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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream3.呪われた皇子と滅びの国
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1.魔女の陰謀

 2,500年・・・。それはとてもではないが、一言で語れるような年月ねんげつではない。そんな長い長い年月としつきを、俺はたった独りで生きてきた・・・・。






 大小様々な島を東に配し、豊かな水源と南国の暖かな風が一年中吹き抜ける国、アルセナーダ帝国。帝都カルタナは『黄金の蜜の都』と呼ばれ、日差しに映える蜂蜜色の家々が立ち並ぶ富にあふれた都だった。宮殿の庭に置いてある石のベンチから神の山と呼ばれるプロポネス山を眺めながら、アルティメデスは手に持っている葡萄酒に口を付けた。


 太陽の光を集めたような軽く波打つ黄金色の髪。この国の人々の特徴である浅黒い肌から覗く、深い海を思わせる濃紺の瞳。左耳に付けられた長いチェーンのピアスの先には、逆さにした扇形の飾りに彼の瞳と同じ色のラピスラズリが彩られ、更にその下にはいくつもの金細工が南の風に吹かれて音色を奏でていた。


 ラピスラズリは皇帝と帝位を継ぐ者だけに許された宝石である。アルティメデスにとってそれは至極自然な、当然持つべき権利であった。


「アルティメデス様・・・」


 甘く呼びかける声に顔を上げると、ミモザ色のドレスを着た女性が明るい笑顔を向けながら近づいてくるのが見えた。


「これは、エスタリカいちの美女、イベリア姫」


 彼女はその賞賛の言葉をにっこり笑って受け止めると、アルティメデスの隣に腰掛けた。


「明日はアルティメデス様の20歳の誕生日。国中を挙げてお祝いするのでしょう?」

「そのようですね」


 あまり気乗りがしないように葡萄酒を口に運んでいるアルティメデスに、イベリアはそっと体を寄せた。


「きっと明日の宴で、皇帝陛下は私達の事を皆に言って下さいますわね。婚約者だって・・・」

「婚約・・・ね」


 アルティメデスはベンチの上に葡萄酒を置いて立ち上がると、髪を後ろに掻き上げた。左耳のピアスがそれと共にシャラララ・・・ンと小さくメロディを奏でる。


「父や母がどう言ったかは知りませんが、私はまだ誰とも結婚する気はありませんね。それにあなたは明日の宴にも呼んでいない」


 イベリア姫の顔色がさっと変わり、美しい眉がつり上がった。


「どう言う事ですの。エスタリカの王女をないがしろにするおつもりですか?」

「ないがしろ?ああそうかも知れないな。俺はブスは嫌いなんでね」

「ブス・・・?この美しい私をブスと言ったの?」


 彼女の顔が怒りに歪んでいくのを楽しむように、アルティメデスは瞳を細めた。


「美しい?まあ表面上はそう見えるかも知れんが、お前の腹の中は真っ黒だ。いくら表面を飾ってもその醜悪な姿を隠す事は出来ん。うまく隣国の王女になりすましたつもりかもしれんが、残念だったな。お前はイベリア姫じゃない。父上や重臣はだませても、この俺はだません」


 心の動揺を押し隠すように、彼女は無理に笑顔を作った。


「ど、どうしてそんな事をおっしゃいますの?私に何かご不満でも?」


 まだ分からないのか?と言わんばかりにアルティメデスはにやりと笑うと、彼女の目の前に立った。


「お前は知らなかっただろうが、俺とイベリア姫は幼い頃、面識があってな。初めて出会った時、彼女のドレスの裾をパーッとめくっちまったんだ。周りは子供のやった事と許してくれたが、当のご本人はもうカンカンで、『あなたの顔なんか二度と見たくない!』と言われて、それから本当に二度と会っていない。だからいくらエスタリカがアルセナーダのような大国に逆らえるはずがなくても、イベリア姫が俺の所に嫁に来るのを快く承諾するはずなんて無いんだよ。それにお前はこの国に来た時、俺に『初めまして』と挨拶しただろう?」


「それは・・・小さい頃の事で、もうすっかり忘れていたのです」


 皇子は小さくため息をついて、庭の隅に目をやった。すると木立の影から2人の護衛騎士が姿を現した。彼らはすでに剣を抜いてこちらに向かってくる。


「往生際が悪いな。最初に怪しいと感じた時から、お前には監視を付けておいた。この国にうまく入り込めたと油断したな。それとももう皇后になってこの国を牛耳る夢を見ていたか?部屋の中で正体を現すとは。そうだろう?カルゾ山の魔女、イゾルダ・・・!」


