2.ティアナ 運命の王子様と出会う
目標のキーラは相手チームの真ん中に居る。なのでティアナも真ん中に向かった。相手は5人。だがティアナの敵はキーラ只一人だ。
身体の中心部は一番ボールを受け取り易い場所だ。そこは外し、肩口や足下等を狙う。出来れば当たった時に、より痛い肩口がいい。
ボールをしっかり手の平に載せ、左腕を上げる。ステップを踏みつつ助走を付け胸をしっかり張り、左足をやや内側に踏み込みつつ手首のスナップをきかせながら思い切り投げる!
「キィラァァァッ!!」
ボールは凄まじい勢いでキーラの身体めがけて飛んで行く。
“ 殺った! ”
そうティアナが思った瞬間、キーラの身体が素早く反応し、ボールの飛んで来る方向に移動して正面からボールを受け止めた。
“ うそ! ”
ティアナがびっくりしている間に、すでにキーラはボールを右手に持ち替え「うりゃあぁぁぁっ」という叫び声と共に投げ返す。
『ああーっ!!』
クラスメイト達の叫び声が上がった。キーラの強烈な返球はティアナの顔面に見事にヒットし、ティアナはそのまま後ろに倒れてしまった。
「ティアナ!」
友人達が慌てて駆け寄る。
「あんた!わざとやったわね?」
ティアナと同じグループのジャンヌがキーラを睨んだが、彼女は頬に手を当てて、いかにも酷い事を言うのね、と言わんばかりに眉尻を下げた。
「やだぁ。只のファールよ。変な言いがかりを付けないで」
するとキーラの取り巻きの女子達も声を上げ始めた。
「そうよ。それより早く医務室に連れて行ってあげた方がいいんじゃない?」
「ほんと。みっともなく鼻血が出ちゃってるわぁ」
ジャンヌに鼻血を拭かれながら、友人達の手でティアナは医務室へと連れて行かれた。
医務室の先生に顔の状態を見て貰ったが、打ち身だけで傷などは無いようだ。「鼻血が止まるまでしばらく寝てなさい」と言われたので、友人達は授業に戻って行った。
一人で医務室のベッドに横たわりながら白い無機質な天井を見上げて居ると、悔しくて涙が出てきた。
どうしていつもいつもあの女に負けるんだろう。成績でも勝てず、見た目でも明らかにあちらに分がある。その上、得意なスポーツまで負けてしまったら、もうあの女に対抗する術が無い。
“ 悔しい、悔しい悔しい! ”
敗北感で胸が一杯になる度に流れ落ちる涙を抑えるため、腕で両目を覆い、鳴き声を押し殺した。そうしている内にチャイムが鳴って授業の終わりを告げる。
医務室の先生が様子を見る為にカーテンを開けて、ティアナに声を掛けた。
「大丈夫?鼻血は止まった?」
泣いている所を見られたくなかったティアナは、ベッドから飛び起きて「もう止まったので帰ります!」と叫んで医務室のドアへ向かった。
だが教室には戻りたくない。今又キーラの顔を見るなんて耐えられそうに無かった。いっそのこと気分が悪いとか言って早退してしまおうか。だがまだ帰る時間ではないので、迎えの車が来ていないはずだ。
ティアナが迷いながら医務室のドアを開け、廊下に出た時だった。丁度そこを通り掛かった誰かに思い切りぶつかってしまい、ティアナはその場に尻餅をついてしまった。
“ どうして一日の内に二回もこんな目に遭わなければいけないのよ! ”
再び顔面をぶつけたティアナは鼻を押さえながら、込み上げる怒りにまかせ自分を転げさせた相手にわめき散らしてやろうと思った。
「大丈夫?レディ」
“ 何がレディよ。そんな言葉で誤魔化されるとでも思ってるの? ”
自分に手を差し出す相手を思いきり鋭い瞳で睨み上げたティアナはその瞬間、固まったように目を見開いた。
癖のある金色の巻き毛の青年は、その鮮やかなターコイズブルーの瞳を細めて笑いかける。目鼻立ちの整った人好きのする優しい笑顔。年は3年生のティアナより上の学年だろうか。
イギリスの授業には紳士、淑女としての礼儀やマナーを教える為の授業がちゃんとカリキュラムとしてあるのだが、それにしても青年の態度や雰囲気はティアナの大好きな貴族そのものであった。
その貴公子然とした優美な雰囲気に、一瞬でティアナは心を奪われた。彼の手を取って立ち上がっても、ただボーッと彼の顔を見つめていたティアナは、その男子生徒が「それじゃあ」と言って去って行った後もその場に立ち尽くしていたが、彼の姿が廊下の角を曲がって見えなくなった事でハッと我に返った。
せっかく人生で最上級の出会いをしたというのに、彼の名前も聞いていない。急いでティアナは男子生徒の後を追いかけた。角を曲がった所でまだ彼の背中が見えたのでホッとしつつ、しかし声は掛けずに後を付けていく。いくらティアナが勝気でも、初めて恋心を抱いた相手に名前や学年を直接聞く勇気は無かった。それで気付かれないように調べる事にしたのである。
彼はそのまま5階まで階段を上がっていった。ここは5年生の教室ばかりなので、やはり彼は最上級生のようだ。休憩時間中なので廊下にはたくさんの生徒がいて、その合間を縫いながら青年の後を追って行くと、彼はDクラスの中へ入って行った。周りの生徒に気付かれないようにそっと中をのぞき込む。
彼は数人のクラスメイトに呼びかけられていた。
「買って来たよ」
「サンキュー、ルパート」
「ルパート、私の分のカフェラッテはあった?」
「ああ」
どうやら彼が1階に居たのは、友人達の為に飲み物を買っていたようだ。手に持っていた紙袋からカフェで買える蓋付きのカップを取り出し、友人達に配っている。それを見たのを最後にティアナは元来た道を走り出した。
まだ胸がドキドキしている。なんて優しげな素敵な声。ルパート。私の王子様・・・!
それから次の日には友人達を通してルパートのセカンドネームを聞き出し、彼が大手の老舗デパート、ウィンター・デパートの創業者一族の次男である事も分かった。
次男最高!私の家にお婿に来て貰って会社を継いでもいいし、彼の家にお嫁に行ったとしても次男の嫁ならそんなに気を遣わなくてもいいわ。家格も釣り合いが取れているから、誰も反対したりしないわよね!ああ、私のルパート・ウィンター様!
まだ付き合ってもいないのに、心はすでにルパートの花嫁になる気満々のティアナであった。もはやキーラ・レジストンの事など、どうでもいい。恋って素敵!こんなにも世界中が輝いて見えるものなのね!
こんな幸せな想いは当然誰かに聞いて欲しいものだ。グループの女友達にも相談していつ告白するか、どんな告白にするか、みんなで考えた。
それで決まったのが、3週間後に行われる秋季キャンプでの告白イベントだ。キャンプは一泊二日で全学年合同で行われる。急に告白されても向こうもびっくりするだろうから、この3週間の間にそれとなくルパートと接触して好印象を持って貰うようにする等の計画を立てた。




