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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream1.新天地へ
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1.新しい生活

久しぶりの新連載になります。

以前の作品を読んで素敵な感想を下さった方々、初めてお読みになる方々にも楽しんで頂けるよう、頑張ります。

遅筆ですが週に一回くらいの投稿を心がけております。

どうか宜しくお付き合いをお願いいたします。

― イギリス ロンドン ― 


 まっすぐに続く道路の、両側に立ち並ぶ背の高い銀杏いちょうの木が、淡い緑色の葉を少しずつ芽吹かそうとしている。その道の先に巨大な黒い鉄の門がそびえ立っていた。金色の十字架を上部中央に配し、繊細なアラベスク模様を施したロートアイアンの門。


 陽に透ける薄茶色の髪を初春の風に揺らし、光を通すとその奥に空の色を映すゴールドブラウンの瞳でその重厚な門を見上げ、渚は呟いた。


「ここがミシェル・ウェールズかあ。すごい学校・・・」


 鉄の門は渚の身長の2倍以上あり、周りは全て赤黒いレンガの塀に囲まれていた。まるで外界とのつながりを拒絶しているようだ。門から先はずっと奥まで続く道と、歴史を感じさせる木々、そして遠くに教会の尖塔らしき物が見えるだけだった。


 肩にかけていた小さなバッグから今は亡き両親の写真を取り出すと、渚はにっこり微笑んだ。


「行ってくるね、パパ、ママ。そして木戸先生、真理子さん」


 父の友人であり、両親が亡くなってから渚の世話をしてくれた啓成(けいせい学院大学の教授である木戸順一郎教授がこのミシェル・ウェールズの期間講師の話を持ってきた時、渚はすぐに心を決めた。いつまでも木戸と妻の真理子の世話になっているわけにもいかない。それに8歳まで暮らしていた故郷であるイギリスに行くのを苦痛だとは思わなかった。


 このミシェル・ウェールズを紹介してくれる時、木戸は渚にこんな言葉を贈った。


「ミシェル・ウェールズはロンドンのケンジントンにあるカトリック系ミッションスクールで、王室関係者や、身分と格式のある貴族以外はいくら金を積んでも入学は出来ない、完全なる貴族の為の学校なんだ。きっと日本で普通に暮らしてきた渚には理解できない事も数多くあるだろう。


 だが君ならきっといい教師になれると思う。なんと言っても君はリチャードと詩織さんの娘なんだ。自信を持って行きなさい。彼らには夢を叶える力があった。きっとそれは君にも備わっている力だよ」


 ほんの数ヶ月だったが、子供のいない木戸夫妻は渚を本当の子供のようにかわいがってくれた。無論両親の生きている頃から彼らは両親の良き友であり、渚の良き相談相手でもあったのだ。


「ここに私を紹介してくれた先生のためにも頑張らなきゃ」


 渚は少し緊張したように大きく息を吸い込むと、その鉄のゲートの向こうにいる門番さながらのガードマンに声をかけた。


「門を開けてください。今日からこの学校の教師になる、ナギサ・コーンウェルです」





 ガードマンから連絡を受けて出て来たのは、黒いドレスに身を包んだ修道女だった。50がらみのその女性は、主任のシスター・エネスと名乗った。高く突き出した鼻筋をつんと上に向け、細い目を益々細めて上から下まで渚を観察すると、彼女は渚を伴って石畳の続く道を歩き出した。


 やがて高い木々の向こうに本館と呼ばれる校舎が見え、さらにその向こうにアーチ状の入り口や高い尖塔を持つ、ゴシック様式の建築物が見えてきた。このミシェル・ウェールズの大聖堂である。


 その厳かな雰囲気に息を飲みながら、渚は細く伸びる尖塔を見上げた。きっとここで、この学校にいるたくさんの生徒やシスターが祈りを捧げるのだろう。柔らかな初春の木漏れ日が、この場所では聖なる光に感じられた。


 その大聖堂の脇を通り過ぎしばらく歩くと、本館より少し小さめの(それでも4階建てではあったが)建物が見えてきた。


「ここは1号館でシスターの寮や食堂があります。4階が校長室です」


 大聖堂を紹介した時と同じように抑揚のない声でシスター・エネスは説明した。その建物の重い木の扉を開けると、アンティークな暗い色彩の廊下や階段、そして奥の広間に置いてある巨大な柱時計に目を奪われた。


 4階にあるPrincipalプリンシパル roomルーム(校長室)と書かれた重厚な扉を開けると、中央の机の上に肘をついてじっとこちらを見ている校長、シスター・ボールドウィンが目に入った。


