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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream4.夜回りと無謀な子供達
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1.サラの宝物

 週末の授業を終えると、渚は初冬の穏やかな日差しの差し込む廊下の端で手紙を読んでいた。1ヶ月前、追われるようにミシェル・ウェールズを出て行ったウイディアからの手紙だった。


ー ナギサ、元気?私は今ウッドフォードに住んでるの。ロンドンを離れるつもりで長距離バスに乗ったけど、やっぱり戻って来ちゃった。ここにはナギサも居るしね。そうそう。今私はレストランでウェイトレスをやっているのよ。信じられないでしょう?マスターにミシェル・ウェールズの話をしたら、それは大変だったな。うちで働いていいよって言ってくれたの。住み込みだから家賃も安いし助かってるわ。ここのお客さんはみんな陽気で楽しい人ばかりよ。そのうち私も素敵な彼が出来るかも。ナギサもいつまでもカエル君を愛しちゃってないで、人間の彼を作りなさいよ。では又近況を知らせるわ。そうそうバイト料がたまったら携帯を買うから、次からはメールするわね ー


「もう、ウイディアったら、お節介なんだから・・・」


 渚は窓から見える青い空を見上げて微笑んだ。ウイディアが幸せそうで一安心だ。帰宅しようと廊下を歩き出した時、向こうから一人のシスターが歩いてくるのが見えた。マリアンヌだ。お互いハッとして立ち止まった。渚が話しかけようとしたが、マリアンヌは顔をそらすと後ろを向いて逃げ出した。


「待って、マリアンヌ」

 急いで駆け寄ってマリアンヌの手に、さっき読んでいたウイディアからの手紙を渡した。

「これ、あげる」


 渚はそれだけ言って去って行った。手紙を開いたマリアンヌはハッとしたように目を見開いた後、友の名を呟いて、瞳に涙を光らせた。



 あの手紙を見てマリアンヌはどう思うだろう。そんな事を考えながら本館の長い廊下を歩いていた渚は「サラ・ブライトン!」と言う声にドキッとして立ち止まった。廊下の向こう側で、怒りに顔をこわばらせたシスター・エネスがサラの頼りない細い腕を掴んでいる。サラは大きな分厚い本を守るようにもう片方の手でぎゅっと胸に押し当て、シスター・エネスから逃れようとしていた。


 サラの腕の中にある本は『FUJI』と題名が書かれ、その下に富士山の写真が載っている。きっと富士山の写真集か何かだろう。


「こちらにそれを渡しなさい!」


 シスター・エネスの厳しい声に、サラは泣きそうになりながらも必死に首を振った。渚は以前サラが友人4人と富士山の話をしてきた事を思い出した。あの日もシスター・エネスに途中で話を遮られたのだ。サラはおとなしい少女で他の子供達のように質問したりはしなかったが、渚と彼らの話を一番目を輝かせて聞いていた。


 野外授業でも勇気を出して返事をしてくれたおかげで他の生徒達が声を出しやすくなり、とても嬉しかった。渚はぎゅっと奥歯をかみしめると、今まさに嫌がるサラから本を取り上げたシスター・エネスの側に歩み寄った。


「何事ですか?シスター・エネス」

「ミス・コーンウェル・・・」


 シスター・エネスは目を細めて、自分をにらみ上げている渚を見つめ返した。


「あなたがこの子達に要らぬ知識を植え込むから、ご覧なさい。この子は私達の目を盗んでこんな物を・・・!」


「どうしてこの子達が日本の事を学ぶのがそんなにお嫌なんですか?どんなつまらない知識でも持っていればいつか役に立つ事もあるはずですわ」


「つまらない知識などバイ菌と同じです。子供は必要な事だけを学んでいればよろしい」


「バイ菌、バイ菌って、どうしてそう何でも型にはめようとなさるんです?第一ここにはパソコンはあってもインターネットも通じていない。今時、時代遅れだと思わないんですか?」


