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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream6.別離
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2.アレクの旅立ち

 不安な気持ちでアレクは飛行機の発着を示す電光掲示板と腕時計を確認するように見た。もうすぐニューヨーク行きの飛行機の搭乗が開始するだろう。


「ナギサ・・・ピョン・・・」


 彼は呟くと、行き交う人々の間に彼らの姿を探した。


「アレク・・・!」


 振り返ると渚が真っ赤な顔をして息を切らしながら走ってくるのが見えた。ピョンも鞄から顔を出している。アレクはほっとしたように微笑んだ。


「ごめん・・・なさい。お待たせしてしまって・・・」


 激しく肩で息をしながら謝る渚に、アレクは微笑んで答えた。


「いや。見送りに来てくれただけでも嬉しいよ」


 ピョンは鞄の縁に前足をかけるとニヤリと笑って嫌味っぽく言った。


「すまんなぁ、アレク。ワイがちょーっと寝坊してもたんや」


 記者に絡まれた為に遅刻したと言えば、きっとアレクは心配するだろう。渚もピョンも今から新天地に旅立つアレクに、余計な心配をかけたくはなかった。


「ピョン・・・」


 アレクは冷ややかに彼の名を呼ぶと、ピョンの首の根元を両手で捕まえて渚の鞄の中から引っ張り出し、自分の顔の前に持ってきた。


「全くもって君って奴は・・・。最後の最後まで僕の邪魔をするつもりなんだね」

「あったり前じゃ!だぁれがお前なんかの思い通りにさせるかい!」

「ああ、本当に憎たらしいカエルだ。やっぱりアルコール漬けにしてやれば良かったよ!」

「出来るもんならやってみい!」


 彼等のこうした言い合いは仲の良い証拠なのだと最近渚にも分かってきたが、いかんせん時間がない。渚は彼らの間に割って入ると、手に持っていた紙袋を差し出した。


「あ、あのこれ、私とピョンちゃんで選んだの。ニューヨークはこれから一番寒い時期だし。おしゃれなアレクに似合えばいいんだけど」


 2人からのプレゼントは、最近ロンドンで流行っているブランドのマフラーだった。


「WAO!ニコール・ハンセンじゃないか!ありがとう。さっそくつけよう」


 アレクがマフラーを首に巻き終えた時、搭乗案内が始まった。


ー 11時20分発、ニューヨーク行き576便にお乗りのお客様は17番ゲートにお越し下さい ー


 3人はハッとしたように顔を見合わせた。アレクは寂しそうに微笑むと「もう行かなきゃ・・・」と言って床に置いていた鞄を持った。


「アレク、いってらっしゃい。ニューヨークでの成功を祈っているわ」

「お前ならどこ行ってもうまくやれる。そやから頑張れは言わんで」

「ナギサ、ピョン。本当にありがとう。3ヶ月間だけだったけど、君と・・・君達と出会えて本当に良かった」


 そう言ってアレクが渚に手を伸ばしたが、やはり彼の顔と渚の顔の間にはあの邪魔なカエルが入っていた。


「ケチ。お別れのキスくらいいいだろ?」

「あかん!お前、ちょっと軟派すぎるで。男ちゅうのは、そうあっちこっちに愛想を振りまくもんやない」

「僕が軟派と言うより君が古すぎ・・・。ああっ、ピョン!あそこで猫がお前を見ている。きっと食べようと思ってるんだ!」

 

 今まで散々猫にひどい目に遭ってきたピョンは渚の肩から飛び降りると、彼女の鞄の中に潜り込んだ。しかし空港に猫など直接連れてくる者は居ない。みな事前に管理事務所に預けなければいけないはずだ。だまされたと気が付いて鞄の口から顔を出したが時はすでに遅く、アレクはちゃっかり渚の頬に別れの印を刻んでいた。


「アレクーッ。お前、よくも!」

「アハハハハッ。いいだろ、頬にキスくらい!」


 真っ赤になって怒っているピョンと真っ赤になって立ちすくむ渚を残し、彼は17番ゲートへと走って行く。


「ナギサ!いつでもニューヨークに遊びに来てくれ。ピョン。ナギサを頼んだぞ!」


 輝くような笑顔を残して、彼はもはやイギリスではない地に姿を消して行った。




「行っちゃったね」

「ああ・・・」


 ほんの少し涙のにじんだ目をこすっている渚にピョンは「寂しいか?」と聞いた。


「友達が旅立つ時は、いつだって寂しいよ。ウィディアの時もそうだった。でもみんな夢を叶えに旅立つんだもの。そしてきっといつか私も・・・」


 その言葉を聞いて、ピョンは渚がミシェル・ウェールズの契約が切れた後、どうするのだろうと思った。だが今はあの学校で頑張る事しか考えていないだろう。彼女は教師として生きる時間を大切にしている。生徒と真剣に向き合って、自分の持てる知識を彼等に懸命に教えようとしている。だから先の事はその時に考えればいい。


 ピョンは空港を出てタクシー乗り場に向かって歩いて行く渚に、いつものようにおねだり攻撃を始めた。


「なあ、帰りにペスカトーレ食いに行かへんか?アレクが教えてくれた所」

「うん、そうね。丁度お昼だもんね」

「おおー!」


 以前アレクと3人で訪れたコヴェント・ガーデンのイタリア料理店に着くと、渚はなるべく人目に付きにくい席を選んで座った。そして鞄の中からハンカチを取り出すと、机の上に居るピョンの頭の上からかぶせ、人目に付かないようにした。


