不思議な出会い。
『……』
紫子さんと初めて出会ったあの日から、ずいぶんと月日は流れ、ほぼ一年が過ぎた。
あれからは、たまに会うだけで、紫子さんがさっきナレーターで言ってたように、そんなに頻繁に会ってたわけじゃない。
うちの庭先でお昼寝したり、おやつを食べたり。
そんな小さな関わり方だったんだけど、ついこの前、この家に瑠奈さんがやって来た。
たった一人でいたボクの生活の中に紫子さんが加わり、それからまた瑠奈さんが入ってきた。それまでは、あっさりした関わり合いは、段々と賑やかになったんだ。
ボクは 独りっきりになるようなことはなくなって、二人と過ごすことが多くなってきた。
けれどだからって、ボクがへんな猫ってことには変わりはない。
──ごはん、食べていかない?
『……』
だから、そんなことを言われたのは初めてで、正直返事に戸惑った。
……いやその前に、人の家に上がったのも、盛誉とすごしたあの四百年前以来なかったことだ。
『……』
ボクは紫子さんと瑠奈さんの家に入るとすぐに、辺りを見回した。どうも落ち着かなかった。
ボクの家とも盛誉のお寺とも違う。
白っぽくて優しくて、ポワポワしていて、それでいてなんだかいい匂いがする。
紫子さんと瑠奈さんは一緒に住んでいるらしい。
もともと親戚かなにかみたいで、家事のできない紫子さんを心配した瑠奈さんが、無理やり住みついた……って紫子さんは言っていた。けれど、実際は違うんじゃないかと、ボクは踏んでいる。
ボクの家の庭先で、ずっと粘っていた紫子さん。
そんな紫子さんは、ハッキリとは言わないけれど、結構、寂しがり屋さんなんだと思う。
誰かがいないと心細くなるし、誰かが一人でいると放ってはおけない。紫子さんはそんな人だ。
だから瑠奈さんが そばにいてくれて、きっと紫子さんは、ホッとしたに違いない。
柔らかい色のカーテンと、可愛らしい家具の数々。
それからコロンと転がる丸いクッションの上には、ボクが作ったカカシが一つ。
『……』
ボクが以前作ったそれは、ホンワカした雰囲気のこの部屋には、ちょっと似つかわしくない。
けれど、このヘンテコなカカシでも、ここでは大切にされているのだと思うと悪い気はしない。
──『あんなのでも、大切にしてくれるんだ……』
金色にギラリと光るその瞳が、まるでボクを睨んでいるみたいで、なんだかとても居心地が悪くて、おしりがモゾモゾする。
どうしよう? お呼ばれなんて、初めてなんだ。
だいたいこのナリなんだよ? たくさん食べるに決まってる。食べてるところを見られて、怖がられたらどうしよう?
ボクは悩んだ。
あぁ、早く帰りたい……。
こんなことになるんだったら、やんわりと断ればよかったんだ……。
そんなことを思いながらモジモジしていたら、紫子さんが『これ、貸してあげる』と言って、一年前にボクが作った そのカカシを差し出してきた。
ギュッと抱きしめると、安心するよって言って。
『…………』
あ、うん。
でも……これ、そーゆー風に使うんじゃないんだよ?
相手を威嚇するために作ったんだけどね。だってこれ、『ぬいぐるみ』じゃなくて『カカシ』だし……。
だけどボクは無言でそれを受け取って、ためしにギュッと抱きしめる。
『……』
カカシは、かすかにボクの家の匂いがして、抱きしめるとホッと心が落ち着いた。
……あぁ、これじゃあカカシ失格だ。
紫子さんが『ぬいぐるみ』って言ったのも、わかる気がする。
あぁ……でも、なんでこんな事になったのだろう?
