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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream7.聖夜のプレゼント
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1.クリスマス休暇

 我が家のカエルは今日も忙しい。


「あ?トミやん?(トミーさんと言っている)ワイやワイ。久しぶりやなぁ。どうや最近。ほー、ぼちぼちか。そりゃ良かったな」


 渚と一緒に暮らしだしてからのピョンは、ネットを通して色々な人と繋がっているようだ。もちろん姿を見せる事は出来ないので、相手とはビデオ通話ではなく音声のみで話している。


“久しぶりって事は昔からの友達かしら。でもピョンちゃんは私と暮らし出すまで、そんなに友達は居ないって言っていたけど・・・”


 渚はピョン専用のU字に曲がったストロー付きカップに、野菜ジュースを注ぎながら思った。近頃ピョンの愛読書には、やたらとIT関連の本が増えている。彼はインターネットで必要な物を揃えるのに慣れたらしく「今は便利やなぁ。キーボードのボタン、ちょちょいっと押すだけで、こんなにちっちゃいもんまで持ってきてくれんねんで」と喜んでいる。もちろん受け取りは渚がするのだが、金は銀行引き落としで彼が払っているのだから別段問題はない。


「ところでな、トミやん。アメリカのPM社の株、全部売ってくれ。え?まだ上がる?いや、もう限界やな。代わりにライバル社のコスモ・エースの株を買い占めるんや。何株?そやな。一億でどーや」


“い、一億・・・?”


 渚は持っていた野菜ジュースを思わず落としそうになった。一億ドルか一億ポンドか分からないが、いずれにせよ凄い金額だ。びっくりしている渚にはお構いなしに、彼等の会話は事もなげに続いている。


「え?社長の持ち株超えてまう?あかん。筆頭株主なんかになったら株主総会に出なあかんやんか。そういう問題やない?いやいや、乗っ取りなんかするつもりあらへんで。ほな半分でええわ。え?なんでやって?コスモ・エース社がな、新製品開発しよったんや。なんと水に溶けるおむつやで。そう。そのままトイレに流せるんや。


 今まで同じようなおむつが他の会社で開発されたけど売れんかった。水に溶けるまでに結構時間がかかって主婦の評判が悪かったんや。そやけどこれは全く違う。なんとわずか8秒で完全に水に溶けるんや。これは売れるで。一週間以内にコスモ・エースの株は上がる。え?どっからそんな情報仕入れたか、やって?それは企業秘密や。分かったらよ買っといてくれ」


 渚が野菜ジュースを持って行くと、彼はそれを「おおきに」と言って飲みながら、又別の人と音声通話を始めた。


「あー、ペーやん?(ペーターのペー)ワイや」


 いつもながらピョンは奥が深い。おまけに相手はピョンちゃんがカエルだとは知らずに話してるんだろうな・・・。

 そんな事を考えながら、渚は彼に気付かれないよう自室に戻ると、そっとドアを閉めた。この分ならしばらくは通話にかかりそうだ。


 渚はほくそ笑むとクローゼットの中に隠した紙袋を取り出した。ベッドの脇にクッションを置いてそこに座ると、紙袋の中から“人形の服”と書かれた本と黄緑を基調にした毛糸玉を取り出した。2本の編み針を持ち毛糸を指に引っかけると、編みかけの続きから編み始める。


「また、馬券を買っといてくれへんか。そやな。キングオーキッドなんかどうや?え?大穴過ぎ?かまへんかまへん。どうせ株の配当金や。どかっといってまお。ま、ガバッと儲かったらいつも通り一割を手数料にとっといてくれ。ほなな」


 通話を終えたピョンはふと顔を上げて、渚が居ない事に気が付いた。

 



 部屋の中では、編み物がうまくいかなくて渚が苦戦中であった。3本取りの毛糸が絡み合って、なかなか先に進めないのだ。


「いやーん。やっぱり2色にすれば良かったかな。いえ、頑張るのよ渚。もう日にちがないわ!」


 自分で自分を励ましてやっと毛糸の絡まりをほどいた時、ピョンが彼女の部屋のドアをノックした。もちろんカエルなのでコンコンではなくペタペタである。渚はびっくりして慌てて紙袋の中に編みかけの毛糸を放り込むと、ベッドの布団の中へ押し込んだ。そして何事もなかったようにドアを開けた。


「どうしたの?もうお友達との話は終わった?」

「うん。どないしたんや?いつもドアは開けてんのに」

「え?い、いえ。ちょっと着替え・・・着替えをしていたの。うん」

「ふーん?」


 少し妙な顔をしているピョンを見て渚は気を付けなければ、と思った。彼は感が鋭いのだ。そう、絶対に当日まで彼には秘密にしなければ。だって、あれは・・・・。


 一方ピョンはちらっと部屋の中を覗いて考えた。最近夜もすぐ部屋に行ってしまう渚に違和感を感じる。以前はこちらが寝ると言っても「もうちょっとおしゃべりしよう」等と言って引き留めていたくせに、どうも怪しいなぁ・・・。








