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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream7.聖夜のプレゼント
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2.サラの婚約者

 渚の家からミシェル・ウェールズまではバスで20分ほどだ。今日は家の前からタクシーで向かっているのでそれよりは少し早く、いつも渚が歩いている道路の両側に高い銀杏並木のある道路が見えてくる。そしてその並木道を抜けると目の前にミシェル・ウェールズの黒いロートアイアンの重厚な扉がそびえていた。


「おお、懐かしき鉄の門。もう二度と入る事はないけどね」


 タクシーを降りた一行の前で、ウィディアが大げさに両手を広げて言った。

 それにしても門前からレンガの壁に沿って、まるで高級車のモーターショーのようにずらっと車が並んでいる。渚は驚いてあれは何?とウィディアに尋ねた。


「そうか。ナギサは夏のバケーションの時見てないのね。あれは子供達のお迎えよ。大切な跡取り息子や娘をまさか列車で帰らせられないでしょ?」


 それでも驚いている渚にウィディアは更に言った。


「こんな事で驚いていたら、もっと驚く事になるわよ。ここはミシェル・ウェールズ。ただのお坊ちゃん、お嬢ちゃんが通う学校じゃないんだから。私がこの忙しい時期に仕事を休んででも来たかった意味が分かるわ」


 渚達が門の近くまで行くと、サラがお迎えの車の前で手を振っていた。彼女はいつものミシェル・ウェールズの紺色の制服ではなく、サーモンピンクの花飾りが周りに付いた帽子をかぶり、おそろいの色のかわいいレースの一杯ついたワンピースを着ている。きっとこれを着て帰っておいでという両親からのプレゼントだろう。サラの笑顔はいつもよりずっと輝いていた。


「サラ。お招きありがとう。お言葉に甘えて来ちゃったわ」と渚が言うと、ウィディアも「サラ、久しぶりね。私まで呼んでくれて嬉しいわ」と言った。


「とんでもありません。私の方こそ来てくれて嬉しい。ね、先生。カエルさんは?」

「後でね。車に乗ったら出してあげる」


 サラはにっこり微笑んで迎えの車に乗るよう、手を差し出した。


「私の家はパトリックの所みたいにお金持ちじゃないから、ロールスロイスじゃないんですけど」


 それでもベンツなのね・・・。渚とウィディアは顔を見合わせると、車に乗り込んだ。








 サラの家はロンドンから北東へ約100Km、ベリー・セント・エドマンズ近郊の森の中にあるらしい。途中休憩を取りながら車で約3時間、みんなのおしゃべりがそろそろ疲れてきた頃、周りから民家が姿を消し、森と湖の美しい風景が広がる地域にさしかかった。


 道路の脇に広がる湖に、日の光が反射してキラキラと輝いている。渚が窓を開けて外を見ると、遠くに高い木々に囲まれた石造りの城が見えて来た。


「見て、ウィディア。向こうにお城が見えるわ!」

「え?どこ?ノイシュヴァンシュタイン城?」


 渚と一緒になって外をのぞき込んだウィディアに、ピョンがあきれたように言った。


「それドイツやって。お前、城ゆうたらそれしか知らんのやろ」

「うるさいわね!カエル!」

「へーん、物知らず!」

「このカエル!その減らず口を引きちぎってやるわ!」


 2人の喧嘩を渚が止めに入る前に、助手席に座ったサラが言った。


「あ、あれ、私の家です。もうすぐ着きますよ」


 びっくりして彼らの喧嘩はすぐに収まった。


「家って・・・あれ、お城よね・・・」


 苦笑いしながら聞いてくる渚に、ウィディアは小声で返した。


「分かった?私がどうしても来たかった訳。古城で迎えるクリスマス。最高に素敵じゃない」


 ウィディアの言葉に渚は、自分の旅行鞄の中に隠すように入れてきた編み物を思い出した。

 古城で迎えるクリスマスってどんなかしら・・・。素敵な夜にする為にも、頑張って仕上げなきゃ。ピョンちゃんと一緒に過ごす、初めてのクリスマスだもの。もう絶対頑張っちゃおう。うん!


