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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短編小説

となりの整骨院

作者: とり
掲載日:2023/05/08

 




 もう我慢(がまん)できない!


 あのお隣(となり)さん。三年(さんねん)まえから毎日玄関先(げんかんさき)に立っている、あのお隣さん。もったいない精神(せいしん)にあふれていたお隣さん。


 でも、知りあいを疑(うたぐ)るなんて。おせわになったあの女(ひと)を……そんなふうにみてしまったなんて。


 でも、もう限界(げんかい)だ。


 我慢(がまん)できない!



 

 朝(あさ)九時。


 F(エフ)(仮名(かめい))は、隣りの玄関先に立っていた。

 バイトの時間(じかん)だったが、もうどーしよーもない。衝動(しょうどう)が勝(まさ)って、遅刻を決意する。


「たのもー!」


 おとなりの整骨院(せいこついん)に、Fはさけんだ。二十三(にじゅうさん)才の男(おとこ)が、朝っぱらからいかにもあやしい。


 でも。どーしても我慢(がまん)できない。


「はいはい」


 整骨院の院長(いんちょう)が出てきた。てっぺんの禿(は)げた、白髪(はくはつ)のおじいさん。としは七十(ななじゅっ)才くらい。よれよれのセーターに、しわだらけのスラックス。しみのついた白衣(はくい)をつけている。


「これのことなんですけど!」


 Fは玄関先に立っているガイコツの標本(ひょうほん)を指(ゆび)さした。


 学校の理科室に置(お)いてあるようなやつだ。Fがこの町(まち)に越してきたとき――幼稚園(ようちえん)のころから、この個人(こじん)病院(びょういん)のまえに立っている。幼(おさな)いときに、夜(よる)、親(おや)と歩ていて、ガイコツにビックリしてお(・)も(・)ら(・)し(・)したことがあるのは秘密(ひみつ)だ。


 Fは院長に言った。


「三代目(さんだいめ)ですよね」


「うん。よくわかったね」


「三年(ねん)くらいまえに、代替(だいが)えしましたよねっ」


「うん」


 院長(いんちょう)先生(せんせい)は感心(かんしん)した声(こえ)でうなずいた。


 病院(びょういん)は十時からだからだろうか。先生はFにのんびり、それからの質問(しつもん)にも応(おう)じてくれる。


「先生。まえまで二人(ふたり)で病院(びょういん)やってましたよね」


「うん」


「でも、十年前(じゅうねんまえ)に奥(おく)さん行方不明(ゆくえふめい)になってから、ひとりなんですよね」


「うん」


「で。三年まえ、『もうみつからない』ってんで、奥さん『死亡』あつかいになったんですよね」


「七年(ななねん)でそうなっちゃうからね」


「でも、ほんとは居ますよね」


「どこに?」


「ここに」


 F(エフ)は玄関先に立っているガイコツを指(ゆび)さした。


 ずっとずっと、三年(さんねん)も「自分(じぶん)の妄想じゃないか?」と我慢(がまん)していた想(おも)いをぶっつける。


「院内(いんない)に展示(てんじ)してある『寄贈品(きぞうひん)です。寄付(きふ)をかんがえているかたは、参考(さんこう)にどうぞ』っていうウィッグも、奥(おく)さんの毛ですよねっ」


「なんでそーなるの」


「だーかーらー」


 Fは砂(すな)を嚙む思(おも)いがして、「だあーっ!」と自分の頭(あたま)をかきむしった。


「先生は十年前(じゅうねんまえ)に、奥さんを殺したんですよ。食べちゃったんです。けど、おれたち近所(きんじょ)の住人(じゅうにん)は、先生たちが仲(なか)よしなのよく知ってたし、まさか先生がそんなことするなんて思ってもみないから、本気(ほんき)で奥さんがいきなり『消えた』って思った。誘拐(ゆうかい)とか、なんなら自殺かもってウワサも立った!」


「あっはっはっはっ」


「笑いごとじゃないっすよー」


「それで?」


「肉とか脳(のう)とか内臓(ないぞう)は、まあもう先生の血肉です。でも、髪(かみ)と骨(ほね)は残(のこ)った。それをさっき言ったみたいに、模型(もけい)やか(・)つ(・)ら(・)にして、先生はいつも通(どお)り院内(いんない)にかざっていた。まえからあったのと交代したんすよ。――ああっ。どうしてもっと早(はや)くに訊くことができなかったんだろう」


「よくわかったね。警察も気づかなかったのに」


「毎日(まいにち)みてますからね。おれは」


 院長(いんちょう)先生は、にこりともせず言った。


 住宅街(じゅうたくがい)の道路を歩いているひとたちは、朝(あさ)っぱらから大声(おおごえ)でわめいているFを、一回(いっかい)だけびっくりした風(ふう)に見(み)る。それからすぐに、手元のスマホに意識をもどす。


「やっぱり、おれのかんがえは合(あ)ってたんですね」


 Fは「ふーっ」と肩からちからを抜(ぬ)いた。


「すっきりしたからもういいです。じゃあ、おれはバイトあるんで」


「通報(つうほう)しないのかい」


「自首(じしゅ)をおすすめします。にしても殺した後(あと)もいっしょにいるだなんて、やっぱり仲(なか)はよかったんですね」


「そこまでの愛(あい)はないよ。骨(ほね)や髪(かみ)を置(お)いていたのは――あえて言うなら、『癖(くせ)』かな」


「クセですか?」


 院長(いんちょう)先生は、「きみも若いよなあ」と言って微笑(ほほえ)んだ。


「『もったいない精神(せいしん)』だよ。きみい」





 ※このものがたりはフィクションです。


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 読(よ)んでくれたかたや、感想(かんそう)や誤字脱字の報告を書いてくださったかたがた、ありがとうございました。


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