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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream15.クリスマスの奇跡
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2.渚の決意

 渚が出勤してからパソコンの電源を入れるのがピョンの日課だ。主電源はカエルの手では入れにくいからと毎日渚が押して行ってくれるので、ピョンはパスワードの入力だけでいい。マウスはカエルでも使えるように固定式で左上にある小さなボールを動かすだけで操作が出来るタイプで使い易い。ただキーボードとマウスの間を行き来するのは多少面倒なのだが・・・。


 朝いつものようにパソコンを開いてみると、マリオ・フェデラーからメールが来ていた。“ 呪いや魔術に精通している研究者の件 ”という表題にピョンはふと首をかしげた。


 そう言えば随分昔に一度、そんな人間が居れば紹介して欲しいと話した事があったのを思い出した。だが当然この時代にそんな人間が居てもほとんど眉唾ものだし、見つかるはずもないと期待もせずについうっかり話しただけだった。実際長い間探し続けたが、この呪いを解く事が出来る人間など誰も居なかったし、魔女や魔法などと言う概念がすっかり消えてしまった時代になってからは、そんな物を探し求めるのは無駄な事だと諦めても居た。


 それなのにマリオは、ほんの少し、まるでつぶやきのように言った話を覚えて居たようだ。当然マリオとは一度も会った事はないが、さすが一流のプライベートバンクに務める専任担当者リレーションシップ・マネージャーだ。


 そんな事を考えつつメールを開いたピョンは、その内容に一瞬表情を硬くした。


ー ロンドン リトルベリー・ロードに住むアリーズ・メイという女性を訪ねてみて下さい。何かヒントが得られるかもしれません ー


 その下に彼女の詳しい住所とメールアドレスが書いてあった。いつも精密な働きをするマリオにしては簡素な文章だ。普段ならアリーズ・メイの経歴や職業についての詳しい説明が添付されているはずだ。彼の事だから昔ほんの少し漏らしたあの言葉を聞いてからかなり広範囲にしっかりと調査したに違いないので、この情報も間違いなく彼なりに精査したものだろう。なのにここまで不確実なのは、やはり呪いや魔法など、この世界では想像上の物でしかないからだろうか。


 ピョンはもう一度アリーズ・メイの住所を見つめた。それは彼の今居る場所から人間の足なら一時間ほどでたどり着ける場所だ。今まで世界中を探し歩いても見つからなかったものが、こんなすぐ近くにあるなんてにわかには信じられなかった。ピョンは小さくため息をつくとメール画面を閉じて呟いた。


「もう、とっくに諦めたはずなのに、何を今更・・・・」





 授業が終わった放課後、渚は一人本館から中庭を通って礼拝堂に向かっていた。悩み事がある時は、やはりそう言う場所に行って自分の心に問いかけてみるのがいい。

 庭では走っても構わないので、クラブへ向かう生徒達が着替えやクリケットの道具などを持って駆けていく姿も見える。そんな姿を微笑んで見た後エレーヌの庭にさしかかった時、教会の壁際に立つ一人のシスターが目に入った。


 あの後ろ姿を見間違うはずはない。昔は苦手だったけど、今はほんの少し親しみを感じる背中。


「シスター・エネス・・・」


 どうやら彼女は壁を伝っているつるバラの世話をしているようだ。右手には庭師達がよく使う専用のはさみを持っていて、不必要な枝を切り落とし、樹形を整えていた。そう言えば彼女は庭園に造詣の深い家門の出身だった。きっといつも人の訪れない時間に、こうやって密かに大切な思い出のバラを手入れしていたのだろう。


「シスター・エネス」


 呼びかけると彼女はビクッと肩を揺らした後、何事もなかったように振り返った。


「ミス・コーンウェル。こんな時間に礼拝堂に来るなんて珍しいですね」


 手に持ったはさみを渚に見られないよう、お腹の前で隠すように左手を重ねている姿が何となくかわいらしく見えたが、ここで微笑んだりしたら、又彼女のご不興を買ってしまうだろう。


 そのまま挨拶だけして教会への階段を登って行こうとしたが、ふと自分を見つめるシスター・エネスの瞳に以前ほど嫌悪の色が見えなかったので、渚は今まで誰にも相談できなかった事を彼女に聞いてみたくなった。シスター・エネスなら校長室で講師期間延長の話も聞いていたし、相談に乗ってくれるかもしれない。でも今までの事を考えたら、そんな事は知らないと突き放されるだろうか。


「シスター・エネス。私、どうしても一人では解決出来ない悩みがあって、シスターにご相談しても宜しいですか?」


 シスター・エネスは一瞬怪訝そうな顔をしたが、どうせこの子は断っても“ お願いです! ”とか言いながら詰め寄って来るだろうと思い、諦めたように小さく頷いた。


「その、私、ここに残るべきか日本へ帰るべきか凄く悩んでて。私は将来古代語の学者になって世界中の遺跡を巡りたいって夢があるんです。だからまだこれから大学に戻って勉強して博士号も取らなきゃいけないし、いつまでも足踏みしていたら駄目だって分かってるんです。でもここで得た友達や生徒達とも簡単に別れられない。ここが大好きだから。だから、どうしていいか、いくら考えても答えが出なくて!」


 一気にまくし立てて息を切らしている渚を、少しの間大きく目を見開いて見ていたシスター・エネスは、コホンと小さく咳払いをした。


「一番大切なのは貴女の気持ちだと思うけれど。貴女がどうしたいか、どう生きたいのか、それを決めるのは貴女自身じゃないといけないでしょう?でも先程の貴女の話を聞いていると、本当にどうすべきなのか、貴女の心はもうすでに知っているのではないかしら。だって貴女ってそう言う人でしょう?ミス・コーンウェル」

「あ・・・」


 シスター・エネスがイギリス人特有の、ちょっと洒落の効いた軽口を言うなんて思ってもみなかった。そしてそれが嫌いな相手に向けられた物ではないと感じられたのが何よりも嬉しくて、胸の奥でつかえていたモヤモヤがストンと落ちたような気がした。


「シスター・エネス、ありがとうございます!」


 勢いよく頭を下げると、渚はミシェル・ウェールズの出口に向かって駆け出した。


 ああ、そうだ。シスター・エネスの話の間、私には見えていた。この国で出会った大切な人達がみんな笑顔で私の背中を押してくれるのを。私がみんなを大切に思っているように、みんなも私を応援してくれる。決して私を忘れたりしない。そんな事、とっくに分かっていたのに・・・!


 マンションの階段を息を切らしながら駆け上がると、渚は玄関の扉を勢いよく開けてリビングに飛び込んだ。


「ピョンちゃん!私、決めたわ!講師契約の延長はしない。日本へ帰るわ!」


 リビングのソファーでテレビを見ていたピョンは突然の渚の宣言に思わず呆然とした後、彼女の側まで跳ねて行った。


「そうか。決めたんやな」

「うん。さあ、忙しくなるわよ。まずはミシェル・ウェールズに契約の延長をお断りして、みんなに挨拶も。そうだわ。木下教授に連絡して大学へ復学する旨を伝えなきゃ。夕食を食べたら早速電話ね。日本は今何時だったかしら」


 最近ずっと将来の方針を決めかねて悶々としていた渚がやっと憑きものが落ちた様に元気になってピョンはホッとした。


「後は、ワイだけやな」







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