5.ゴーストの作戦開始
多くの人が訪れるメインパークは横幅はそんなに広くはないが、両側にたくさんのショップが並んでいるので、買い物やウィンドウショッピングをしながら散歩するには丁度いい距離だ。中央部には噴水などもあり、たくさんのカップルが腕を組んで行き交っている。
渚もキラキラと輝く光に導かれて、一軒のアクセサリーショップに入った。このキラキラに女子は弱い。つられてつい足を運んでしまうのだ。あまりアクセアリーを持っていない渚も旅行に来ると、友人達へのお土産を買うのを口実に、財布の紐も緩んでいた。
「このシルバーのピアス、ウィディアに似合いそう。マリアンヌにはこのクロスのネックレス?ちょっとオーソドックス過ぎるかなぁ。あっ、このバレッタかわいいわ。ティアナのお土産にいいかも・・・」
アクセサリー選びに気を取られていた渚は誰かと背中がぶつかって思わず後ろを振り返った。同じように驚いて後ろを振り向いた人物を見て渚は更に驚いた。
先ほどアクロバットショーを見に行く時にぶつかった背の高い男だ。優しい微笑みと涼しげな目元が印象的だったので良く覚えていた。
「あ、すみません。二回もぶつかってしまって・・・」
「いえいえ、こちらこそ。買い物に気を取られていて申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
「怪我だなんて。ちょっとぶつかっただけですから」
渚は笑顔で答えた。それにしても、こんな店に男性が一人で居るのも珍しい。どうやら彼が言い訳したように真剣にアクセサリーを見ていたのか、両手一杯にネックレスをぶら下げていた。
「恋人へのプレゼントですか?」
渚が尋ねると、男はちょっと照れたように笑った。
「実はこの船には妹と一緒に乗るはずだったんですが、怪我で来れなくなってしまったので、せめて何か喜ぶ物を買って行ってやろうと・・・。確かネックレスを欲しがっていたんですが、何分こういう事には疎いので、何をどう選んだらいいのか迷っていたのです」
困っている人を見ると放っておけないのが渚の性分だ。ここは女の子の私が何とかしてあげなくちゃ。怪我をした妹さんの為にも。
「妹さんはおいくつですか?」
「ええと、今年27歳だったかな」
「それじゃあ、もう十分大人の女性だし、ここにあるようなイミテーションのネックレスでは物足りないかも。私もピアスは落とす事もあるのでイミテーションが多いけど、ネックレスはすぐに変色したりするので、ゴールドとかの方がいいかもしれませんね。あっ、でもご予算もありますよね」
本物の貴金属となると、ここにあるイミテーションの何倍もする。あまり考えなしに薦めるべきではないだろうと思い、渚は言葉を止めた。だが彼はにっこり微笑んで、手に持ったネックレスを全て手前の台の上に戻した。
「妹は僕のビジネスパートナーでもあるので、いつも世話になっているんです。怪我をして塞ぎ込んでいる彼女を励ます為なら、多少高い物でも全く構いませんよ」
さすが豪華客船で船旅を楽しむ余裕がある人はひと味違う。渚は先ほど通り過ぎた本物の輝きを放つアクセサリーショップに彼を案内する事にした。
店までの道すがら妹の特徴を聞くと、彼と同じ白金のショートボブで、深い海を思わせるような濃い青の瞳、背も高く、スポーティなタイプで仕事中はいつもスーツを着ているそうだ。渚の頭の中では彼の妹のイメージがしっかりと浮かんだ。きっと彼に似た素敵な笑顔の健康美人に違いない。
「そう言えば・・・」
ふと立ち止まると、彼は渚をじっと見た。
「名前をまだ名乗っていませんでしたね。私はロイス・バーナード。ロンドンで画商をしています」
「まあ、画商だったんですね。私はナギサ・コーンウェルです。同じくロンドンで日本語の教師をしています」
彼等は互いに「宜しく」と言うと、握手を交わした。
アクセサリーショップに到着すると、渚はさっそく彼の妹が喜びそうなネックレスを探し始めた。妹は彼の所有するギャラリーでマネージャーをしているそうなので、あまり派手ではなく、シンプルでそれでいて存在感のあるネックレスがいいだろう。
夢中になってショーケースを見ている渚を、ゴーストもアクセサリーを見る振りをして様子を窺った。
大金持ちの恋人なら高級品の一つや二つ身につけているだろうに、普通のこの年頃の女性と同じような服装だし、高慢な感じや驕ったところが何一つ無い。ここに居るのもただ本当に、俺の作り話に同情して世話を焼いてくれているだけだろう。
世間の概念を覆す不思議な娘だな。そんな事を考えて居ると、渚が理想とする一品を見つけたようで、その前で立ち止まった。
これだわ、これよ。輝くプラチナのボールチェーン。その先に正に深い海を思わせるような濃い青の輝石。サンタマリア・アクアマリン。アクアマリンの中でも希少で特別な宝石。そして海の泡のように、この輝石を取り囲むきらめくダイヤモンド。これこそ彼の妹にふさわしい一品だわ!
渚は強くそのネックレスに惹かれたが、その美しい石の隣りにある値札を見て青ざめた。
2,000ドル?それって、ポンドに直すと大体・・・1,600ポンド!?(約30万円)駄目よ。私の一ヶ月のお給料より高いわ。いくら高い物でも構わないと言ってもロイスは普通の画商だし、こんな高いお土産なんてお勧めすべきではないわ。
そうよ。最初はシンプルな物って思ってたじゃない。でもやっぱり・・・綺麗ね・・・。
一度気に入ってしまうと、どうしてもそれ以外は目に入らなくなってしまうものだ。渚がショーケースの前で葛藤していると、ロイスが後ろからやって来て渚の顔を覗き込んだ。
「これがいい?」
「あ、ええ。でも・・・」
渚がもう少しシンプルな方が・・・と言いかけたが、ロイスは前に居た店員に「これを。プレゼントで」と伝えた。
店を出た渚は前を歩くロイスの高い背を見上げて反省していた。彼自身が使う物でもないのに、値段の高いネックレスに固執して無理をさせたのではないだろうか。
「あの、ロイス。すみません。何だか私、余計な事をしてしまったかも・・・」
「そんな事はないよ。君に選んで貰わなきゃ、きっと迷って時間を無駄にしていた。彼女の瞳と同じ色だから気に入ったんだろう?いい物を選んでくれて感謝しているよ」
「ロイス・・・」
優しく微笑むロイスを見て、いい人に出会えたと渚は思った。そう言えば船のパンフレットに船旅は長い期間旅を共にするので、洋上で様々な人々と出会い、楽しみを共有できると書いてあった。きっとこんな感じだろう。
「ナギサ。こういう時にはお礼に食事に誘うものだけど、もう夜も遅いし、明日朝食を一緒にどう?実はここの会員しか入れないサロンがあって、そこに招待したいんだ。サロンのモーニングは、ここのどのレストランより更に特別だよ」
“会員制サロンで特別な朝食”はかなり気になった。今から酒を飲まないかと誘われたらどんなにいい人でも断っていたが、朝食のお誘いなら健全だ。やはりロイスは素敵なイギリス紳士に違いない。それに船の食事は全て料金に入っているので、彼に余計なお金を使わせる事にもならないだろう。
「分かったわ、ロイス。明日友達に聞いてみて、彼がOKなら一緒に食事をしましょう」
そしてそれは、ゴーストにとっても待ち望んだ回答だった。
「ああ。楽しみにしているよ、ナギサ・・・」




