2.カウントダウン
突然やって来た6人の客の為に渚が忙しくキッチンで料理を作り始めると、いつものようにウィディアが手伝い、ティアナとエドウィンも加わった。エドウィンは一人暮らしが長い為か ーもしくは彼女いない歴が長い為かー 料理も得意らしい。しかし・・・。
「ちょっと、あんた!エドウィン・ホーマー!なんでチキンを切ってるのよ!」
ウィディアが包丁を持って鶏肉を切っているエドウィンに叫んだ。
「ああ?こんなデカかったら揚がりにくいし、食べにくいじゃないか」
エドウィンはウィディアの持ってきた鶏肉があまりに大きかったので切り分けていたのだ。
「いいのよ。クックドゥードゥーのフライドチキンはこれがいいって評判なんだから」
「クックかドゥードゥーか知らないが、こんなデカいの、あんたの大口じゃないと入らないんじゃないのか?」
「何ですってぇ!」
いつもながらのエドウィンの無礼な物言いに、初対面のウィディアは怒りを隠せなかったが、その隣で渚は何事もなかったようにティアナに簡単なサラダとイタリアンドレッシングの作り方を教えていた。
一方リビングに残ったスティーブとアンドルーはお客様扱いに慣れていないのか、どうも腰の辺りが落ち着かないらしく、そわそわしながら顔を見合わせた。
「大丈夫かな?ティアナ様」
「ナギサ先生が付いているんだから大丈夫だろ。火傷するような料理をやらせたりはしないさ」
不安そうなアンドルーにスティーブが答えた。どうやらこの2人、見かけと中身は正反対なようで、スティーブはまだそばかすの残っている童顔な割にはおおらかで落ち着いている性格だが、アンドルーはみかけは落ち着いた大人の雰囲気を持ってはいるが、実は少々神経質で細かい事が気になる性格だった。
「そうじゃなくて、お嬢様がナギサ先生に迷惑を掛けていないか心配しているんだよ」
「ははは、心配性だな、アンドルーは。まあ、有り得ないとは言えんが・・・」
彼らが不安そうに話し合っている隣でピョンとマイケルは楽しそうに会話を弾ませていた。
「本当にウィディアさんの言った通り、ピョンさんってアンドロイドなんですか?」
「あ?ウィディアがそう言ったんか?そうやで。ワイは日本のロボット工学の粋を集めた最新のカエル型アンドロイド1号ピョンちゃんや。世界15カ国の言語を操り、2,500年分の歴史を語る。まあ、それ以外はあんま得意なもんはないんやけどな」
ウィディアはピョンがしゃべるカエルだという事を渚があまり人に知られないようにしているのを分かっていた。だからあらかじめマイケルにもピョンはロボットという事にしておいたのだろう。勿論それは渚の為であって、決してピョンの為ではない事もピョンには分かっていたが・・・。
しばらくすると渚達が作った料理を運び始め、ティアナが手土産に持ってきた高級ワインを開けると、渚の部屋は完全にカウントダウンパーティ状態になった。ウィディアがエドウィンと大げんかしてまで揚げた巨大なチキンをエドウィンに無理矢理食べさせる。彼が悔しそうに「確かにうまいな・・・」と呟くと、ウィディアは満足そうに「あったり前じゃない!」と笑った。
ピョンはマイケルとパソコンの前に座って、初心者用の株価の変動の仕組みを講義している。勿論蕎麦を食べながら・・・。
渚にとってこんな風に友人に囲まれながら過ごす年末は初めての経験だった。両親が生きて居た頃、渚は両親の居ない広い家で一人で彼等の帰りを待っていた。10代の若さでおせち料理が作れるのも、それを作って待っていれば両親が必ず戻って来ると信じていたからだ。彼らは正月までに戻って来て渚の作った料理を見ると必ずこう言った。
「やっぱり渚のおせちを食べなきゃ新しい年は来ないね」
今までの渚の人生は全て愛する両親の為にあったのかも知れない。彼等がいつ帰って来てもいいようにいつも家の掃除をし、彼等の為にたくさんの料理を覚えた。だからそれを失った時、渚は大学には行っていたものの、家に戻ると食事を作る事さえ出来ず、ぼうっと両親の位牌の前に座って日々を送っていたのだ。久しぶりに大学で会った渚が驚くほど痩せ細っていたのでびっくりした木戸教授が家に連れ帰り、しばらく妻に面倒を見てやってくれと頼んだほどだった。