「おお、インターネット!あれこそ諸悪の根源だわ。どれ程おぞましい情報があの中に詰まっているか!」


「ええ、そうです。とても子供には見せられないようなものも一杯あります。でもどれが良い物でどれが悪い物なのか、判断する力を付けさせるのが私たち大人の役目であって、全て目隠しするだけが教育ではありません!」


「何という生意気な。あなたのような小娘に教育方針を説かれるとは思ってもみませんでしたよ」


 興奮して反論していた渚はハッとして言葉を止めた。確かに目上の女性に対して礼儀を欠いた言い方だったかも知れない。サラもどうしていいか分からないようにオロオロしながら2人のやりとりを見ていた。


 人通りの少ない本館の北側廊下とはいえ、静かすぎるほど静まりかえっているこのミシェル・ウェールズの中で言い合いをしている姿が人目に付かないわけはなく、あるシスターがシスター・ルームに飛び込んで、この事件の様子を他のシスターに伝えた。


「ちょっと、大変よ。ミス・ナギサ・コーンウェルが3年生のサラ・ブライトンを挟んでシスター・エネス相手に又やり合っているわ」


「まあ!今度こそ退職かもね」


 ちょうどそこに居たマートン、ウディ、ビンセントの3人は顔を見合わせた。彼等はサラと仲のいい友達だ。シスター・エネスと渚の言い合いにサラが巻き込まれているなら大変だと思い、彼等も様子を見に行った。


「とにかくその本だけは返してあげてもらえませんか?シスター。サラにとって、とても大切な物なんです」


「なりません。サラ。この本はあなたの卒業まで私が預かっておきます。二度とこのような本を持ち込んだりしないように!」


「シスター・エネス!」


 渚の呼び止める声も無視してシスター・エネスが去って行ったあと、サラは急に泣き出してしまった。様子を見に来たマートン達も駆け寄ってきた。


「ごめんね、サラ。先生、何も出来なくて、ごめんね・・・」

「せん、せ・・・」


 自分に抱きついて泣いているサラを、ただ抱きしめ返す事しか出来ない自分が、渚は悔しくて仕方が無かった。





 夕方、薄暗くなっても学校から戻ってこない渚を心配して、ピョンはイライラしながら呟いた。


「まったく、何やってんねん渚は。いっつも暗くなる前に戻って来いって言ってんのに」


 いつの間にか渚の保護者になったように偉そうに言うと、ピョンは顎に手をやって考えた。


「さては、ワイを差し置いて一人でうまいもん食いに行ったんやな。絶対そうや。ワイを連れて行ったら飯が半減するからな」


 こんな時の為に空気取りの穴まですぐに行けるよう、渚に頼んでうまく家具を並べて配置しておいた。おかげでピョンは簡単に空気取りの穴まで辿り着いた。


「許さへんでぇ。ワイも行ってやる。そんでもってレストランの窓に張り付いて、ヨダレたらして渚の食べてんの邪魔したるぅぅ」


 3階のベランダから猫が周りに居ない事を確認すると、ピョンはまず2階のベランダへ、そして1階のベランダの手すりに飛び移り、一気に地面に飛び降りた。ミシェル・ウェールズに向かって力強く飛び跳ねていた彼は、ふと通りがかった公園のブランコに一人乗って、じっと下を向いている渚が目に入った。


「全く・・・・」


 彼はため息をついて彼女の後ろから近づいて行った。


「ワイに見られたら心配すると思って、一人で泣いてたんか。アホ。余計心配するっちゅうねん」


 渚は驚いたように振り返った。ピョンは飛び跳ねながらやってくると、彼女の膝の上に飛び乗った。


「ホンマにお前は、学校行く度にピーピー泣いて帰って。それでも先生か?」

「う・・・」


 渚は言葉を詰まらせた。実はそう言われるのが嫌で、こんな場所に一人で居たのだった。


「だ、だって・・・」

「ああ、分かった、分かった。どうせ又シスター・エネスやろ?とにかく家に帰ろ。飯食いながら話聞いたるから」


「・・・うん・・・」




 

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