7.ウィディアからの難問
大きなため息をつきながら、ピョンはのたのたと城の周りを歩いていた。生まれてからこの方女性にプレゼントなどした事の無い彼には、渚に何をあげたら喜んでくれるのかさっぱり分からなかったのだ。皇子だった頃はいつも何かを貰う方だった。
「やっぱ女が喜ぶもんゆーたら宝石やろ。アルセナーダの宮中に出入りしとった娘どもも、母上がはめてる宝石を見たら目の色変えて『素晴らしいですわぁ。さすがアルセナーダの皇后様ですわね!』なんてワイワイやっとったもんな」
しかしいざ渚にそれを送った時の事を想像してみると、彼女はあまり喜ばないような気がした。渚はいつも質素で倹約家だ。服も必要なもの以外はあまり買ってないし、家にある宝飾類はほとんど母親の形見らしい。そんな彼女に大きな宝石のついた指輪を贈って喜ぶだろうか。否。あいつは絶対、怖い顔をしてこう言うに決まっている。
ー 無駄遣いしちゃダメでしょ?ピョンちゃん ー
「一体どないしたらええんやろ。こりゃ財宝探しより難しいわ・・・」
途方に暮れて呟いた彼の行く手に、もう一人途方に暮れながら今夜のパーティの準備をしている男が居た。
「一体どうすれば良いのだろう・・・」
アーハードは40代後半だが、すでに髪の毛が真っ白で、風格のあるベテラン執事だ。そんな彼もかなり年下のウィディアから出された難問には困り果てていた。ブライトン家の執事としてかわいいお嬢様の為なら何でもしてあげたい所だが、あの王様気取りの無礼な男に対抗する術など、アーハードにはなかった。
彼は城を照らす為に使う直径40cm程もある大型のサーチライトを綺麗に磨いて、ライトが点くかどうかを確認した後、自分の足下に大きな緑色のカエルが座っているのに気が付いた。
「これは、ピョン様」
カエルが黙って自分を見上げているので、アーハードは本当に彼がしゃべれるのか鎌をかけてみる事にした。
「私に隠す必要はありませんよ。ウィディア様からお聞きしました。あなた様は頭も切れるし行動力もあるし、なんと言っても人間と同じように話す事が出来るのだと」
するとピョンはにまっと笑って、彼が磨いたサーチライトの上に飛び乗った。
「ホンマにウィディアがそんな事を言ったんか?あいつがワイのことを褒めるとは、とても思われへんなぁ」
するとアーハードもにっこり笑って答えた。
「いいえ、本当にお褒めになっておられましたよ。但し最後の“人間と同じように話す事が出来る”と言ったのは私が作りましたが・・・」
「さすが侯爵家の執事や。コロッと引っかかってもうたわ」
ピョンはそう言ったが、アーハードにはピョンがわざと自分の鎌に引っかかったのだと分かった。きっと彼は自分を信頼に値する人間だと思ってくれたのだろう。確かにカエルにしておくのは惜しいかも知れないな。それにしてもなぜ言葉を話せるのだろう。
アーハードがそんな事を思って見ていると、ピョンはじっと足下にあるサーチライトをのぞき込んで尋ねた。
「こんなでっかいライト、何に使うんや?」
「これはサーチライトですよ。これが城の周りに7カ所設置されていて、夜になるとこれで城を照らすのです。するとこの城が闇夜の中に浮かび上がって、それは美しゅうございますよ」
「ほうっ、サーチライト。なあ、アーハード。この光は城の外部を照らすんやから、相当強い光なんやろな」
「それはもう。夜の空に直接向けたら、遠くからでもこのライトの光の帯が見えるほどですよ」
「それは上々や。ええ事思いついたんやけど、ちょっと耳を貸してくれるか?」
ピョンがアーハードに何かを耳打ちすると、アーハードはにっこり笑って「それは良いアイディアですね。もちろん協力させていただきますよ」と頷いた。
「良かった。これで一安心や」
「ではウィディア様の難問はお解けになったのですね」
「まあ、うまくいけばの話やが・・・」
「大丈夫。きっとうまくいきますよ。それでは一つは解決したという訳です」
「一つ?まだあんのか?」
「はい。私がウィディア様からいただいた難問が・・・」
そうしてアーハードは、先ほどウィディアとした話をピョンに全て話した。
「リージスを足止め?この城に来ささんようにするんか?」
「はい。しかしリージス様はあのようなご気性ですし、来るなと言えば余計来られるような方ですから、私もどうすればよいか途方に暮れておりまして・・・」
ため息をつくアーハードに、ピョンはにっこり笑った。
「なーんや、そんな事か。簡単やで」
「え?」
アーハードはびっくりしたようにピョンを見つめた。