 胸の前で手を組んだ渚が微笑んだかと思うと、急に真剣な顔になったりするのを不思議そうな顔でピョンは見上げて居た。



 アーチ状になった古い石のゲートをくぐり、歴史を重ねた石畳の道を走り抜けると、車は木製の大きな両扉が歴史を感じさせる城の前に到着した。すでにサラの両親はその前で待っており、運転手が開けた車のドアからサラが待ちきれないように飛び出して行くと、彼等も走り出してきて、彼女の母はサラを抱きしめた。


「ママ、ママ・・・」


 懐かしい母に会えて泣きながら、サラは自分と母を抱きしめている父にも、ただいまのキスをした。自分達を微笑ましい顔で見守っている2人の女性に気が付いて、サラの両親は立ち上がり近づいて来た。


「初めまして。当主のエネディス・ブライトンです。彼女は妻のマーシャ。こちらは執事のアーハード。あなたがナギサ先生?」

「はい」

「やっぱり。サラの手紙に書かれている通りの方だ。いつもサラがお世話になっております」

「こちらこそ」


 渚と握手を交わすと、エネディスはウィディアにも握手を求めた。


「ケイト・オースティンです。でもみんなシスターネームのウィディアと呼ぶので、そうお呼び下さい。お会いできて光栄ですわ、侯爵」


 そんな彼らの様子を、ぴょんは渚の鞄の中から目だけをちらっと覗かせながら思った。


“へえ、侯爵なんか。道理で立派な城やな・・・”

 

「侯爵と言っても今は名ばかりで・・・。ああ、立ち話も何ですね。中へどうぞ」


 エネディスに案内されて城の中へ入った渚とウィディアは、思わず「うわあ・・・!」と声を上げた。


 広い玄関ホールに大理石の床。3階まで吹き抜けになった高い天井、シンメトリーに両側の壁際に沿って2階へ至るアーチ状の階段。昔は本物のロウソクで飾られていたのだろう、中央には巨大なシャンデリアがきらめき、その奥には4メートルもあるツリーが光り輝いていた。そこはまさに中世さながらの世界が広がっていた。


「24日のクリスマス・イブにはこのホールで一族の者や友人達を招いてクリスマス・パーティを開きます。是非お二人も出席なさって下さい」


 それを聞いて渚とウィディアは青い顔で顔を見合わせた。


「ナギサ、ドレス持って来た?」

「ううん。元々そんな凄いの、持ってないの」

「私もよ」


 するとそれを聞いていたマーシャ夫人がにっこり笑って二人を振り返った。


「ご心配なさらないで。私の若い頃のでよろしければ、お貸しいたしますから」


 優しく微笑むとサラによく似ているわ、と渚とウィディアは思った。エネディスは40台前半だがマーシャ夫人はきっと30台後半くらいだろう。渚もウィディアも両親を亡くしているので、こんな優しそうな両親を見るとつい嬉しくなってしまう。真っ赤になって「はい」と答える2人を見て、ピョンは“なんで赤くなってんのかなぁ”と思った。


 このブライトン家に世話になる限りは、ピョンを紹介しない訳にはいかない。見た事もないような大きな暖炉と高い天井のある広いリビングで、まずサラが両親にもう一度詳しく渚とウィディアを紹介した。


「・・・それでナギサ先生は英語意外に6カ国語が話せるの。でもその中にヘブライ語はなかったけど、アレク先生とヘブライ語でしゃべってたよね」

「ええ。日常会話くらいなら・・・」

「それは凄い!」


 サラの両親は声を揃えて叫んだ。


「ウィディアは社会科を教えてたけど、高学年の担任だからサラは教えてもらった事がないのよね」

「私の授業は結構いい加減だったから、サラは教わらない方が良かったかも・・・」


 ウィディアの発言にみなが大笑いした時に、渚は今がチャンスと鞄の中からピョンを取り出した。


「キャッ、カ・・・カエル?」


 マーシャ夫人はやはり驚いたらしい。びっくりして夫の後ろに思わず隠れた。渚は2人を驚かせてしまったとピョンを隠すように胸に抱きしめたが、サラが「ピョンちゃんはね、ナギサ先生の友達なんだよ。とっても賢くて勇気があって、サラが危ない時に助けてくれたの」と絶妙なフォローを出したので、夫人はすぐに納得してくれたようだ。


