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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream16.呪われた皇子と古(いにしえ)の魔法使い
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1.渚の新しい人生 

 日本に戻った渚は精力的に勉強や研究に勤しみ、講演会などにも力を注いだ。程なくしてアルセナーダ帝国の言語と歴史研究の論文が評価され、考古学の分野で最も顕著な雑誌にも掲載された。そうして3年も経つ頃には、渚はすっかりアルセナーダ研究の第一人者として世界から認められるようになっていた。


 その頃から渚はアルセナーダの古代遺跡を発掘する為にまず遺跡のありそうな国々を回って、遺跡の調査と発掘の許可を得た。何故国々かと言うと、ピョンもかなり長い間アルセナーダに帰っていなかったので、正確な位置を把握できなかったのだ。そして考古学の権威であるローマン・クリーパー教授に会う為にアメリカへ渡った。調査隊と発掘チームのリーダーとして協力を仰ぐ為だ。


 60がらみのクリーパー教授はなかなかな頑固オヤジで、若い渚を見下して最初は話も聞いてくれなかった。彼はアルセナーダ遺跡の存在を信じていなかったのだ。だが何度も通ってその存在を訴え続けた結果、やっと重い腰を上げてくれた。


 それにはアルセナーダの言語を示せた事、そして国からの支援の他にアルティメデス・エ・ラ・ハザードという大富豪が資金援助を申し入れてくれたと言うのも大きかったかも知れない。とにかくやる気になったクリーパー教授は自分の教え子や渚と共に調査に乗り出した。


 その3ヶ月後、アルセナーダ遺跡のある場所が確定された。遺跡から少し離れた場所には広大な国立公園が広がり動植物の管理が行われているが、遺跡の付近は一部深いジャングルもあり、人の手は入っていなかった。


 国立公園に設置された山の上の展望台から遠く原野を望むと、後方の右手にそびえる円錐状の山が見える。それを見たピョンは懐かしさと悔しさが入り交じったような表情で目を細めた。


「あれは・・・間違いない。プロポネス山や。アルセナーダを一夜で滅ぼした、神の山・・・」


 その山の周辺全てがかつてのアルセナーダ帝国であり、山の手前がアルセナーダの帝都カルタナである。発掘はそのカルタナを中心に行う事が決まり、クリーパー教授はすぐに発掘を手伝ってくれる人員を現地から集め、発掘チームを編成した。


 実に渚がロンドンを発ってから4年の歳月が流れていた。そしてこれから様々な国や人々が関わり、何十年もの長い年月を掛け発掘調査が行われる、その始まりでもあった。




 国立公園を管理する事務所がある村の中に、渚達発掘隊の事務所兼宿泊所があった。ここは村の中で一番大きな建屋で、以前はユースホステルや保養所のような施設として使われていたようだが今は空き家になっていた物を宿泊所として買い取った物だ。ここで暮らすのは渚とピョン、そしてクリーパー教授と彼がアメリカから連れてきた3人の教え子達である。


 3人ともまだ若く、渚と年齢も近かったので直ぐに打ち解けられた。1人はクリーパー教授の一番弟子を自称するマイク・スチュアート。黒髪黒目の彼は少しアジア人っぽい雰囲気で今年25歳になる。彼は元々渚の論文を読んでいて彼女のファンだったらしく、共に発掘調査と共同研究が出来るようになった事を一番喜んでいた。


 2人目はクリーパー教授の居る大学の女子大生で、休暇を利用して教授に同行しているグレース・ケネディだ。彼女は休みの度に世界中の遺跡を巡るのが趣味だったが、今回クリーパー教授がアルセナーダ遺跡を発掘すると聞いて、人生で初めての発掘調査の機会を自分にも欲しいと名乗りを上げた。


 3人目はマイクと同じくクリーパー教授の研究室に勤める研究員でハーヴィー・シンプソン。彼はその明るい金色の髪とは対照的に口数の少ない青年で、古美術、アンティーク雑貨や家具等、古い物は何でも好きだ。日本の物では寺や神社に心をくすぐられるらしい。それらの資料や写真をスクラップブックにして保存するのが彼の唯一の楽しみだった。


 そんな3人とクリーパー教授がリーダーとなって周りの村々から集めた作業員の人々をまとめている。彼等は作業が終わったら自らの家に帰っていくので、宿泊所に居るのはこの6人だけである。


 渚とピョンはダイニングキッチンと寝室が別々になった生活しやすい部屋で暮らしている。多分保養所だった時のオーナーの部屋だったのだろう。後はクリーパー教授とグレースが一つずつ部屋を貰い、マイクとハーヴィーは同室だ。食事も客用の大きな食堂が別にあるので、教え子の3人が交代で4人分の食事を作り、渚は自室で自分とピョンの分を作ればいいので、プライベートは守られている方だろう。


 朝食の後はいつも全員で集まってミーティングをしている。ピョンの協力もあってカルタナの簡単な地図が完成したので、今はその地図で一番埋蔵文化財(出土品)が多く出そうな場所を選定している最中だ。すでに宮殿があった場所には人の手が入っていて、遺構(家、古墳、井戸や道などの動かせないもの)等も少しずつ発見され始めた。


