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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream13.洋上の幽霊(ゴースト)ー Ghost on the Ocean ー
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10.ピョンの外泊

 その日の朝、ギルとセスリーはジェネプトロの本部から調査を依頼していた4人の人物達に付いての報告を受けていた。調べた結果はメリル・コナーという老婦人とバラス・カルロ・スタッテリオ・フォス、そしてナギサ・コーンウェルに関しては完全に裏が取れたとの事だった。


 だが只一人、ロイス・バーナードだけは同じ名前の画商は確かに存在したが、写真の人物とは別人だと判明した。


「やっぱりこいつだったか、ロイス・バーナード」


 ギルが自分の感が当たっていた事を自慢するように言った。


「こいつの正体を確かめるのは本部も苦労したらしい。かなり綿密な偽の経歴を準備していたからな。だがあいつらは分かっちゃいない。俺達マフィアも国家的な組織に張り合うだけの機動力があるって事をな」


 これでキーを誰が持っているかはっきりした。すぐにでも手段を選ばずロイス・バーナードからキーを奪い取りたい所だが、あの男もまだ3つめのキーは手に入れていないはずだ。


 3つめのキーの在処ありかはロイスしか知らないので、彼らは何とかロイスを生きたまま捕らえる事を考えた。


「もう船がストップしようが関係ない。どんな事をしても奴からキーを奪い取る。3つのキーを手に入れ、隠し金庫を開けるのは俺達だ」








 百合亜達と合流してから渚はプールでのアトラクションを楽しんだ。ボディスライダーや浮き輪を使うスライダー。水上サーフィン、水上アスレチックなど盛りだくさんのメニューである。


 渚は途中でリタイヤしたが、百合亜とピョンはもう10回以上スライダーを滑り、水上サーフィンも楽しんでいる。百合亜の乗るサーフボードの前方に乗って、ぶつかってくる波を浴びながら大声で笑っているピョンを見て、渚は小さくため息をついた。


 目一杯遊ぶと、当然お腹が空くものだ。プールから上がった彼等はそろって美味しいと評判のイタリア料理店にやって来た。この店の夜のディナーはパスタ&ピザパーティをやっている。120種類のスパゲッティと80種類のピザが食べ放題だ。


 みんなで色々なピザとパスタ、サラダなどを取ってきてワインで乾杯した。すっかり仲良くなったピョンと百合亜は食事が終わる頃、もはや渚にはついて行けない話題で盛り上がっていた。


「日本はレアアースをほとんど全て輸入で賄っているわ。でも何らかの理由で輸出制限を掛けられたら、日本の電子機器産業は一気に衰退してしまうでしょう。それでなくても世界一のレアアース産出国である中国に日本の電化製品、自動車産業は遅れを取り始め、今や日本の物作りが世界一だった時代が過去の物になっているわ。

 そこで私は考えたの。もしレアアースを使う全ての精密機器をレアアースなしで作る事が出来たら・・・と」

「つまり、レアアースに替わる物を人工的に開発する・・・ゆうことか。それで、出来そうなんか?」


 ピョンはニヤリと笑って尋ねた。この百合亜という女性がここまで口にすると言う事は先が見えているに違いないと思ったからだ。


「今のところ、6割と言ったところかしら。自分でベンチャー企業を立ち上げて何とかやって来たけど、最近は資金不足で滞り気味なの。でも実家の資金力に頼るつもりはないし、今方法を考えている最中よ」


「それ、ワイが力になれるかもしれへんで」

「え?」


「ワイは投資家でもあってな。ただし、余程しっかりした展望がないと金は出されへん。事業計画書はあるんか?」


 ニヤリと笑ったピョンに顔を近づけて百合亜もニヤリと笑った。


「勿論、部屋にあるタブレットに入っているわ。ピョンちゃん。今から部屋で私の挑戦プレゼンを受けてくれる?」


「分かった。どれだけの覚悟があるか、見せてみ!」

「了解よ!」


 叫ぶと百合亜は席を立った。


「渚さん、ごめんなさい。ちょっとピョンちゃんを借りるわね」

「渚、先に部屋、帰っとってくれ!」


 百合亜の鞄に飛び込んで共に彼女の部屋に向かうピョンを、渚は呆然と見送った。突然席を立った非礼をわびるようにベラが言った。


「ごめん、渚。百合亜って思いついたらRushingラッシング Forwardフォワード(猪突猛進)なんだ」

「ええ、分かるわ。ピョンちゃんもそうだから」


 本当に彼等は似たもの同士で、だから気が合うのも当然なのだ。そうは思っても、まるで心の中にとげが生えたみたいにチクチクする。


 ピョンにエルサという彼女がいるかも知れないと思った時も悲しかったが、こんなに嫌な気分ではなかった。なのにピョンと百合亜が楽しそうに話していると胸が苦しくて寂しくてどうしたらいいか分からなくなる。


