11.財宝の在処《1》
リージスの部下達に見つからないよう、彼の別荘から少し離れた林の中でピョン達はじっとその様子を見つめていた。
「ねえ、ピョン。この画面にある赤い点滅がナギサなんでしょ?全然動かないわよ」
ウィディアが車の中からピョンに呼びかけた。
「ナギサがこの中におる限りは手出し出来ひん。ワイはちょっと周りを見てくるから、何かあったら知らせてくれ」
そう言ってピョンはハイドライドと共に行ってしまった。しかしここへ来てもう2時間も経っている。いい加減イライラしていたウィディアは、ため息をついて車の外へ出た。大きくのびをしながらふと林の中に目をやった時、木の陰からじーっとこちらを見ている怪しい男と目が合った。その男は上から下まで迷彩服を着たどう見ても軍人のような出で立ちで、その鋭い目つきはウィディアに彼を警戒させるのに充分であった。
まさか、リージスの部下・・・?しかしあの粋がった男が軍人なんかを雇うだろうか・・・。
なんだか怖くなったウィディアは、すぐに運転席に座っているアーハードを呼んだ。
「あの迷彩服の男、何者かしら」
しかしアーハードとサラがウィディアの指さした林の中を見た時には、もうそこには誰も居なくなっていた。ウィディアはなんだか気持ち悪くなって再び車に乗り込んだ。
閉じ込められている部屋の中で、渚はドキドキしつつ、財宝の在処を示しているであろうそのページを見つめた。しかしそこに書かれている文字は今まで見た事の無いような文字だった。否。それは普通の人間なら・・・である。渚はじっとその文字を見つめて微笑んだ。
「これ、古代カタルニア文字だわ・・・」
渚にはこれで全てが分かった。リージスは何らかの方法でこの手記を手に入れ、ここに書かれている通り、この地のどこかに財宝が隠されている事を知った。それもこれだけの領土を治めていた領主なら、それは莫大な物に違いない。
しかしいざその場所を記しているページにさしかかると、誰にも読めない文字が並んでいる。彼はそれを必死に解読しようとしていたのだ。
「無駄な事を。私の知る限り、古代カタルニア文字を解読できるのは世界に3人しか居ない。ドイツの考古学者、ドーマ・ハインリッヒ博士。デンマーク王室付き古代語学博士、ブレーベン・マルベルイ卿。そしてもう一人は・・・・」
渚はにやりと笑うと、重たい手記を床に置いて、ゆっくりと文字を指でたどった。
ー 暗闇の中に浮かぶ暁の太陽の元、天馬に乗りし王子が舞い降りる
かの君、その黄金の剣によりて闇を切り拓かん
清き光の元、その冠をうち捨て白き羽と共に闇の中に身を沈めよ
さすれば古の門は開かれるであろう ー
「くっくっくっくっ。まさかこの現代に、その文字を読める人間がいたとはな」
夢中になって文字を読んでいた渚はドアが開いた事にも気付かなかった。あのリージス・アルタインが、いつものように人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべて入り口の所に立っている。渚は心の中でしまったと思った。
この男が自分を捕らえたのは、サラと間違えたからではなかった。この手記の解読できない文字を読ませる為だったのだ。きっとサラからの手紙も自分をおびき出すための偽物だったのだろう。こんな傲慢な男にうまく騙されて捕まるだけでなく、手記を解読してしまうなんて・・・。
悔しさに唇を噛みしめる渚をリージスは勝ち誇ったように見下ろした。
「この文字を読めたのだから、その言葉の意味も分かるだろう。財宝はどこにある?」
「分からないわ」
リージスはじろっと渚を見た。だが渚は本当に分からなかったのである。
「文字が読めるからと言って、こんな予言のような言葉、分かるはず無いわ」
「ほう。今日はせっかくのクリスマスだというのに、君はこんな暖炉もない部屋で一人寂しく凍えていたいのか?」
