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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream6.別離
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15.再会

 ゴードン夫妻が出席するパーティは、パリのルクセンブルグ宮殿にほど近い三つ星ホテルで行われていた。ほとんどが世界中に巨大なマーケティングを展開しているスーパーやフードチェーンの社長や社員、関係者の集まりであったが、まだ彼らが未開の地としている国々の政治関係者も数多く招かれている。


 ウィリアム・フード・サービスの社長夫妻も例に漏れず、新たな国へウィリアム・フード・サービスのチェーン店を出す為、ここに出席しているのであった。


「あなた、通訳の方はまだ?」


 ティアナと同じ赤毛で短い髪のソニア婦人は、高価なイブニングドレスに身を包んで夫のショーンの所へやって来た。


「まだだ」


 ショーンは首の蝶ネクタイがきついのか、それを何度も引っ張りながら答えた。


「あなた。引っ張るだけじゃダメよ」


 彼女は微笑むと、蝶ネクタイを少し緩め、夫の金縁のメガネを人差し指でつついた。


「大丈夫ですわ。今夜の商談はきっとうまくいきます。彼はプロだもの」

「到着してくれればな」


 12月に入るとパリの町は一層華やかになる。クリスマスを控え、多くの人々が町へ出始めるのだ。だがそうなると万年交通渋滞のパリの道路は更にひどい渋滞を生む。どうやらプロフェッショナルな通訳はそれに巻き込まれてしまったらしいのだ。


 ゴードン夫妻が不安げに外を見ると、チラチラと白く光る物が舞い降りて来るのに気が付いた。


「まさか、雪・・・?」


 そんな物が降れば道路は益々渋滞する。彼らは青くなって顔を見合わせた。










「あれが今から乗り込むホテルか?でかいなぁ」


 生まれて初めて着るタキシードがどうも息苦しいらしく、エドウィンは車の中で何度も首を回しながら言った。


「シャキッとなさって下さい、エドウィン様。本日ここには各国の大使や王族の方々も来られているのですよ。警備の者に怪しまれます」

「そりゃそうなんだが・・・」


 ロックウェルの言葉にも、エドウィンはまだ不安そうだ。渚達を乗せた車がその35階建てのホテルの前に止まると、ロックウェルが先に降り後部座席のドアを開け渚に手を差し出した。淡いピンクのドレスに身を包んだ渚は同じピンク色の毛皮のストールを肩に羽織ると、優雅にロックウェルの手を取って車から降り立った。ヒューッと口笛を鳴らして「こりゃ又、どこのお姫様かと思ったよ」と言うエドウィンに笑いかけると、渚は雪の舞い降り始めたパリの空を見上げた。目の前にはホテルに至る長い階段が連なっている。

 

「では、参りましょうか。エド。ロックウェル」


 後ろに居る2人に呼びかけると、渚はその広く横に伸びた階段を上り始めた。







 ショーン・ゴードンは会場に入る事も出来ずに、廊下の片隅で携帯電話に怒鳴っていた。


「一体どうなっている?今どこだ!」


 ソニアが心配そうに夫の側で様子を見守っている。


「くそっ」


 ショーンは乱暴に電話を切ると「まだルーブルだと・・・」と吐き捨てるように言った。


「ああ・・・」


 ソニア婦人はため息をつきつつ首を振った。その時彼らのすぐ側で女性の声がした。


「何かお困りですか?」


 夫妻が顔を上げると、淡いピンクのドレスを着た少女がこちらを見てにっこり笑っている。


「あなたは・・・?」

「私はティアナお嬢様の家庭教師をさせていただいております、ナギサ・コーンウェルです」

「え?ミス・コーンウェル?しかし彼女は確か17歳・・・」


 イギリス人の感覚では14、5歳に見えたのだろう。渚がムッとして「17歳です」と言うと、ショーンは思わず「あ、失礼・・・」と謝った。


「どうかなさいまして?お二人共とてもお困りのご様子ですわ」

「え、ええ。実は通訳が渋滞に巻き込まれて遅れているのです。今夜はどうしても外せない客が来ているというのに・・・」


 通訳が来ないせいでイライラしているショーンの代わりにソニアが答えた。


「外せない客・・・」


 渚はハァッとため息をついた。


「外せない客とご自分の娘と、どちらが大切ですか?」

「え?」


 ショーンとソニアは驚いたように渚の顔を見た。


「ティアナはあなた達の前ではいつもいい子にしているでしょう?当然です。たまにしか会えない両親に嫌われたくないですもの。でもあの子が一人であの広いお屋敷に居て、寂しくないと思われますか?ティアナはいつも寂しい心をじっと抱きしめて、自分の中に押し込めてきたんです。今、ティアナはひどい熱を出して寝込んでいるんですよ。ずっとパパとママを呼びながら・・・」


 ショーンもソニアも、もちろん一人で屋敷に居るティアナの事を考えないわけではなかった。だがティアナはいつも彼らの前では本当に物わかりのいい娘を演じていた。彼らの忙しさを理解し、いつも彼らの健康や仕事がうまくいくようにと気遣ってくれる。だから彼等はすっかり安心していたのだ。あの子はもう大人だ。一人でも大丈夫だと。


