しながら、渚は遠く小さくなっていくバスを見送っていた。





 その日、家に帰った渚はピョンの顔を見た途端、涙が止まらなくなって、泣きながらウィディアの事を話した。


「それでね。ウィディアを見送って、それからちゃんと授業もしたよ。だってウィディアに頑張るって約束したから。ウィディアに・・・う、うわーん」


 たった一人で去って行った友の事を思う度、胸が締め付けられて涙があふれてくる。そんな渚の頬をピョンは慰めるように小さな手で叩いた。


「よしよし。朝の礼拝に遅れて散々怒られたやろ。よう頑張ったな、渚」

「うん、うん・・・」


「それにしても、妙やな・・・」


 ピョンはふと気づいたように呟くと、渚の肩から降り、リビングのソファーにまるで人間がするように足を組んで座った。


「何が・・・?」


「この間、学校に行った時、渚が校長室に呼ばれとった間、バスケットの中からワイはずっとウィディアやマリアンヌの事を見とったんや。渚の友達やて聞いてたからな。ワイの見るところ、ウィディアは目端が利く賢い女やないかな。そんなやつが帰ってくる子供の姿を見られるようなヘマをするやろか。子供かて最上級生や。長年おって、どこを通ったら人に見られずに部屋に戻れるかくらい知ってるはずやろ?」


 ピョンにそう言われて、渚も同じ事を考えた。確かに彼の言う通りかも知れない。


「ワイが思うに、子供らは帰って来る姿を見られたんやない。元々この計画を知ってる奴に密告されたんや。あんまりにも対応が早すぎると思えへんか?普通ならウィディアと子供らに真相を聞くなり問いただすなりするはずやのに、ウィディアはその日の朝に追い出された。計画が漏れとったとしか思われへんな」


 渚は顎に手をやって、考えながら首をかしげた。


「でも、ウィディアがそんな大切な計画を話す相手は、学校には私ともう一人しか・・・」


 渚の頭の中に、今朝泣きながら事情を話してくれたマリアンヌの顔が浮かんだ。


「渚は謹慎中でこの計画の事は聞いてなかった。知ってるのは・・・」


「待って。そんな事ないわ。あり得ない。マリアンヌは密告なんかしない。ピョンちゃんのバカ。マリアンヌは絶対にそんな事しないわ!」


「ああ、分かった、分かった。思った事をすぐ口にしてまうのはワイの昔からの悪い癖なんや。すまんかったな」


 ピョンは再び泣き出してしまった渚の肩の上に飛び乗ると、先ほどと同じように渚の頬を優しく叩いた。






 

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