15.最高のプレゼント
部屋のドアはいつピョンが戻ってもいいように10cm程開けてある。ドアを開けて中に入ると、部屋には電気も点いておらず、薄暗かった。まだピョンは戻って来ていないのだろうか。部屋の中を見回すと、薄明るいガラスのフレンチドアの前でじっと外を見つめているピョンが見えた。
「どうしたの?ピョンちゃん。明かりも点けないで」
渚はピョンへのプレゼントを背中に隠しながら彼に近づいた。
「今日はクリスマスやからな。電気の光よりロウソクの方がええやろ?」
彼がそう言うと、部屋の中に3カ所ある燭台のロウソクに火が灯った。
「凄い。ピョンちゃん、魔法使いみたい」
「簡単な手品や。ちょっとした仕掛けで誰でも出来る」
ピョンは素っ気なく答えると、再び外を見つめた。渚はそんな彼の側にしゃがみ込むと、背中に隠したプレゼントを彼の前に差し出した。
「これ、私が作ったんだけど、良かったら貰ってくれる?」
「え?これって、クリスマス・プレゼントか?」
「うん・・・」
ピョンはびっくりしたような目で渚を見た。彼はこのブライトン家で過ごした初めてのクリスマスとウィディアの言葉によってクリスマス・プレゼントとは目上の者が下の物に、男性が女性に渡す物だと思っていた。だから渚が自分の為に一生懸命プレゼントを作っているとは夢にも考えなかったのである。
彼がプレゼントの袋を開けると、中からグリーンをベースにしたカラフルな色使いの小さなセーターが出てきた。犬の服のように前から着て背中の部分で止めるようになっている。ピョンに負担がかからないように、止める部分はボタンでは無く両面テープ仕様になっていた。
「これ、渚が作ったんか?」
「うん。あのね。前から着られるから着易いと思うの。一応フードも付いているから。あっ、目の部分は穴が開いていて、ちゃんと外が見えるようになってるよ」
真っ赤になって渚は答えた。自分が作った物を送るのは、とても照れるものだと思った。
「もしかしてずっと部屋にこもっとったんは、これを作ってたからか?」
「う、うん。私、編み物は初めてで、何回も間違えちゃって、あんまりうまくないんだけど・・・」
ピョンは今まで渚と一緒に暮らしてきて、彼女が料理以外はひどく不器用な事を知っていた。きっと何度も編み直して、眠い目をこすりながら一生懸命作ってくれたのだろう。
赤くなってうつむいている渚の顔を、ピョンは何て愛しいんだろう・・・と思いながら見上げた。ウィディアには渚に好きな人が出来たら喜んで送り出してやると言ったが、本当は喜んでなんてやれるものか、と思っていた。人間に戻る夢など、とっくに諦めたはずだったのに、渚に出会ってから“もしかしたら”という希望を抱かずには居られなかった。
2,500年探し続けてやっと見つけた、こんな醜い自分を友達だと言ってくれる人・・・。
これ以上、この人に何を望むというのだろう。まるで音もなく降り注ぐ雪のように、純粋に質朴に精一杯の優しさで包み込んでくれる人・・・・。
「ありがとう、渚。着せてくれるか?」
「うん!」
一生懸命編んだだけあって、セーターはピョンにぴったりだった。渚はフードを後ろにやって形を整えると、嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。よく似合ってるわ。ピョンちゃん」
ピョンは「うん」と答えた後、ふと外を見て、「あっ、雪降ってきたで、渚」とドアの外を指さした。
「わあ、ホント!」
渚はピョンを肩に乗せると、両開きのフレンチドアを押し開けてベランダに出た。
真っ暗な空からゆっくりと白い雪が舞い降りてくる。
「ホワイト・クリスマスだね、ピョンちゃん」
手摺りにもたれて空を見上げる渚の耳元で、ピョンは少し緊張した声で囁いた。
「渚。ワイからのクリスマス・プレゼント、受け取ってくれるか?」
「え?」