本当は、誰とも関わらず、静かに過ごすつもりだったんだ。それなのに、どうしたことか、このありさま。
『……』
ボクは、ぬいぐ……じゃなかった『カカシ』に顔をうもれさせ、考える。
全ての原因はあれだよね。
……つまり、紫子さんには、ボクの力が効かなかったってことだ。
ボクがあの時見つかりさえしなければ、こんな事にはならなかった。
紫子さんがボクを見かけなければ、未だにボクは独りきりだったはずだ。
紫子さんには ありのままのボクが見えていた──。
力がなくなったわけじゃない。
多分他の人には、ボクは今まで通り認識されていないハズだから。
だって他の人にも見えていたのなら、きっと今頃、大騒ぎになっているはずだもの……。
だけど、そうはなってはいないから、ここは『紫子さんだけが特別』なんだろうって思う。
何故、そうなっているのかは分からない。
けれどそれは事実で、疑いようもない。
そもそも、ボクは買い物に出る時には、より気合いを入れて隠れていた《・・・・・》。それなのに、見えていたって言うんだから、それはそういうこと……なんだと思う。
結果、ボクは紫子さんと瑠奈さんのそばにいる。
それが良かったのか悪かったのか……だけど、きっと盛誉なら、素直に喜こんでくれたに違いない。
──玉垂が幸せなら、それでいい。
盛誉なら、そう言う気がした。
……そんなの分かってた。
ただボクが、素直になれなかっただけだ。
『……』
それだけじゃない。紫子さんには、まだ不思議なところがある。
紫子さんは、ボクの話している事が理解できているんだ。
瑠奈さんには、猫の鳴き声にしか聞こえないみたいなのに……。
こんな不思議なことは、四百年生きてきて、初めてで、ボクは戸惑った。
今までたくさんの人たちに出会ったけれど、ボクに 関わろうとする人間はいなかったし、紫子さんみたいに しつこい人はいなかった。
だからなのかな? ボクの名前が分かったのは。
紫子さんには、もしかしたら不思議な力でもあるのかな?
それとも、──
──それとも紫子さんは、盛誉の生まれ変わりなのかな!?
『……』
いや……ダメだ。
そうやって期待すると、違った時にすごく傷つくのは目に見えている。絶対に期待しちゃダメだ……。
……そう、自分に言い聞かせた。
でも、いくら考えても分からない。
そうじゃないとしたら、いったいぜんたい紫子さんのこの状況は、何なのだろう?
どう考えてみても不思議だったから、ボクはウジウジ考えるのはやめて、思い切って紫子さんに聞いてみることにした。
──『……なんで、ボクの名前が分かったの?』
って。
そしたらね、紫子さんは、フフと笑った。
──違うのよ。
だってほら、玉垂は表札を出しているじゃない?
そこでボクはハッとする。
そういえばボク、家の門のところに、自分の名前、出していたんだっけ。『玉垂』って。
『……』
分かってみるとそれは謎でも何でもなかった。
あっけなく解けてしまったその事実に、ボクはガッカリする。
……なんだ、もしかしたら盛誉の生まれ変わりなのかもって思ってたのに。
少し、……残念。
期待しないようにって思ってはいたけれど、心の奥底では浮かれてた。
きっと紫子さんは、盛誉なんだって。
ずっとずっと探し続けていた盛誉の生まれ変わりなんだって。
『……』
ボクは耳を伏せた。
……あぁ心が、痛い。
紫子さんには、いつも恥ずかしいところばかり見られてしまう。
出会ったあの時は不覚にも泣いてしまったし、表札を出しているのにもかかわらず、『なんで名前、分かったの?』なんて、おマヌケな質問までしてしまった。
……それにさ、こんなにも優しい紫子さんなのに、追い出そうとしてしまったり……。
『……っ』
ボクはギュッと、自分のシッポを抱きしめた。
今までしてきたことを後悔した。
きっと傷つけた。
なんでもない風を装ってはいるけれど、きっと紫子さんは傷ついたに違いない。
……それなのにボクを責めもしない。
ただただ優しくボクを包み込む。
──ずっとずっと一人で寂しかったでしょ?
って微笑んで。
──これからはずっと、お友だちでいましょうね。
って。
『……』
こんなにヘンテコな猫なのに。
普通ではありえないほど長生きしてて、妖怪みたいなボク。
だけど『力』なんてほとんどなくて、なんの役にも立たないボク。
『人間なんて嫌いだ!』
だなんて、叫んでる、変な猫。
嫌われたってしょうがない。けれど紫子さんも瑠奈さんも、そんなの気にしないって言ってくれた。
──『玉垂は、玉垂だから、大好きなのよ』
そう言って、いつもいつも微笑んでくれたんだ。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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