今度は渚がじろっとリージスを見る番だった。
「財宝が見つかれば私を城へ帰してくれるの?」
「見つかればお前に用はない。城に戻るなり、好きにすればいい」
手記に書かれた文章の意味を説き明かす自信など渚には全く無かったが、とにかくここを出なければ道は開けないだろう。
「外に出て、この辺りを歩けば・・・分かるかも知れないわ」
「いいだろう」
リージスは部下にその手記を持たせると、渚を伴って屋敷を後にした。
車の中でじっとパソコンの画面を見つめていたサラが、急に声を上げた。
「ウィディア!赤い点が動いているわ!」
ウィディアが画面を覗くと、確かにさっきまで動かなかった点滅が動き出している。ウィディアはサラと顔を見合わせると、運転席のアーハードにピョンを追うように頼んだ。
しばらく走ると、ハイドライドに乗って走っているピョンの姿が見えた。窓を開けて赤い点滅が動いていることを告げると、ピョンは馬を車の横に付けて「どっちや!」と叫んだ。
「南西よ!」
「よし!」
ピョンは勢いよくハイドライドの背から車の窓へ飛び込んだ。急に膝の上に飛び乗られて、びっくりしたウィディアが文句を言う間もなく、彼はウィディアの膝の上のパソコンの画面を再びSNSに切り替えて、驚くほど素早く両手でキーを打ち、最後に送信を押してニヤッと笑った。
「さあ、始まるでぇ」
「な、何が?」
「10、9、8、7・・・」
「な・・・何なのよ」
急にカウントを始めたピョンに、ドギマギしながらウィディアは彼を見守った。
「・・・3、2、1・・・GOや!」
ー ドドオォォォ・・・ン!! ー
ピョンの合図に合わせるかのように、リージスの屋敷のある方角から何かが爆発するような音が聞こえてきた。しかもそれは一回だけではなかった。まるでその一カ所で戦争でも起こっているかのように激しい爆音が鳴り響いている。
渚を連れて財宝探しに出かけたリージス達にもその音が聞こえていた。
「な、何だ?あれは!」
「屋敷の方です!もしや屋敷に何かあったのでは?」
部下が叫んだが、リージスは「ええい、構わん!財宝が手に入れば、あんな屋敷の一つや二つ、いくらでも建てられるわ!」と言って、渚の背中を押した。
激しい爆音にウィディアが耳を押さえながら言った。
「な、な、何なの?あれは・・・」
サラとアーハードも耳を押さえてピョンの答えを待っている。
「メル友や」
「メ・・メル友?」
「世界兵器愛好会のイギリス支部のメンバーや。おっ、今のはバズーカ砲やな。なかなかええのを持ってきよった。私有地やから好きなだけぶっ放せるでって言うたら、さっそくやって来たな。まだ2,3人しか来てへんけど、もうちょっとしたらもっと集まるで。30分もしたらあんな家、跡形もなくなるわ。いやぁ。愉快爽快!はははははっ!」
ピョンの言葉にさっきの怪しい男は彼のメル友だったのだと理解した。しかし長い間ミシェル・ウェールズでシスターをやって来たウィディアは意外とモラリストだったようだ。辺りに響き渡る爆音に少し恐怖を覚えた。
「それって・・・罪にならないの?」
「何言ってんねん。人の土地に勝手に家を建てる方がよっぽど犯罪やで。取り除かれたって文句は言われへんわ」
「それは・・・そうだけど・・・」
自分の膝の上に居るのは、さっきまでただのカエルだと思っていた。だが、違う・・・。
ウィディアは本当に恐ろしい物を見る目でピョンを見つめた。
「ピョン。あんた一体何者なのよ」
「ワイか?ワイは何の力も無いただのカエルや。人間に踏まれたらぺちゃんこになるしかない、しょうもない存在や。そやから、渚を守る為やったらどんな手段でも使う。それもワイの流儀でな。ワイには人間の法は通用せーへんで」
目を細めてにやりとほくそ笑んだピョンを見てウィディアは悟った。
ー こいつは悪魔が乗り移ってるんじゃない。悪魔そのものなんだわ・・・・ ー