 だが今渚に言われて、彼女がどんな思いでそんな行動を取っていたのかが分かった。本当は寂しくて、側に居て欲しくて、でもそれを言う事が出来ずに居たのだと。


 それが分かった時、母親のソニアの胸は張り裂けんばかりに痛んだ。すぐにでも戻ると言ったが、ショーンは首を振った。


「君は帰りなさい。私は後から戻る。この仕事は絶対に終わらせないといけないんだ」


 あくまで仕事を優先する夫にソニアは失望したように、だがそれも仕方のない事だと俯いたが、渚はショーンの前につかつかとやって来ると彼を見上げた。


「駄目です。パパとママはいつも一緒でないと」


 渚の言い分に小娘に何が分かるんだと言いたげにショーンはにらみ返したが、渚は至極冷静に尋ねた。


何人なにじんです?」

「は?」

「交渉相手はどちらの国の方ですか?」

「インドの大使とタイの皇太子、台湾の内務大臣だ」


 ショーンは君のような少女に何が出来るんだと言わんばかりに吐き捨てるように言った。


「ヒンディー語とタイ語、中国語ですね。私が通訳をいたしますわ」

「し、しかし、君の履歴書にはドイツ語やフランス語などのメジャーな・・・」

「それは試験を受けて資格を取った分だけです。日常会話だけなら20ヶ国語はいけますよ。特にインドや中国みたいな遺跡が一杯ある国は大得意ですわ」


 全員が一瞬息を飲む間も与えず、渚は歩き出した。


「さあ、参りましょう。とっとと話を付けてティアナの所へ戻るんです。みんな一緒にね♡」



 








 熱が下がってやっと目を覚ましたティアナは、信じられない光景に目を疑った。夢の中でずっと会いたいと願っていた両親が優しい顔で手を握りしめ、じっと自分の顔をのぞき込んでいる。


「パパ・・・ママ・・・?」


 ティアナはまだ夢の中に居るのだろうかと思いながら目をしっかりと見開いた。


「ティアナ、ごめんなさい。ずっと一人にしてしまって」


 手を握り締めたソニアが涙を浮かべながら微笑んだ。


「これからは会いたい時にはちゃんと言うんだよ。頑張って戻るようにするからね」


 ショーンも笑顔を向けている。これはやっぱり夢なんだろう。パパやママがこんなに嬉しい台詞を言ってくれるなんて・・・。にわかに信じられず顔を上げると、両親の後ろに優しく微笑んで立つ渚が目に入った。


「先・・生・・・?」


 ショーンは後ろを振り返ると「先生がね。ティアナが熱を出して寝込んでいるから帰って来てくれってわざわざパリまで迎えに来てくれたんだよ」と言って渚に笑いかけた。


「ティアナ。良かったわね」


 そう言って半身を起こした自分を抱きしめてくれた渚の腕の中で、ティアナは涙を流しながらある決意をした。もう嫌われたっていい。この人を彼に会わせてあげるんだ。


 ティアナは「先生、ごめんなさい」と言うとベッドから出て、渚の手を取って走り出した。その様子を見守っていたエドウィンやスティーブとアンドルーも彼らの後に付いていった。


「ティアナ?駄目よ。まだ寝ていないと・・・」


 渚にそう呼び止められても、彼女はひたすら走った。そしてピョンの居る小さな部屋のドアを開いた。部屋の中に飛び込んだが、部屋の中は静まりかえっていて何の気配もなかった。ティアナは首をかしげている渚の背中を押して部屋の中に入れた。するとソファーの上に置いてあるレースのクッションの内の一つがゴゾゴゾと動き始め、その下から渚がずっと聞きたかった懐かしい声が聞こえてきた。


「ティアナぁ?もうめしの時間か?今日は早いなぁ」


 その声だけで渚の目には涙があふれてきた。クッションの下から頭を出したピョンも信じられないという顔をして「渚・・・?」と呟くと思いっきり彼女の元へ飛び跳ねた。


「渚ーーっ!」

「ピョンちゃん!!」


 とっさにエドウィンはポケットに入れていたカメラを取り出し、シャッターを切った。スティーブとアンドルーは“ナギサ”はイタリア人じゃなかったのか・・・と顔を見合わせた。


 渚は膝をついてピョンを受け止めると、彼が潰れないようにそっと抱きしめ、その頬に熱い涙を流した。そして彼を手の平の上に乗せて自分の顔の前に持って来ると、ピョンはいつものように彼女の涙をその小さな手で受け止めるのだ。


 ティアナは渚とピョンの微笑み合う顔があまりにも綺麗に見えて、自分のやった事に罪悪感を覚えずには居られなかった。


「ごめん、なさい・・・先生。ごめんなさい・・・」


 渚はピョンを肩の上に乗せると、泣きながら謝るティアナの側まで行って彼女を抱き締めた。


「ありがとう。ティアナ・・・」


 何も答えられずにただ首を振るティアナの頭をピョンもポンポンと優しく叩いた。



 カメラのシャッター音に気付いた渚は、悲しそうな顔でエドウィンを見つめた。


「記事にするの?」」


 そう問いかける渚に彼はうつむいて答えた。


「それが・・・俺の仕事だから・・・」


 そうだ。それが俺の仕事だ。だがそう確信していても、やはり渚の目をエドウィンは見る事が出来なかった。がっかりしてため息をつく渚にピョンが慰めるように言った。


うちに帰ろう。ナギサ・・・」






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