 もうとうに60は超しているだろう。深いしわの中にめり込んだような小さな瞳、ぎゅっと厳しく閉じられた唇。丸い銀縁の眼鏡が異様に冷たく感じられた。


「初めまして、校長先生。私は・・・」


 しかし自己紹介の終わらぬうちにシスター・ボルドウィンが渚の言葉を遮った。


「余計な説明は結構。全てこの紹介状に書かれておりますから」 


 そう言って彼女は手元の用紙を拾い上げ、眼鏡をきゅっと指で押し上げた。


「ミス・ナギサ・コーンウェル。世界的に有名な心理学者コーンウェル博士の一人娘で、現在17歳。日本では大学生だったと書かれていますが・・・?」


「私の行っていた啓成学院大学では15歳以上なら受験資格をもらえますので」


「それは優秀であられたのですね。それで、どうしてこの学校の期間講師の仕事を引き受けたのです?」


 渚は少し言葉を詰まらせた。どう説明すればいいのだろう。大好きだった両親が居なくなってから今日までの事を・・・。


 ドイツのボンで開かれた、心理学のエキスパート達による学会の帰りに起こった飛行機事故。それだけでも話題性があるのに、渚自身も語学の天才少女という事で、テレビの取材を受けた事もある有名人だった。


 天才少女に起こった悲劇。ひっきりなしに取材陣がついて回り、大学に普通に通う事も困難な状況だった。


「・・・両親が飛行機事故で亡くなったので・・・。世話をして下さる方も居ましたが、やはり自分で働こうと思い、大学を休学してこちらに参ったのです」


「お父様もあなたも素晴らしい経歴の持ち主ですね。でもお母様の事が書かれていませんが、もしかして普通の・・・?」


 その言い方に渚は思わずムッとした。。普通の何が悪いと言うのだろう。それでも顔を上げて校長をまっすぐに見るとにっこりと微笑んだ。


「はい。母は料理が上手で笑顔の美しい、普通の日本女性でしたわ」


 しかし校長は彼女の言葉に何の興味もないのか、ただ小さくため息をついた。


「あなたは余計な事を話すのが好きなようですね。でもここではおしゃべりは厳禁です。授業は厳粛かつ円滑に。後の事はシスター・エネス。ミス・コーンウェルによく説明しておあげなさい」


 シスター・エネスは頷くと渚を連れて校長室を後にした。そしてシスター達の集まるシスタールーム、いわゆる職員室に彼女を案内すると、1センチ以上もある分厚い戒律書を渡して説明を始めた。


「ミシェル・ウェールズはプライマリー・スクールですので、5歳から11歳の1年生から7年生までのお子様をお預かりしております。こちらはボーディング制(全寮制)になっておりますので、西と東にある2号館と3号館がそれぞれ男子寮と女子寮になっています。あなたの担当は日本語の選択授業です。ご存じでいらっしゃるでしょうが、こちらには王室ゆかりのお方や身分の高いお方のご子息、お嬢様方をお預かりしております。くれぐれも日本やその他から持ち込んだつまらない知識などを植え付ける事などなさいませんよう」


 つまらない知識と言われて渚は眉をひそめた。役に立たないような知識でも知っていると、その人の世界が広がったりするものだ。渚にはシスター・エネスの言っている事が理解できなかった。


「・・・とにかくこのミシェル・ウェールズの中は、ここに書かれてある厳正なる戒律と規則で守られているのです。あなたがどんな方の娘だろうと、この戒律を乱したら即退職していただきますので、そのおつもりで。後はその戒律書をよく読んで、規律とつつしみを持って授業をされますように。では明日は9時から授業が始まりますから、その時に生徒に紹介いたします」


 シスター・エネスは言いたい事を言い終えると、呆然としている渚を残してさっさと行ってしまった。そして渚は自分の手元に残された分厚い戒律書に目を通してさらに愕然とした。


 そこには先ほどシスター・エネスが言った厳正なる戒律が、第一条第一項『廊下や階段は、決して走ってはならない』から始まってまさに300以上の項目に亘って書き連ねてあったのだ。


「何なのよ、これは・・・」


 渚は青い顔をして呟いた。


「教室および廊下での私語は厳禁?教室は分かるけど廊下もって・・・。休憩時間も駄目なのかしら。おまけに男女交際は即退学って、時代錯誤もいいところだわ」


 渚は子供達に日本語を教えるにあたって、自分なりに色々工夫を凝らして頭の中でシュミレーションしてきた。ただ言葉を教えるよりは日本の文化や日々の生活、現在発展中のAI技術やロボット工学。そんな子供が興味を持ちそうな話を笑いを交えて授業を行えば、きっと日本に興味を持ってくれる。難しい日本語も楽しく学べるはずだろうと・・・。