 正体を見破られた魔女は立ち上がると、伏せた顔から大きな光る目だけを彼に向けた。その目はイベリア姫の青い瞳から次第に闇のような暗い瞳に変わっていった。それと共にイゾルダの表情がどんどん醜く変化していった。


「全く。中身が醜いと、どんなに表面を飾っても表に現れるものだな。大体お前、もういい年だろう?この俺と結婚しようなんて厚かまし過ぎると思わないか?なあ、ゼルダ、ゴード」


 皇子の護衛騎士達もあざけるような笑いを浮かべた。この上ない侮辱を受け、憎しみの為に震える唇を噛みしめると、魔女は一瞬で灰色の煙に包まれ空へ舞い上がった。その煙の隙間から魔女はぎょろりと光る目の片方だけを出し、皇子達を見下ろした。


「覚えておくがいい、アルティメデス皇子よ。この私を愚弄し辱めた事、死ぬほど後悔させてやるわ!」


 そのまま空の彼方へ灰色の雲と共に魔女は去って行き、皇子は軽蔑したように呟いた。


「ブスは去り際までブスだな・・・」




ー 次の日 ー


 城の大広間では、今まさにこの国の帝位を継ぐ皇子の20歳の誕生日を祝う宴が開かれていた。人々が手に手に赤い葡萄酒が注がれたグラスを持ち、口々に祝いの言葉を述べながらそれを差し上げた。そして皇帝と皇后の前に歩み出たアルティメデスはにっこり微笑むと、彼らと同じようにグラスを掲げた。


「皆、良く来てくれた。私の為にこうして集まってくれた事、感謝する。皆も今日は無礼講で好きなだけ飲んで騒ぐが良い!」


 アルティメデス皇子の言葉に、集まった人々から歓声が上がった。その声を聞きながらアルティメデスは皆より高台に座っている父の隣の席に座った。ふと顔を上げると、会場の中央に居る女性達の一軍が目に入った。彼女達の期待にあふれた瞳は、じっとアルティメデスに注がれている。皇子は小さくため息をつくと、隣の席でにこやかに酒を飲んでいる父の皇帝に言った。


「父上。何度も言うようですが、まだ私は・・・」

「今日は聞かぬぞ。お前ももう二十歳はたちになったのだ。いつまでもフラフラ遊んでいないで、未来の皇后くらい決めておくが良い。この帝国を継ぎたいのならな」


 そう強く命じた後、サンティアヌス皇帝は「全く、あの美しいイベリア姫を怒らせて帰らせるとは。馬鹿者め」とブツブツ文句を並べた。父や周りの重臣にはイベリア姫との婚礼が魔女の企みだった事は伏せておいたのだ。たった一人の魔女に皇帝や重臣達がだまされていた事が知れ渡れば、この帝国の威信に関わるだろう。


ー やれやれ。おかげで俺は、エスタリカ一の美女を逃した哀れな男扱いだ・・・ ー


 再びため息をついた時、ふと奇妙な気配を感じ、アルティメデスは上を見上げた。高い天井の中央から黒い雲のような煙が渦を巻くように広がっていく。それが天井から吊された巨大なシャンデリアに触れると、蝋燭が火花を散らしながら炎の塊になって人々の上に落ちていった。大騒ぎになって逃げ惑う人々をあざ笑うかのように、低い女の笑い声がその雲の中から響いてきた。


「クックックックッ。アルセナーダ帝国を継ぐ・・・?」


 黒雲の隙間から昨日見た魔女の顔だけが現れ、それは昨日見た時よりも何倍も大きく、その口を開ければ人一人がすっぽり飲み込めるほどの大きさであった。


「イゾルダ・・・!」


 アルティメデスは立ち上がると、その禍々(まがまが)しい顔を見上げた。


「お前に招待状は出さないと言ったはずだが・・・?」


「昨日の捨て台詞に一カ所間違いがあったので、訂正しに来たのさ。死ぬほど後悔させてやる・・・ではなく、死んだ方が良かったと思うほど後悔させてやるよ!」


 魔女は大きく息を吸い込むと、呪いの言葉を唱え始めた。


『アルドゥーラ、メドゥーア、ユルドアーカ・・・』


 彼女の周りに浮かんでいた黒雲がぐるぐると回り始め、その中からいくつもの青く光る稲妻が走った。


「父上、母上、下がって・・・!」


 アルティメデスは剣を抜きつつ叫んだ。


「ゼルダ、ゴード!」


 2人の護衛騎士がアルティメデスの両側に立って、同じように剣を引き抜いた。魔女の顔を覆い尽くさんばかりに益々黒雲が広がると、彼女は最後の呪いの言葉を吐いた。その口から発した稲妻が皇子の上に降りかかり、彼の姿が一瞬、光に飲み込まれた。






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