 渚はピョンをテーブルの上に乗せ「ピョンちゃんは人の言葉も分かるから、ご挨拶も出来るんですよ」と言うと、「本当かい?」と驚いたエネディスがピョンに自己紹介をした。するとカエルは頷いた後、右手を差し出した。


「握手ですわ。人差し指を出してあげて下さい」


 渚に言われてエネディスが指を差し出すと、ピョンはそれを掴んで上下に振った。


「まあ、凄いわ!あなた!」


 マーシャ夫人も大喜びで自分も同じようにカエルと挨拶を交わすと、もう大興奮で「凄いわ!天才よ。この子!」と感動していた。ピョンは内心、こんな事で大騒ぎしていたら、自分がしゃべれる事を知ったら失神してしまうんじゃないかと思った。




「これは、これは、皆さんお揃いで・・・。おや、お客様までいらっしゃったのだな」


 家族の団らんにいきなり割り込んで来た声に、全員リビングの入り口を振り返った。黒髪の巻き毛と青い瞳の少し意地悪そうな笑みを浮かべた27,8歳くらいの男が、やはりこれもあまり目つきの良くない2人の部下を従えて立っている。案内をしてきた執事も止めようがなかったほど強引にこの屋敷に入ってきた事が、アーハードの顔を見て分かった。


 サラがまるで怖い物でも見たように、渚の背中に顔を伏せて隠れた。エネディスもさっと表情を硬くしたが、すぐにいつもの笑顔に戻って立ち上がった。


「これはリージス殿。今日はいかがなされたのです。こんな急に・・・」

「我が婚約者殿が久しぶりに戻って来たのだ。顔を見に来てはいけないと?」


 婚約者と聞いて、渚もウィディアもびっくりしてサラを見つめた。サラはまだ8歳だ。どう見ても20近く年上のこの男と、どうしてそんな事になったのだろう。渚は顔を隠して震えているサラをぎゅっと抱きしめ、自分達の座っているすぐ側までやって来たリージスを見上げた。


「どうした、サラ嬢。未来の夫に顔を見せてくれないのか?」


 このままではサラの腕を掴んで引っ張りかねないと思った渚は、無理に笑顔を作って彼女の代わりに答えた。


「リージス様。サラは今日大変な長旅をして帰ってきた所で、とても疲れているのです。どうか今日の所はお許し願えませんでしょうか」


 リージスはふんぞり返ったまま渚を見下ろすと、「君は?」と尋ねた。


「ミシェル・ウェールズの教師をしております、ナギサ・コーンウェルと申します」

「フン。教師ふぜいがこの私に意見するとはな。まあ、いいだろう。どうせ私はすぐそこの別荘に居る。又明日にでも来ればいい」


 そう言い捨てると、彼はさっと身を翻して去って行った。すぐにマーシャがやって来てサラを抱き上げると、別の部屋へ連れて行った。エネディスは二人が去って行ったのを見ると、軽くため息をついて話し始めた。


「あの方はリージス・アルタイン殿とおっしゃって、国王陛下の遠縁に当たるお方です。いつもはロンドンにおられるのですが、近くに別荘を建てておられるので・・・」


 そう言ってエネディスが黙り込んだので、執事のアーハードが口を開いた。


「余計な口出しかも知れませんが、旦那様。リージス様の別荘があるのは我がブライトン家の敷地でございます」

「ええ?人の敷地に勝手に別荘を建てているんですか?」


 さっきまで黙っていたウィディアがさすがに驚いて言った。


「何かと言うと、お嬢様の婚約者、でございますから」

「アーハード」


 ムッとして答えたアーハードをエネディスはたしなめると、「せっかくの楽しい時間を申し訳ありませんでした。もう夕食の支度も出来ているでしょうから」と言って彼等をダイニング・ルームに案内した。

 みなが立ち上がって移動し始めると、ピョンはいつものように渚の肩に飛び乗ってから考えた。


“侯爵家が逆らわれへんという事は、もしかしたら・・・と思ったが、やっぱりあの男、王室関係者か・・・。民家が見当たれへんと言う事は、この辺り一帯はブライトン家の土地や。そこにいきなり自分の別荘を建てるのは、いくら何でも強引すぎる。こりゃ、なんかあるで・・・・”






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