 戒律書を握りしめ呆然としている渚に、先ほどから様子を見ていた2人のシスターがやって来て話しかけた。


「あなた、ミス・ナギサ・コーンウェルね」

「ちょっと来て」


 返事も聞かずに彼女達は渚の腕を両側から掴むと、外に連れ出した。そして周りに人気ひとけの無い事を確認すると、渚に自分達の名を名乗った。


「私はシスター・ウィディア。彼女はシスター・マリアンヌよ。誰も居ない時はシスターは要らないわ」

「宜しくね、ナギサ」


 ウィディアは猫のように目尻がキリッと上がった美人だ。その黒髪と同じ色の少し太めの眉が、しっかり者の姉御肌のように見えた。反対に柔らかな金色の髪のマリアンヌは、いかにもシスターらしい優しい物腰と口調で、彼女はその控えめな性質を表すようにウィディアから少し下がった場所から渚に笑いかけた。


 2人の親しげな様子にほっとしながら渚は頷いた。


「宜しく。ウィディア、マリアンヌ」


 ウィディアは微笑んで頷いた後、日頃の鬱憤をぶちまけるように言った。


「びっくりしたでしょう?何でも戒律、戒律って。ここはそういう所なの。でももっと驚くのが、世間もみんなミシェル・ウェールズはそれでいいと思っている所よ。ここだけいつまでも中世のままなんだわ」


「私たちは親も兄弟も頼れる人は誰も居ないの。だからこの鉄の箱の中で戒律を守りながら生きていくしかないの」


 マリアンヌも小さな声で訴えた。やはりマリアンヌは気丈そうなウィディアとは正反対の性格のようだ。年は2人とも渚より上で20歳以上に見えるが、きっといい友達になれるだろう。そう思った渚は自分の事を知ってもらう事にした。


「私もそうなの。少し前に両親を事故で亡くして・・・。日本には頼れる人も居るんだけど、いつまでもその人に甘えている訳にはいかないから。ここには、自分の夢を切り拓く為にやって来たのよ」


 切り拓く・・・。その言葉にウィディアとマリアンヌは思わず顔を見合わせた。このミシェル・ウェールズではたして夢を切り拓いていけるのだろうか。いずれ渚にも分かるだろうが、ここはそんな甘い所ではないと2人は知っていた。


 だが今それを言っても彼女には伝わらないだろう。渚の心の中にはまだ夢があるのだろうから・・・。


 授業がまだ残っているウィディアとマリアンヌに見送られてミシェル・ウェールズを後にした渚は、重い旅行鞄を引いて、これから住む事になるアパートに向かった。ここも木戸教授が日本から手配をしてくれていた場所だ。


 アパートはミシェル・ウェールズからバスで15分ほどの所だったが、広い校内を歩き回って疲れていたのと、まだこのあたりの地理がよく分かっていなかったのもあって、ブラックキャブと呼ばれる黒い車体のロンドンタクシーで向かった。


 石のタイルを張り巡らせたアパートは思ったより新しく見えた。4階建てでエレベーターはないが、それぞれの部屋の前に門扉と通路があり、独立した集合住宅になっている。英国ではフラットと呼ばれ、中は居間、キッチン、浴室など、一世帯が暮らせるだけの居住空間がある。こちらは全て家具付きなので、すぐに生活を始める事が出来た。


 渚は玄関を入ると、そのまま居間まで走って表通りに面したフレンチドアを勢いよく開けベランダへ出た。部屋は3階だが、周りに高いビルもないのでロンドンの町並みをよく見る事が出来た。


 学校は少し問題がありそうだが、赴任してすぐに友人も2人出来たし幸先はいいようだ。


「今日からここが私の街になるんだ。宜しくね、ロンドン!」


 希望に胸を膨らませ、渚の新しい生活が始まった。






 数ある作品の中からお選びいただき、ありがとうございます。

 この作品は最初『Flogー天使の降る街』という題名でしたが、もっと分かりやすくと思い『夢みるように恋してる』にいたしました。


 日本人の女の子がイギリス ロンドンで、色々な経験や時に冒険もする、楽しいお話にしたいと思っております。またロンドンでの生活や文化なども、時々織り交ぜながら書けたらいいなと思っております。


 どうか『ゆめ恋』、これからも応援よろしくお願いいたします。

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