6.ティアナの告白
キーラとルパートの様子にショックを受けて走り出したティアナは、生徒用の大型テントの中に走り込んだ。4つあるベッドの一つに駆け寄ると、顔を沈める。急いでティアナを追いかけて来たジャンヌ達は泣いているであろうティアナにどう声を掛けていいか分からず、入り口付近で互いに顔を見合わせた。
しかしティアナは泣いてなどいなかった。むしろ体中を燃え焦がさんばかりのキーラに対する嫉妬と怒りが彼女を奮い立たせていた。
” キーラぁぁ。許さないんだから!ルパート先輩は絶対に渡さないわ!! ”
そんなティアナの告白を成功させる為にジャンヌ、メリー、カーラ、セリーヌの4人は頑張った。なかなか一人にならないルパートがトイレに行って出て来た所を連行するが如く連れ出して、誰も居ない小さな広場に連れて来た。ここへ到着してすぐ告白場所として4人が選定しておいた場所だ。
広場の周りにはハロウィンのライトアップが輝き、告白にはぴったりの場所である。広場の中央に立つティアナの前まで背中を押されてきたルパートは、訳が分からないような顔で目の前のティアナを見つめた。ルパートの前でティアナは真っ赤になりながら俯いて高鳴る胸を押さえた。
「あ、あのルパート先輩。あの実は・・・」
ここまで来れば何となくルパートにもこの後の言葉は想像が付く。彼は微笑んで一杯一杯な様子のティアナに目を落とした。
「あの、私、ルパート先輩が好きです。付き合ってもらえませんか?」
” 言い切った! ”
やっと言えた告白。まだ胸のドキドキは収まらない。
「うん。いいよ」
「え?」
びっくりして顔を上げ、ルパートを見る。彼は目を細めて最高の笑顔をティアナに向けていた。
「ほ・・・本当に?」
「うん」
” やったーっ!! ”
もうこの場で得意のハウスダンスを踊り出したい!今日は人生で最高の日だわ!
藪に隠れて告白の様子を見守っていたジャンヌ達も互いに顔を見合わせて両手でハイタッチをし、喜び合った。
友人達が遠くからガッツポーズやウィンクをして去って行った後、ティアナとルパートは手をつないで施設の中にある湖の周りを散歩した。ティアナにとっては生まれて初めてのデートだ。もうドキドキが凄すぎて、つないでいる手が汗ばんだらどうしようとかそんな事ばかり考えてしまう。就寝時間の10時には先生達がテントを訪れて全員揃っているか点呼を取るので、それまで2人は一緒に過ごし、それぞれのテントに戻った。
ベッドに入っても、とにかく嬉しくて顔がにやけてしまう。さっきはあまり時間が無くて(というか、緊張して何を話したのかあまり覚えていない)話せなかったから、明日もっと色々話をしよう。
ナギサ先生に以前、親しくなるには相手の話を聞いてあげる事って言われたわ。だからルパート先輩の趣味とか好きな食べ物とか一杯聞くの。そして私、最高の彼女になるわ!
2人でベンチに座って見上げた星空はきっと一生忘れないだろう。自分の気持ちが伝わった感動と幸せすぎる興奮で眠れなくなりそうだったが、睡眠不足は美容の大敵だ。明日もルパートに会うのだから、最高に綺麗でいなければ・・・。
ティアナは高鳴る胸を落ち着かせて、幸せそうな笑顔を浮かべながら眠りについた。
ティータイムが終わると、渚は後片付けを始めた。勿論アンドルーも手伝う。洗い物があらかた終わるとアンドルーは持って来た紙袋からたくさんのオードブル等の出来上がった料理を出し始めた。
「今日のお礼にナギサ先生とピョンの為に買って来たんですよ。宜しかったら今夜の食事にして下さい」
「まあ、こんなにたくさん?パーティが出来そう。そうだわアンドルー。良かったら夕食も一緒に食べない?」
「いいんですか?」
勿論そのつもりだ。ナギサ先生のその言葉を待っていた。
「勿論よ。ピョンちゃんもいいわよね?」
この時テレビのお気に入りのバラエティー番組に気を取られていたピョンは「別にかめへんで」と軽く返事をした。
フン、ピョンめ。何も気付いてないな。この後俺は食事を摂りながら散々ワインやシャンパンを開け、そのまま眠りこけて(勿論演技だが)しっかりナギサ先生の家にお泊まりするのだ。そして明日はミシェル・ウェールズに出勤するナギサ先生を送っていく。そう。まるで恋人を職場まで送るように・・・。
これぞこの一ヶ月の間、俺が必死に考えたナギサ先生との幸せな時間を少しでも長く過ごす計画だ!
渚はアンドルーに「夕食まで時間があるからピョンちゃんと一緒にテレビでも見ていて」と勧めたが、少しでも渚と一緒に過ごしたいアンドルーは「大丈夫ですよ、お手伝いします」と言って袋から出した料理やシャンパンを冷蔵庫にしまい始めた。
「そう言えば新年の時もみんなでパーティをしましたね。イギリスでは年越しは友人宅でパーティをするのが通例なんですが、今年も年末はナギサ先生の家でパーティをしてもいいですか?」
勿論アンドルーは渚が快くOKを出してくれると期待して言った。だがその言葉に渚は戸惑ったような表情を浮かべ、ピョンもテレビから目を離した。
「何言っとんや。年末にはナギサはもうここにはおらへんで」
「え?」
酷く驚いてアンドルーは手に持っていたローストビーフの容器を落としそうになった。
「どういう事ですか?ナギサ先生!」
戸惑って答えられない渚の代わりにピョンが答えた。
「クリスマス休暇の前でナギサとミシェル・ウェールズの契約が終了する。そやから日本へ帰るんや」
それを聞いてアンドルーは目の前が真っ暗になった。今日の様にこれから渚との距離を少しずつ縮めて行こうと目標を立てていたのだ。言葉を無くして立ちすくむアンドルーに渚は近づいた。
「でもね、まだはっきり決まったわけではないの。年末に帰るかどうかはまだ決めてないのよ」
「でも、その内帰ってしまうんですよね。日本に・・・」
「それは・・・」
急にアンドルーに抱きしめられて、渚は驚いたように目を見開いた。
「行かないで、行かないで下さい、ナギサ先生!俺は・・・・」
貴女と離れたくない。ずっと貴女の笑顔を見ていたいのに・・・!
「ちょっ、何しとんや、アンドルー!」
ピョンの声にハッと我に返ったアンドルーは渚を手放した。
「す、すみません、ナギサ先生。俺、びっくりして・・・」
いや、びっくりしたんは渚やろう。ピョンは憮然として思ったが、渚はすぐ笑顔になって俯いているアンドルーの顔をのぞき込んだ。
「ありがとう、アンドルー。そんな風に言ってくれて。私もまだ迷っているの。ここにはアンドルーみたいに大切な友達が居るから、私もみんなとは離れたくなくて。でも・・・・」
渚はその後の言葉を濁すようにそこで口を閉じた。
「だ、大丈夫です。別に月に帰るわけじゃないし、この地球上に居るのなら只ちょっと遠くなるだけで必ず会いに行けます。そうですよね」
「ええ、そうね。その通りだわ」
それでも胸がキリキリと痛む。もうあと2ヶ月でこの人が居なくなるのかも知れないと思うと、やっぱりどうしようも無く辛いよ・・・。
その夜、アンドルーは胸の痛みを堪えきれず浴びるように酒を飲み干し、一応計画通りリビングで眠りこけ朝を迎えた。




