16.旅の終わり
2日後の朝、渚達はサラや彼女の両親に名残惜しい別れを告げると、アーハードが運転する車に乗ってロンドンに戻って来た。サラも両親も年が明けてサラがミシェル・ウェールズに戻るまで居て欲しいと言ってくれたが、ウィディアはもうこれ以上クックドゥードゥーを休めないし、渚も新学期の準備があったのだ。
2人は断ったが、そんなに変わりませんからと言ってアーハードは先にウィディアをクックドゥードゥーに送り届け、その後、渚のマンションまで送ってくれた。彼がわざわざ車を降りて渚の為にドアを開けると、渚は申し訳なさそうな顔をして車を降りてきた。
「アーハード、私達はあなたの主人ではなく友達よ。もうこんな気は遣わないで」
アーハードは笑いながら「習慣です」というと、彼女の荷物も下ろした後、渚に向かってい言った。
「実は旦那様から伝言をお預かりしております」
「伝言?」
「あの地下から見つかったアンティーク・シルクですが、半分はナギサ様とウィディア様の物です、と」
渚はびっくりした。
「あれはブライトン家の物だわ」
「でもあなた方がいらっしゃらなければ決して見つからなかった物です。是非貰っていただきたいと・・・。ただ、これは私の勝手な判断ですが、ウィディア様にお知らせすると働く気力も玉の輿に乗るパワーも無くなってしまうと困りますので、何かの時にはナギサ様からお知らせしてあげて下さい」
「アーハード・・・」
困ったようにため息をつく渚にピョンはいつもの調子で言った。
「くれる言うもんは貰っといたらええ。そしたら何かあった時にサラを助けてやれるやろ?」
「さすがピョン様。良い事をおっしゃいます」
「そのピョン様っていうのも止めてくれへんか?なんか腹のへんがこそばゆいわ」
「そうですか?でもあなたはずっと“様”付けで呼ばれておいでだったのでは?」
ピョンはギクッとしてアーハードを見上げた。もしかしてこの男は何か感づいたのか?こんな所であなたは元々人間だったでしょう?なんて事を渚にバラされたりしたら・・・。
冷や汗をかきつつ黙り込んでしまったピョンに顔を近づけると、アーハードはにんまり笑った。
「普通我々の様な屋敷の者を主人は使用人と呼びます。ですがあなたはあの時、『召使いを2人用意してくれ』とおっしゃった。召使い・・・等と自分の家の者をお呼びになるのは特別なお方だけです。それにあなたは『王位継承権の第1位と第9位の格の違いを教えてやる』とおっしゃった。王位継承権の第1位・・・それはつまり・・・」
「あ、ア、アーハード!」
ピョンは慌てて彼の言葉を止めた。
「ワイが特別なんは当然やろ?なんたってしゃべれるカエルやねんからな!な?」
アーハードはにっこり微笑むと「その通りでございます」と言った後、「又お会いしましょう」と手を差し出した。彼は渚やピョンと握手を交わすと、再び車に乗り、彼等に見送られながら帰って行ったのである。
マンションの階段を上りながら渚が肩の上のピョンに話しかけた。
「さすがアーハードは侯爵家の執事だね。ちゃんとピョンちゃんがカエル王国の王子様だって分かってたよ」
相変わらず妙な勘違いをしている渚に、ピョンは小さな声で懇願するように言った。
「・・・渚。その話、他ではせんといてな」
今日のロンドンは午後から雪・・・。もうすぐ新しい年がやって来る。