「そうやな。ワイとアーハード。それから召使いを二人用意してくれ。今からちょいと仕掛けに行こか・・・」
「ああ、ホントに忙しい・・・」
ブツブツ言いながら次にウィディアが訪れたのは、城の2階にある家族用のリビングだった。丁度メイドがサラと両親にお茶を出していたところで、エネディスがウィディアにパーティの準備の手伝いの礼を言って彼女にも休憩を勧めた。ウィディアはサラの隣のソファーにかけると、メイドが注いでくれた紅茶を口に運んだ後、話を切り出した。
「実はエネディスさんにお願いがあって」
「何だね?ウィディア」
「ナギサの両親の事はお聞きになりました?」
「ええ。一応サラから。お亡くなりになったそうですね」
「はい。飛行機事故だったそうです。両親が亡くなってからまだ1年も経っていないので、ナギサは両親の話をする時まだ涙ぐんでますわ」
「まあ!」
マーシャ夫人が可哀想にと言う顔で声を上げた。
「ナギサのパパはとても高名な心理学博士だったそうですが、彼女にとっては普通のパパで、良く一緒にダンスをしたのだと言ってました。とても上手だったと・・・」
「ああ、ウィディア!もうそれ以上言わないで」
マーシャ夫人が全て分かったわよ、と言う風に彼女の話を止めた。
「あなた。今日はまず最初にナギサをダンスに誘ってあげて下さいね」
「それがいいわ、パパ。私はいとこのルーディンと踊るから」
エネディスは妻と娘にさっさと話を決められると、両手を挙げてウィディアに笑いかけた。
「・・・だそうだよ」
ブライトン家の城の中では明々と燃える暖炉と同じくらい暖かな会話が弾んでいたが、この城の見張りを言いつけられているリージスの部下の一人は吹きすさぶ冷たい北風の中、直接風が身体に当たらないよう木の陰に隠れながら、ブライトン家の様子を窺っていた。
「ううっ、寒い!」
彼は黒い皮の手袋の上から、はあっと息を吹きかけては、早く交代の人間が来る事を祈っていた。
ブライトン家を見張るようになってからもう2年以上経つ。その間、一度として収穫がなかったにもかかわらず、リージスは必ず当主のエネディスが財宝のありかについて何かを知っているに違いないと言って、目を離さぬよういつも誰かに見張らせていた。
「全く冗談じゃない。今日はクリスマス・イブだぞ」
この男の家に待っている家族など居なかったが、クリスマスくらいは自宅に居て、暖かいストーブの前で熱いホットブランデーを飲みたかった。一口できゅーっと体中に染み渡る様な酒の刺激が男はたまらなく好きで、寒さに震える彼にとっては今それが空から届いたら、間違いなく最高のクリスマス・プレゼントになるだろう。
「こんな日に見張り役とはついてないぜ」
再びぼやいた彼の耳に、女性の楽しそうな話し声が聞こえてきた。ブライトン家のメイドが2人、きっとクリスマスの飾りに使うのだろう、両手一杯に赤い実のついた柊や、12cm以上ある大きな長細い松の実を持って城へ向かっている。
「ねえ、それって本当なの?」
「そうよ。とうとう旦那様はブライトン家の始祖、アトラス・ブライトンが隠した財宝の地図を見つけたんですって!」
ー 何だと!? ー
木の陰に隠れて彼女達の話に聞き耳を立てていた男は、驚いたように目を見開いた。メイド達に見つからないよう、茂みに身を隠しながら後を付けていく。
「でも旦那様はあのように欲のない方でしょ?これは子孫のために置いておこうっておっしゃって、又どこかにその地図を隠しておしまいになられたの」
「へええ。それってどこなの?」
「あなた、まさか探しに行くつもりじゃないでしょうね。まっ、探したって無駄よ。東の森に小さな沼があったでしょ?」
「ああ、沼にはまって危ないから立ち入り禁止になっている所ね」
「あの周辺のどこかなんですって」
「それはちょっと願い下げね。泥だらけになるの嫌だもの」
2人のメイドが笑いながら去って行くのを見ながら、男はこの大収穫の情報を得たのが自分だった事を感謝した。これでボーナスも俺が一番に違いない。
「最高のクリスマスだぜ!」
男は先ほどとは打って変わったように呟くと、胸ポケットに入れた携帯を取り出した。
それぞれの場所でそれぞれが楽しいクリスマスを過ごしていたが、リージスもブライトン家の敷地に立てた別荘の中で大きなソファーにゆったりと腰掛けながら、今夜は最高のクリスマス・イブになるはずだと確信していた。部下達はすでに準備に入っている。あの娘が手に入れば、このブライトン家のどこかにある財宝のありかを知る事が出来るに違いない。