つまり渚には大学のカフェでお茶を飲む友人は居ても、そこまで心配してくれる友がいなかったという事だ。彼女の家まで来て彼女の両親の死を共に悲しみ、痩せ細っていく彼女の傍に居て食事を作ってくれるような友人は一人も居なかった。
なぜなら彼女は天才だから・・・。天が与えた才能と日本人離れした容姿は羨望を集めたが、友情を与えてはくれなかった。
だが今ここに居る人達は違う。まだで会って間もない人々で年もバラバラだが、彼等は渚が天才少女と言われている事を知っていても、決して彼女を自分達とは違う人間だとは思っていない。以前エドウィンがそんな事を言っていたが、それでも彼は彼女が思い込んだら一筋に己を顧みず突っ走っていくタイプだと知ってから、ピョンが彼女の元に戻るまで心配で傍に付いていた。
きっとウィディアもティアナも無理矢理連れて来られたと言っているエドウィンも、渚の事が気になってやって来たに違いないだろう。
楽しそうに笑っている友人達を見回しながら、渚は幸せそうに微笑んだ。
渚は“ゆく年〇る年”が見られないと残念がっていたが、世界中何処でもこの時期は似たような番組をやっているものだ。イギリス国内の年末の様子を取材しているテレビ番組をみんなが熱心に見始めたので渚はキッチンにデザートを作りに行った。フルーツはピョンが好きなのでいつも買い置きしてある。渚はキウイやオレンジを調理台の上に並べると、手際よく切り分けていった。
「あの、ナギサ先生・・・」
声がしたので振り返ってみると、アンドルーが一人でキッチンのアイランドテーブルの横に立っている。ティアナの屋敷で見た彼はいつもきちっとスーツを着込んで長い黒髪を後ろに束ねているのだが、この部屋の打ち解けた雰囲気に気を許したのか、ジャケットを脱いでネクタイも緩めていた。
「まあ、アンドルー。何か足りない物でもあった?」
「いえ、もうとても満腹です。すみません。突然押しかけたのにこんなにしていただいて・・・」
渚は「友達ですもの」と笑いながら答えた。彼はほんの少し頬を赤らめつつ、渚が器用にキウイの皮を剥く様子を見ていた。
「あの、お嬢様の事、本当にありがとうございました。昔はいつもしかめっ面をしていたお嬢様が近頃ではとても優しくなられて、屋敷の者や動物や我々にも気を遣って下さいます」
それを聞いて渚はとても嬉しそうに微笑んだ。他人の気持ちが理解できる優しい人間として成長して欲しいと望んだ渚の思いを、ティアナはちゃんと受け止めてくれていたのだ。
「私は何もしていません。ティアナは元々優しい、いい子でしたもの」
そう言いつつ盛り付け終わったフルーツの皿を持って、渚は彼を振り返った。アンドルーは彼女の皿を持つ白い手を見つめながら益々頬を赤らめてうつむくと、小さな声で呟くように言った。
「あの・・ナギサ先生。実は・・・」
その時リビングの方からウィディアが叫んだ。
「早く!もうすぐ0時になっちゃうよ!」
「は、はい!」
アンドルーは渚の代わりに答えると、彼女の手からフルーツの皿を受け取って渚と共にリビングへ戻って行った。
テレビの中のロンドンの街は今まさに新年を迎えようとしている人々であふれかえり、上空のドローンがピンクやブルーのサーチライトがめまぐるしく人々の上で動き回る様を捉えていた。
ウィディア達が行くつもりだったビッグベンがモニターに映し出されると、そのイベントを取材している女性アナウンサーが周りの熱気に触発されてか、多少興奮気味にあと1分で新しい年の訪れが来る事を告げた。
渚はウィディアとティアナの間に座って、一緒にテレビの前でその瞬間を待った。
『さあ、それではみんなでカウントダウンをして新しい年を迎えましょう!』
アナウンサーの言葉に渚達もテレビの中の群衆と共にカウントダウンに参加した。
「3・・・2・・・1・・・」
『Happy New Year!!』