 月曜の朝はみんな憂鬱である。又一週間頑張って働かなければならないからだ。だが渚は別の意味で憂鬱だった。今日はもう15日なのだ。あと10日でどうやってあの難しい編み物を仕上げたらいいのか分からなかった。


「昨日もピョンちゃんが映画見たいなんて言うもんだから、2本も見ちゃってその後ご飯を食べて帰ったら11時。頑張って編んだけど、途中で寝ちゃって3段しか進んでないよ・・・」


 ミシェル・ウェールズの中庭にあるベンチに座って、渚は大きくため息をついた。


「とにかく後10日よ。25日までに徹夜してでも仕上げなきゃ!」



「先生。25日、誰かと約束しているの?」


 後ろから呼びかける声に、渚はびっくりして振り返った。サラが世界史の教科書を抱きしめて自分を見上げている。


「いえ、別に・・・。クリスマスだなって思っただけよ」

「じゃあ、21日からのお休みは何か予定入ってる?」

「21日?」


 サラに言われて、やっと渚は思い出した。12月21日からミシェル・ウェールズはクリスマス休暇に入るのだ。普段この学校で息苦しい生活をしている子供達が半年に一度、帰郷できる大切なイベントだった。


「いえ。別に何も予定は入ってないわ」


 そう答えつつ渚は考えた。21日から休みなら、学校に行くふりをして公園とかで編んだら一気に仕上がっちゃうじゃない。そうよ。その手があったわ!


 そんな事をしたら絶対に風邪をひくだろうという事など全く考えていないところが渚らしいが、とにかく渚にとっては編み物を仕上げるのが最優先事項だった。それも25日のクリスマスまでに。


 今年のクリスマスはピョンと初めて一緒に迎えるクリスマスなのだ。だから多少無理をしても彼に素敵なプレゼントを用意したかった。いつも寒さに震えている彼の為に、防寒着代わりになるセーターを編む事にしたのだ。喜んでくれるかどうか分からないが、思い出に残るクリスマスになるだろう。


「じゃあ、先生。クリスマス休暇はぜひ、私のおうちへ来て下さい」

「え?」 


 思いもしなかったサラの提案に、渚は驚いたように声を上げた。


「パパとママに先生を紹介したいの。あっ、もちろんカエルさんも」

「え、あの、でも・・・」

「シスター・マリアンヌはクリスマス礼拝があるから無理だけど、ウィディアなら来てもらえるでしょ?是非一緒に来て下さいね!」


 渚がどう返答しようか考えている内に、サラは手を振って次の授業に行ってしまった。そして渚は途方に暮れたように呟くのだった。


「どうしよう。編み物が・・・・」










 それからも渚はピョンにばれないよう部屋に入ると、一生懸命編み続けた。しかし家に帰ると食事の準備、食事が終わると明日の授業の準備。もちろん長期の旅行の準備もしなければならない渚に編み物に携わる時間はあまりにもないまま、とうとう21日を迎えてしまった。


 その日、ウィディアは大きな旅行鞄を持って渚のアパートの下にやって来た。


「ナギサーッ、来たわよーっ!」

「すぐ降りるわ、待ってて!」


 渚も3階の窓から返事を返すといつも愛用しているバッグを肩にかけ、その中にピョンが入っているのを確認して大きな旅行鞄を持った。


「クリスマス・バカンスよー!」

「Yeahー!!」


 なんだかんだ言っても、旅行に行く時の女の子達のテンションは高い。彼女達は大きな荷物をもろともせずに手に持つと、キャッキャッと楽しそうに笑いながらミシェル・ウェールズに向かうタクシーに乗り込んだ。普段ならバスで行くのだが、荷物が多いのでタクシーを呼んでおいたのだ。


 車に乗り込むと、鞄の中からピョンが顔を出してウィディアに言った。


「それにしてもよう休みなんか取れたな。チキンゆうたらクリスマスの主役やろ?」

「クックドゥードゥーには私を目当てに毎日やって来る男の子もいるのよ。その子に“私どうしてもクリスマスは外せない用事があるの!”って言ったら“ウィディアさんの役に立てるのなら僕は本望です”って仕事を代わってくれたの」


「へえ。物好きな男もおんねんな。毎日鶏ばっかり食って飽きひんのか?なんちゅう名前や」

「ええっと・・確かマイク・・・マイケルだっけ?」

「お前、名前くらい覚えとったれよ」

「だってぇ。別に好きでも何でもないし-」


 全く。こんな魔女みたいな女に惚れた男は哀れなもんや。ピョンはあきれてそれ以上何も言えなかった。






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