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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream9.The Witch ー魔女ー
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5.初恋の為なら

 渚がポケットに手を入れた時、ここに居る誰もがドキドキしたのは間違いないだろう。いよいよしゃべるカエルが見られるのだ。だが渚が手の平に乗せて差し出したのは、カエルではなかった。


「何だ、これは・・・」


 オルバインのしわがれた声は怒りに震えていた。


「見ての通りのジャムパンです。夜中にお腹がすくので持ってきたんです。オルバイン先生がそんなにお腹がすいているとは思いませんでしたわ」


 渚は肩にかけていた鞄の中から水筒も取り出した。


「温かい紅茶が入ってますわ。ついでにこれも差し上げますから」


 渚はオルバインの手にそれらを渡すと、アーノルドの腕を掴んで自分の方に引き寄せた。


「それじゃあ私はこれで。ミゲル。いらっしゃい」


 自分の手の中に押しつけられたパンと水筒を呆然とみていたオルバインは、急に顔を上げ教室を出て行こうとした渚に叫んだ。


「待て!こんな物で誤魔化されるかぁ!」


 オルバインの手が渚の肩に届く瞬間だった。


ー バ────ンッッ!! ー


 ピアノの音が鳴り響いた後、椅子がガターンと音を立てて倒れた。驚いたようにピアノを振り返ると今度は床に置かれていた大きな瓶がひっくり返り、中に閉じ込められていたカエルが一気にオルバインに飛びかかってきた。


「わあぁぁぁっ!」


 必死にカエルを振り払っているオルバインを軽蔑したように見た後、渚はアーノルドとミゲルの手を引いて音楽室を走り出た。階段を駆け下り本館の扉を出る時、アーノルドはオルバインの最後の雄叫びを聞いた。


「魔女だ!やっぱりお前は魔女なんだぁぁ──っ!」



 本館を出て一気に寮のある2号館まで走り切った。渚は息を切らしながら誰も追ってこないか確かめた後、急に怖い顔になってアーノルドとミゲルを見つめた。青白い街頭に照らされた渚の顔を見てアーノルドは再び恐怖を覚えた。


 さっきカエルに襲われているオルバインを見ていた渚は小さく笑みを浮かべていた。その顔はいつもの優しい渚の表情ではなく、ゾッとするほど妖艶にアーノルドの目に映った。その時悟ったのだ。やっぱりこの人はただの人じゃなかったんだと・・・。


 もし魔女だとしたら正体を知った僕達を生かしておくはずがない。渚の手が肩を掴んだ時、アーノルドは心臓を掴まれたようにビクッとした。


「ミゲル、アーノルド。あなた達がなぜこんな時間に本館に行ったのか、あえてその理由は聞かないわ。でももう二度とこんな事はしないで。いいわね?」


 どうやら渚は許してくれるようだ。アーノルドはほっとして答えた。


「は、はい。ナギサ先生。すみませんでした」


 だがミゲルはにっこり微笑んで立ち去ろうとした渚の背に叫んだ。


「先生!先生は魔女なんでしょ?そうなんでしょ?」


 冷たい表情で振り返った渚を見てアーノルドは泣きそうになった。せっかくナギサ先生がなかった事にしてくれたのに、何で今更蒸し返すんだ・・・。


「いいえ、違うわ」

「でもさっきオルバインをやっつけてくれたじゃないか。魔法で」

「あれは偶然よ」

「偶然でピアノは鳴ったりしない。本当の事を言ってよ、先生!」


 渚は困ったようにため息をつくと、ミゲルの側に戻って来た。


「あれはきっと神様があなた達を助ける為にしてくれたのよ。私は本当に魔法なんて使えないの。本当なのよ」


 だがミゲルは泣きそうな顔で首を振った。


「でもそれじゃ困るんです。だって、だってクリスティーナは、あと10センチ背が伸びないと僕と付き合ってくれないって言うんだ!」


”クリスティーナ?クリスティーナって7年生のクリスティーナ・アートレイの事か・・・?”