 最近の問題は掘り起こされた遺体の処置だった。2,500年も経っているので発掘されるのは全て骨だけだと思われていたが、亡くなった後の人体に火山灰が降り積もりそのまま埋もれてしまった場合、全体を灰で固めたような状態で保存されてしまう。なので時間が経過しても、亡くなった姿のまま発見されるのだ。それらの遺体は皆驚いたような体勢を保っている。滅びの日が余りにも突然訪れた事を顕にしていた。


 ピョンは実際に現場には行っていないので実物は見ていないが、会議中写真でそれらの遺体を見て、しばらくは気分が優れないようだった。夜も時々悪夢を見るらしく、渚は彼に遺体の写真を見せてしまった事を後悔した。


 自分達にとっては2,500年も昔の事でも、ピョンにとっては彼の生きていた時代の同郷の人々なのだ。もしかしたらその中に自分の両親や友人が居たらと考えたら、悪夢を見てうなされるのも仕方ない事だろう。それから渚は写真の管理を徹底して決してピョンの目には触れさせないようにした。

 結局遺体は保管できる建物が出来るまで大型のテントを建ててそこで保管する事になった。


 ピョンが少しずつ元気を取り戻してきた頃、素晴らしい出土品が出たと報告があったので、渚は遺跡に向かう車に乗り込んだ。ピョンも興味があったので付いてきた。渚は少し不安だったが、ピョンも近頃悪夢を見る事も減ったので、大丈夫だろうと判断した。


 宿泊所のある村から車で約30分。遺跡内にある管理事務所に持ち込まれたそれは、今まで出たどの出土品より秀でている剣であった。形がはっきりと残る剣身ブレードヒルトには色あせる事のない宝石が埋め込まれていた。もっと美しく磨き上げれば、象嵌などの装飾が現われるかも知れないと、クリーパー教授が興奮気味に話した。


「凄いわね、ピョンちゃん。何かの儀式に使う剣かしら」


 しかしピョンは渚の質問に答えず、只じっと剣を見つめていた。


「ピョンちゃん?」

「これは・・・アストロヌスのつるぎや。皇帝の・・・ワイが受け継ぐはずやった、皇帝を象徴するけん。この剣はワイの剣や!」


 クリーパー教授やマイク達は訳が分からないように顔を見合わせた。彼等にはピョンの事は資金援助をしてくれるハザード氏が発掘の状況を確認する為のAIロボットだと話してある。カルタナの地図を作成するのを手伝ったり、アルセナーダの地理や歴史に関しては渚よりも詳しいのが少々疑問ではあったが、アルセナーダを発掘するのに多大な資金を援助するのだから、ある程度考古学に詳しい人物だとは彼等も分かっていた。しかし皇帝の剣を自分の物だと主張するのは意味が分からなかったのだ。


「ミスター・ハザード。これはアルセナーダの遺跡を研究する上で大変貴重な埋蔵文化財です。確かに貴方はこの遺跡を発掘する上で多大な貢献をされておられますが、出土品を私物化する事は出来ません」


 皆を代表するようにマイクが説明したが、ピョンはそんな事は分かっているとばかりにフンと鼻を鳴らした。


「アストロヌスの剣は皇帝しか持つ事の出来ない聖遺物や。それをお前等如きがどうこう出来ると思うてんのか。この剣はワイの物、ワイが受け継ぐべき物や。他の誰にも触れさせる事は出来ん」

「如きですと?ミスター・ハザード。いくら貴方がこの一大事業の後援者だとしても、今の言葉は我々に対して余りにも失礼でしょう!大体貴方は考古学がなんたるかさえ分かっていない。なのに・・・!」


 クリーパー教授とピョンが口論になりそうだったので、渚は慌ててピョンを両手ですくい上げ、胸に抱きしめた。


「クリーパー教授、少し用を思い出しました。私達お先に戻りますね!」


 ピョンを抱きしめたまま急いで事務所を後にする。宿泊所には戻らずに発掘が終わった石畳の道を渚は歩き始めた。







いつもお読み頂きありがとうございます。


 お気づきとは思いますが、アルセナーダ帝国の滅亡の歴史はポンペイを参考に書いています。この小説を書くにあたってポンペイにも行ってきましたが、それは大きな遺跡群でありました。


 巨大な円形闘技場コロッセウム共同浴場バーニョ・プブリコ等が形を留めたまま残されており、馬車の車輪の跡が残る石畳の道を歩き街を巡りました。

 本編に登場する灰にまみれそのままの状態で亡くなった方々の展示もあり(ちょっと怖かった。今思えば多分レプリカでしょう。そうであって欲しい)滅びの日が突然やって来た事が伺えました。

 もっと滅びの日の雰囲気やピョンの回想シーンでも、もう少しこれらの経験を生かせるように書きたかったのですが、なかなか思うように行かず残念ではあります。

 それからアルセナーダの場所は当初南米の辺りにするつもりでしたが、あくまでフィクションなので、その辺はぼやーっとさせて頂きました。


 それでは最終章、最後までお付き合い下さい。

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