7.悲しみの記憶
家に戻った渚は、ずっと部屋にこもって泣いていた。校長の言葉に何も言い返せなかった。何よりも彼女の信頼を裏切ってしまった事が辛かった。渚のバスケットに入って共に戻って来たピョンは、ベッドの脇に座ったまま泣いている渚の側でずっと彼女に謝っていた。
「なぁ、渚。ワイが悪かったって。ホンマ、ごめん。すごい反省しとうから。そやから泣き止んで-な」
それでも渚はずっと膝の中に顔を沈めたままだった。ピョンはベッドに飛び上がると、彼女の耳元へにじり寄った。
「ホンマに悪気なかったんや。だから許してーな。な?」
「・・・絶対、着いて来ちゃ駄目って言ったのに・・・」
ほんの少し顔を上げた渚の顔は深く沈んでいた。ピョンは思わず声を詰まらせたが、それでも言い訳をやめられなかった。
「そ、そうやねんけどな。何となーく着いて行ってもてん。ほら、あの自然史博物館行きのダブルデッカー(ロンドンの2階建てバス)に、ちょいっと張り付いたらミシェル・ウェールズの近所まで連れて行ってくれるやろ?それで中入って行ったら、みんな楽しそうにしてるし、うまそうな匂いもするしで、つい渚のバスケットの中に入り込んでもうてん。もう二度とせーへん。絶対渚に迷惑かけたりせーへんから」
渚はしゃくり上げながら答えた。
「そんな事、どうだっていい」
「へ・・・?」
「私に迷惑かけるとか、そんな事どうだっていい。もしバレたらどうするの?しゃべるカエルって分かったら、ほんとに殺されてたよ?それでなくても迷信深い人たちなのに、しゃべるって分かったら絶対魔女の手先って言われて、私がどんなに止めても誰も信じてくれないで、絶対、絶対殺されてたんだから!」
渚はどうしようもないほどの憤りを感じて叫んだ。もう嫌だ。大切な人を失うのはもう・・・。渚は顔を上げると、枕元にある両親の写真を手に取りそれを膝の上に置いた。
「あの日・・・。大学に電話が入って空港に駆けつけたの。パパとママの乗った飛行機は18,000メートル上空で行方不明になって・・・。たくさんの人たちが家族の無事を祈り続けたわ。一晩中。どうか見つかって。空を飛んでいてって・・・。次の日、ウラル山脈の中腹で発見された機体は・・・バラバラで・・・誰一人、生き残った人は居なかった。あんなに祈ったのに。どれ程の思いで願っても、何も出来なかった。大切な人たちが死んでいくのに何も・・・。そんなのはもう嫌。もう嫌なの」
渚の辛い記憶を聞きながら、ピョンも思い出した。自分の国に起こった悲劇を・・・。滅びていく祖国。死にゆく人々。そして何も出来ずに生き残った自分。
「どんな・・・繁栄を誇った帝国も、いつか滅びる時が来る。何百万の同胞が死んでいくのをただ見ているだけしか出来ずに。大切な者達が血まみれになっても手を差し伸べることさえ出来ず、共に死ぬ事も許されず、たった一人だけ生き残って・・・。それでも生きていくしかないんだ。それが生き残った者の宿命なんだ」
「ピョンちゃん?」
渚の声にピョンはハッとしたように顔を上げた。
「それってピョンちゃんの国の話?ピョンちゃんの家族、みんな死んじゃったの?」
「家族だけやない。国ごと滅びてもうた。たった一人、ワイだけ残して」
「ピョンちゃん」
渚はたまらなくなって再び膝の中に顔を埋めた。そんな渚の肩に乗ってピョンは話しかけた。
「なあ、渚。ワイらは確かにひとりぽっちや。せやけど、こうして出おうたやろ?ワイはそう簡単に死んだりせん。ずっと渚の側におる。もしかしたら渚より長生きかも知れへんで」
「ほんと?じゃあ私がお婆ちゃんになっても、側に居てくれる?」
「う・・・婆ちゃんか?ま、しょーがないなぁ。渚やったらきっと可愛い婆ちゃんになるやろうから、側におったるわ」
渚はやっと微笑むと、肩の上のピョンを両手で包み込んで抱きしめた。
「ピョンちゃん!」
「わっ、だからお前、抱き締めんのはやめゆーて・・・グエーッ」
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これで Dream1.は終了です。次からは Dream2.引き裂かれた友情 編が始まります。