「なんで上からハンカチなんか被せんねん。食べにくいやんか」


 ピョンは不満そうであったが、渚は「ピョンちゃん我慢して。お願い」とだけ言って彼を黙らせた。渚は普段ピョンが多少わがままを言っても、決して嫌な顔はしない。夜中にお腹が空いたから何か作ってとか、学校の帰りに何かを買って来てとお願いしても、「うん。いいよ」とニコニコしてやってくれる。だからピョンは渚が“お願い”と言った時には逆らえないのだ。


 その店からの帰り、渚はピョンに「外食は今ので終わりにしよう。しばらくは家で食べようね」と言った時も「うん。分かった」とだけ答えた。だが心の中では、心配性な渚にため息をついていた。多分さっきの不躾ぶしつけな記者のせいでそんな事を言うのだろうが、あんなヘタレ記者放っておけばいいのにと考えていた。だがその渚の危惧が正しかった事を、ピョンは後に知る事になる。







 それから3日後、いつものように授業を終え渚が戻って来ると、アパートの前に人だかりが見えた。それは渚が今一番会いたくない人々の群れだった。とっさに気づかれないよう背中を向けたが、めざとい記者連中が渦中の人を見逃すはずはなかった。「あっ!」と誰かが叫んだ後すぐに、渚の周りには10人ほどの人だかりが出来てしまった。


「ミス・ナギサ・コーンウェルですね。しゃべるカエルを飼っているというのは本当ですか?」

「そのカエルがこの間のウェスト・チャーチル銀行の立てこもり犯を倒し、人質であるあなた方を助けたとの事ですが?」

「しゃべるカエルをどこで手に入れたんですか?」


 矢継ぎ早に浴びせられる質問に、渚はどうしていいか分からず言葉を発する事も出来ずに居たその時、人だかりの後ろに一台の白いワゴン車が滑り込むようにやって来て急ブレーキをかけた。車の車体にはこちらを向いてウィンクしながらVサインしている大きな赤い鶏冠の鶏のデザインが書かれ、黄色の目立つ文字で『クックドゥードゥー』と店名が入っている。


「ナギサ!」


 その車から窓を開けて叫んだ友の声に渚は走り出し、車の助手席に飛び乗った。周りに群がる記者を諸共せず、ウィディアはハンドルを切るとアクセルを踏み込んだ。当然記者達は追いかけて来たが、皆途中で諦める事になった。


「ハッハーン、ざまあ見ろ!このウィディア姉さんのスーパー・スペシャル・ドライバーズ・テクニックを見たか!」


 嬉しそうに叫ぶウィディアの首に、渚は「ウィディア、ありがとう!」と言いつつ抱きついた。


「グローバルよ」

「え?」

「グローバルって雑誌。後ろのシートにあるわ」


 渚は振り返って雑誌を見つけると手に持ってページをめくり始めた。そして“ウェスト・チャーチル銀行の立てこもり犯を倒したのは、なんとカエル?だった?”という?マークだらけの見出しを見つけると、唇をぎゅっとかみしめ読み始めた。


 そこにはウェスト・チャーチル銀行を襲った犯人グループの事から、なぜ一人の犯人が仲間に射殺され、もう一人が立てこもる事になったのか。そして人質が解放されるまでの詳しい経緯が載せられていた。


 渚が見る限りかなり正確な記事で、私見や偽りは書かれていないようだ。そしてその記事の最後には『しゃべるカエルがもし本当に実在するなら、是非会って話をしてみたいものだ。そしてなぜカエルがしゃべるようになったのか、科学的に追求してみたいと思う。本当に彼が存在するのなら・・・。エドウィン・ホーマー』と三日前出会った記者の名が記されていた。


“科学的に追求?ピョンちゃんは実験動物じゃないわよ!”


 渚は沸き起こってくる怒りと不安にぎゅっとその雑誌を握りしめた。


「ピョンちゃんが心配だわ」

「あいつなら大丈夫よ。家に居るんだし。それより渚の方が心配だわ。ミシェル・ウェールズで問題にならなきゃいいけど」


 今までは渚が事件に巻き込まれたという事で、学園の戒律に保護されていた。しかし今度は違う。ウィディアの時のように、あの鉄の戒律は牙をむいて来るだろう。


「ウィディア。せっかく来てくれたのにごめんね。私やっぱりピョンちゃんと居ないと」


 ウィディアはハンドルを握りながらちょっと考えて答えた。


「わかった。とりあえず近くまで行って様子を伺ってみよう」

「ありがとう、ウィディア」



 クックドゥードゥーと黄色い文字で書かれた車はあまりにも目立つので(もちろん文字より、アニメチックな巨大な鶏の方が目立っていたが)2人は途中で車を置いて、家まで歩いて戻った。幸い記者連中も諦めて帰ったらしい。マンションの周りはいつもの静けさを取り戻していた。


 ウィディアはもう一度助けてくれた礼を言って家に戻っていく渚の背に、不安を感じずには居られなかった。


「ナギサ!お願いだから他人の為に自分を犠牲にしようなんて思わないでね!」


 友の声に振り返った渚は不思議そうな顔をしたあと、クスッと微笑んだ。


「ピョンちゃんは自分を犠牲にして私を助けてくれたのよ。それにウィディア、あなたもそうでしょう?」


 確かにウィディアもマリアンヌの為に自分からミシェル・ウェールズを出て行った。あの時ウィディアがすぐに身を引かずミシェル・ウェールズと対立していたら、マリアンヌも巻き込まれていたかもしれない。そして今日も彼女はグローバルという雑誌を見て、取る物も取り敢えずレストランの車に飛び乗ってやって来たのである。あとで店長から大目玉を食らうのは承知の上で・・・。


「なーんだ。私の周りはお人好しばっかじゃない」


 ウィディアは苦笑すると「さあて、店長になんて言い訳しよっかなー」と呟きながら店に戻って行った。






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