渚が肩の上のピョンを見た時、渚の居る2階のベランダの両側、1階からサーチライトが空に向かって放たれ、その瞬間夜空をバックに彼女の小さなアルバムの1ページ目にある渚が4つの時のクリスマス・パーティで両親と共に写っている写真が、まるで巨大な映画のスクリーンのように浮かび上がった。舞い落ちる雪がそのスクリーンを浮かび上がらせているライトに照らし出され、キラキラと輝くと、まるでその写真の中にも本当の雪が降っているように見えた。
渚は大きく目を見開いて上空を見つめながら呟いた。
「うそ・・・どうして?」
「渚の写真、ちょっと拝借した。両親との一番楽しかった思い出かなって思ったから・・・」
渚は夜空を見上げたまま、まるで言葉を忘れたかのように唇を震わせると、堪えきれずに涙をこぼし始めた。
赤いサンタクロースの服を着てクリスマスケーキの前で楽しそうにはしゃぐ自分を、後ろから包み込むように優しい目をした両親が見守っている。心の底から愛されていると信じられる。そして心の底から愛していた・・・。
「パパ・・・ママ・・・」
胸が潰れるほど切ない声で、渚はもう二度と会えない人達を呼んだ。
ピョンは渚の肩から彼女が握りしめているベランダの手摺りに降りると、空を見上げてただ涙する渚を見上げた。
「なあ、渚。お前にとって両親の思い出は、今はまだ辛いだけの思い出かもしれへん。そやけどいつかそれを楽しい思い出に変えていけへんか?一緒に・・・。ワイも、そうするから・・・」
そう言った後、ピョンはうつむいて黙り込んだ。こんなにも渚を泣かせてしまうのなら止めておけば良かった。自分のように2,500年も経っているならともかく、彼女にはまだ早かったのだ。
「ピョンちゃ・・・ん・・」
渚はまだ涙を止める事が出来ないままピョンを両手ですくい上げると、うつむいて申し訳なさそうにしている彼に言った。
「ありがとう、ピョンちゃん。ありがと・・・最高の、プレゼントだよ・・・」
自分の頭にふわっと暖かい何かが触れて、ピョンはびっくりして目を見開いた。渚が彼の頭に口づけを落とした後、にっこりと微笑みかけている。彼は彼女の手の平の上で座ったまま腰を抜かし、まるで石のように固まったまま、カーッと体中が熱くなるのを感じた。
「ハックシュッ」
「しーっ、ウィディア様。上に居るお二人に聞こえますよ」
渚とピョンの為に1階でサーチライトを操っていたのは、ウィディアとアーハードであった。とりあえず防寒着は着ているものの、この辺りの寒さはロンドンより更に厳しいのだ。
「だって寒いんだもん。大体なに?なんでクリスマスの夜に私があんたとこんな所でこんな事をしてなきゃならないの?」
アーハードは自分の上着を脱ぐと、ふてくされてサーチライトの側に座り込んでいるウィディアの肩に掛けた。
「それはもう、今日はクリスマスですから。小さなあの方の願いは、きっとナギサ様とずっと一緒に居る事でしょうからね。それに日本ではクリスマスは恋人達の大切なイベントらしいですよ」
「ええ、ええ。どうせ私は独り身よ・・・ってどうしてピョンとナギサが恋人同士になるのよ。あたしは認めて無いわよ、あんなカエル!ナギサにはもっと素敵な人が現れるに違いないんだから!」
アーハードはにっこり微笑みながら隣に座ったウィディアを見下ろした。
「そうですね。きっとあなた様にもいつか・・・」
「あったり前よ。私にはね、大金持ちで絶対浮気しない金髪碧眼の美青年が『ウィディアさんが結婚してくれなきゃ僕、死にます!』って言ってくれる事になってるんだからね!」
「・・・それはそれは、壮大な夢でございますねぇ・・・」
自分の為にアーハードとウィディアが寒さをこらえてピョンのクリスマス・プレゼントの手助けをしているとはつゆ知らず、渚は夜空に浮かび上がった写真を再び見上げると、まだ手の平の上で石のように固まっているピョンに言った。
「綺麗だね。ピョンちゃん」