暖かい部屋の中で幸せな夢に浸っていた彼のポケットから、けたたましく音楽が鳴り響いた。これはブライトン家の見張りをさせている者からかかってきた時になる着信音だ。
「まったく、何なんだ。定期連絡の時間じゃないぞ」
せっかく気持ちよくうとうとしていたのを起こされて、リージスは不機嫌そうに電話に出た。
「リージス様!素晴らしいニュースですよ!これは本当に天からのクリスマス・プレゼントです!」
不機嫌なリージスとは対照的に、部下の声はやけに弾んでいる。
“全く、何がプレゼントだ。訳の分からん奴め・・・”
リージスには男が何をそんなに嬉しがっているかさっぱり分からなかった。
「地図が、地図が見つかったんです。やっぱりエネディスは財宝のありかを示す地図を持っていたんです!」
「何だと?それは本当か?」
「はい。メイドが話していました」
「じゃあすぐにその地図を手に入れてこい」
「それがエネディスは又隠してしまったそうなんです。でも場所は分かっています。東の森の中の沼の周辺だと・・・」
東の森にある沼は底が浅いのではまって死ぬような事は無いが、それでも大人の胸くらいまでは泥に浸かってしまうだろう。だから立ち入り禁止にしているのだが、まさか沼の底に地図を沈めたりはしないだろう。あの周辺を探せば案外簡単に地図を見つける事が出来るかもしれない。
彼は部下に「すぐ行く」と伝えると、電話を切った。
リージスが電話をしている途中で彼の一番信頼する部下が部屋に入ってきて、彼の側で話を聞いていたようだ。男は「それでは今夜の計画は中止にしますか?」と聞いたが、リージスは「地図が見つからなかった場合もある。お前はこのままブライトン家に行って計画を実行しろ。私は沼の方に行く」と言って、男から毛皮のついたコートを受け取った。
先ほどエネディスが財宝の地図を隠した話をリージスの部下に聞かれていたメイド達が城の裏手にある木戸から中へ入ると、カエルを手に持ったアーハードが待っていた。
「アーハードさん。これで良かったんですか?」
柊を持ったメイドが尋ねると「上出来や!」とピョンが答えた。
「寒い中ご苦労さんやったな。あとはパーティまでゆっくり休んでくれ」
2人のメイドはまるで穴が開くようにピョンを見つめると震えながら尋ねた。
「ア・・・アーハードさん。今、カエルが・・・」
「いやいや。今のは私の腹話術だよ。今夜のパーティの余興にと思ってね。どうだい?なかなかのものだろう」
いつも生真面目で冗談など全く通じない執事が笑いながら言ったので、メイド達は今度はアーハードの顔をじっと見た。使用人達にとって侯爵家の執事など怖い上司でしかない。彼女達はここで笑っていいのかどうか分からないような複雑な笑いを浮かべると「そ、そうですわね」「では、私たちは仕事がございますので」と言いつつ、そそくさと行ってしまった。
「召使いには人気がないのんか?アーハード」
「侯爵家の執事など、どこでもこんなものですよ」
ピョンの同情の言葉に仏頂面で答えると、アーハードはピョンを手の平に乗せたまま歩き出した。
「しかしこんな事で本当にリージス様が今夜のパーティに来なくなるのですか?」
「あいつはなぁ。常にブライトン家を見張らせとる。何でやと思う?当主のエネディス・ブライトンは財宝について何か知っとるんやないかと思ってるからや。人間ゆうのはおかしなもので、そんな自分の感が正しかったと思ったら、必ず信じ込む。
ただし、捜し物はあまり難しい所に置いたらあかん。東の森のどこか・・・ならあまりにも広範囲すぎる。すぐに探し出すのは無理やろうと考えて、時間をかけて探すはずや。そやけど、東の森の沼の周辺・・・となれば、運が良ければ今からでも探し出せるかもしれん。
わずか5歳の女の子と婚約してまで探そうとしとった宝やで。あの男は必ず沼へ向かう。その間にパーティは終わってしまう・・・ちゅう訳や」
アーハードは左の手の平にすっぽり収まるほどの大きさしかないピョンを目をしばたかせて見つめた。
「なるほど・・・。ウィディア様の仰る通り、あなたはなかなかの知恵者のようですね」
「悪知恵が働くだけや。あのボンクラナスビが沼に落ちてギャーギャーわめいとる姿を思い浮かべたら楽しくなるやろ?」
「全くもってその通りでございます」
アーハードは忌憚なく答えた。
「しかし本当に財宝などがあるのでしょうか。この地に」
「さあな。あったとしてもあの父ちゃんの事や。ほんまに子孫の為に置いとこ、て言いそうやないか?」
アーハードはにっこり笑って頷くと、「私の部屋で紅茶でもいかがです?もちろん冷たいのをお入れいたしますよ」とピョンに勧めた。