 アーノルドはびっくりしてミゲルを見た。クリスティーナは1学年上だが、生徒だけで作る委員会の役員をしているのでよく知っている。美人で有名だが、わがままできつい性格でも有名だった。以前同じ生徒会で彼女といつも対立した意見を言う7年生の男子をみんなの前で散々やり込め、恥をかかせた事もある。それを間近で見ていたアーノルドは彼女だけには絶対関わり合いたくないと思ったものだ。


 そのクリスティーナに親友が恋をしていたなんて・・・。しかも今夜のこの危険な冒険が全て彼女の為だったと知ったアーノルドは全身の力が抜ける思いだった。


「クリスティーナがそう言ったの?」

「うん。いくら家柄が良くても、そんなに背が低かったら私とは釣り合わないって」


 渚は小さくため息をつくと、彼の両腕を掴んだ。


「ミゲル。人を見かけや家柄で判断するのは決していい事ではないわ。それに自分では解決できない問題を他人の力で解決しようとするのもね。確かにミゲルの背はクリスティーナより低いかも知れないけど、6年生ならそんなものでしょ?これから先いくらでも伸びるわ。焦る事はないのよ」


「でもクリスティーナは今すぐ背が高くならないとダメだって。だから僕はナギサ先生の魔法で大きくして貰おうって思ったんだ。だってクリスティーナの願いは何でも叶えてあげたいんだもの!」


”ああ、恋ってホント凄いよ。あんな意地悪な女の子の事をそこまで思えるなんてさ・・・”


 アーノルドはもうため息をつく他はなかった。渚は寒そうに両手に息を吹きかけると、ミゲルの両手を握りしめた。


「ミゲル。日本にはね、“縁(えん)”という言葉があるの。私とミゲルが出会ったのもミゲルとアーノルドが親友なのも、みんな縁で結ばれているからよ。そしてこの世界でたった一人、ミゲルと結ばれる人も・・・。縁で結ばれていれば、例え世界の果てに居ても、例え何度別れを繰り返しても、必ずもう一度出会う事が出来る。分かる?もしミゲルとクリスティーナが縁で繋がっていれば、どんなに時が流れても必ず結ばれるわ。焦る事は何もないのよ。この世で出会ったと言うだけで縁があるんだもの。そしてあなたがこの先立派な紳士になれば、きっとクリスティーナはあなたの外見じゃなく、本当のあなたを見てくれるようになるわ」


 ミゲルは渚の顔と温かい体温の伝わって来る両手を交互に見つめた。


「ホントに?」

「ええ。本当よ」


 渚はミゲルと微笑み合うと、今度はアーノルドの方に向き直った。


「アーノルド。今夜の事は私達3人だけの秘密よ。いいわね?」

「は、はい」


 なぜか渚が小指を立てて差し出したので、アーノルドも同じようにすると、渚はその指に自分の小指を絡ませ、謎の歌を歌い出した。


『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。指切った!』


 夜の帳(とばり )の中、去って行く渚の背中を見つめ、アーノルドは思わず両肩を握りしめた。


”今のは何だったんだ?魔女だってバラしたら針を千本飲ませて殺すという意味?つまり魔女の呪い?僕は呪いをかけられたのか?"


 恐怖に震えるアーノルドの横で、ミゲルは両の手の平を見つめながら頬を赤らめて微笑んだ。


「ねえ、アーノルド。クリスティーナもかわいいけど、ナギサ先生も素敵だよね!」







 ミシェル・ウェールズの正門の横にある通用門を開けて渚が出て来ると、ピョンが待ちかねたように渚の方に飛んできた。渚はいつものように彼を手の平で受け止めると顔を近づけた。


「ピョンちゃん。今日も守ってくれてありがとう」

「あのオカルトじじい。カエルまみれになりながら、なんか訳の分からん事叫んどったで。まっ、カエルも相当怒っとったし、しばらくは解放してもらえんやろ」


 渚はピョンを肩に乗せると、表で待っていたタクシーに乗り込み肩越しに囁いた。


「ピョンちゃんったら、思いっきり楽しそうに暴れてたでしょ。思わず笑っちゃった」

「ま、たまには運動せんとな」


 オレンジ色の街灯が立ち並ぶ大通りに向かって車が走り出すと、ピョンはリアガラスの向こうに見える古びた巨大な鉄の門を見上げた。


「さすがミシェル・ウェールズや。有象無象の化け物が巣くうとるわ・・・」





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