 いや、ちがう。本当はこの気持ちが何なのか、私は知っている。ただ、それを認めたくないだけなんだ。あまりにもそれが醜いから・・・・。





 それから渚は部屋に戻りピョンを待ったが、一晩中ピョンは戻って来なかった。朝、待ち疲れて眠ってしまった渚が目を覚まして見たのは、誰も居ないベッドだった。もしかして自分が眠ってしまった為に部屋に入れなかったかも知れない・・・。


 そう思って慌てて外に飛び出したが、ピョンは戻って来ていなかった。


 これには腹が立つのを通り越して、呆れてしまった。2人で旅行に来ているのに、他の女の子の部屋に行ったまま戻って来ないなんて有り得ない。


「ピョンちゃんのバカ!もう知らないから!」


 完全に頭にきた渚はもう1人で行動してやろうと着替えて部屋を出た。とりあえず朝食バイキングでやけ食いだ。怒り覚めやらぬまま歩いていると、呼び止める声がして渚は後ろを振り返った。


 相変わらず爽やかな笑顔のロイスが手を振りつつやって来る。常に渚とピョンの行動を見張っている彼が、偶然を装って近づいて来るのは当然であった。


「お早うございます、ロイス」

「お早う。今から食事?ハザードさんは?」


 盗聴器で状況は全て把握しているが、ロイスは笑顔で尋ねた。ピョンの事を聞かれると思わず渚の頬はムッとして膨らむ。だがロイスに嫌な顔は出来ないので、無理矢理笑顔を作った。


「ピョンちゃんは・・・昨日からちょっと出掛けてて・・・。ロイスも今から食事?良かったら一緒に行きませんか?」


 勿論ロイスに依存はない。彼等は揃って歩き始めた。




 そんな渚とロイスの様子を柱の陰から見ていたのは、セスリーだった。彼らはロイスの正体に気付いてからずっと、交代で彼の監視を行っていたのだ。


 ロイスと親しげに話しながら歩いて行く渚を見て、セスリーはニヤリと笑った。これでターゲットは決まった。後は実行するだけだ。


 彼はもう一度渚とロイスの後ろ姿を一瞥すると、部屋に戻って行った。




 スクランブルエッグやマフィン、サラダ・・・これでもかと言うほどたくさんのメニューを皿に盛ると、渚はロイスの居る席に戻ってきた。とにかく腹が立つ時は一杯食べて忘れるのが一番だ。渚が嬉しそうにテーブルに置いたカップの中身が気になってロイスは尋ねた。


「それは何?そんなスープがあったかな」

 渚は自慢げに微笑むと片目を閉じた。


「これはミソスープ(味噌汁)です。よく海外旅行に行く方のブログにあったんですが、海外では日本の味が恋しくなるので、インスタント味噌汁を持って行くとホッとするって書いてあったんです。確かにインスタントならかさばらないし、お湯は何処でも手に入るでしょ?これは絶対に真似するべきだなって思って」


「へえ。家でもよく作るの?」

「ええ。うちでは週の半分は和食ですよ。よかったらロイスも飲みます?お手製より味は落ちるけど、日本のインスタントはなかなかの味ですよ」

「ああ、是非」


 嬉しそうに味噌汁を作りに行った渚の背を見ながらゴーストはテーブルに肘をついて頭を抱えた。


 一体俺は何をやってるんだ?こんな所で和やかにモーニングなんて楽しんでいる場合か?ハザードも居ないのに・・・。


 いや、もしかしたら『青の群像』の情報を聞き出せるかも知れないし、船に乗っている間は何も出来ないからな。それにしてもハザードは何を考えているんだ?あんなかわいい恋人をほったらかしにして外泊とは、けしからん奴だな。


 そんな事を考えていると、渚が席に戻ってきた。彼女のくれたナメコのミソスープは出汁の風味とぬるっとした舌触りが癖になる味だ。


「所でナギサ。今日はフランスのカレーに到着するけど、観光には行くのかい?」


 そうだ。今日は本来なら下船してピョンと2人で一日中フランス西部の観光を楽しむ予定だった。それなのに・・・。


「ピョンちゃんが戻って来ないので、今日は船でゆっくりしようかな、と。ロイスはどうするの?」


 渚は憂鬱な気持ちを振り払うように尋ねた。


「僕も一人で観光に行くより、船でゆっくり休暇を楽しもうと思ってる。そうだ、ナギサ。この際だから一緒に映画でもどう?アクションでもコメディでも何でも付き合うよ」






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