『ラッパの音色』
「あのラッパの音には、人間を変異させる力がある」
「へ、変異・・・・・・?」
ハシモトの言葉に思わず耳を疑った。
「そうだ。通常の人間とは一線を画した力や性質を持つようになる。常人には成し得ないような力だ」
「お前の息子もそうなのか?」
ハシモトは目を伏せ、力無く頷いた。
「あぁ。残念ながらそうらしい」
「待てよ。日本全国民、お前だって、お前の奥さんだって、今ベースメントに居る人間は全員ラッパの音を聞いてるだろ。なんでお前の息子だけなんだよ」
俺の問いに、ハシモトは目を伏せたまま答える。
「それだけじゃない。原理はよく分からんが、あのラッパの音は世界中に響いてる。つまり世界中の人間の耳に届いているんだ。そんな世界中の人間の中でもごくごく僅かな人間にしか変異は起きていない」
「・・・・・・じゃあ実際どれくらいの人間が変異したんだ?」
ハシモトが虚ろな目で顔を上げた。
「確認できているのは世界でたったの9人だ」
――――――!!!
・・・・・・たったの・・・・・・9人・・・・
世界の人口は何十億人と居たはず・・・・
その中の・・・・たったの・・・・・・・9人・・・・・
「・・・・・・そこに、お前の息子も・・・?」
ハシモトはまた目を伏せ、答えなかった。
代わりに時間差でゆっくりと頷く。
「・・・・・・・・・」
重い沈黙が両肩にのしかかる。
『どうして息子が』と叫号していたのはそのせいだったのだ。
世界でたったの9人。
宝くじよりも途方の無い確率の悪運を、ハシモトの息子は引いたのだ。
そりゃあ気が狂うだろう。
寧ろ、ハシモトはよくここまでまともな人間に戻れたと思う。
しかしここでポツリと疑問が湧いた。
「他の8人も、お前の息子と同じような状態なのか?」
変異が全てあんなものだとすれば、世界は混乱に陥る。
動画を見ている様子では、あの怪物は生身の人間で太刀打ちできるようなものではない。
ハシモトは歯を食いしばり、首を振った。
「いいや、他の奴らはまた違う。俊は怪物のようになってしまったが、他の8人は人間の形を保ち、狂った者も居れば不思議な力で政府と共に活動している者もいる。これ以上は聞き出せなかった」
「不思議な力?」
「そうさ。俊は刃物のような腕を持ち、異常な腕力を持つ生物になった。同じように、強力な力を自在に操れるようになった人間が居るんだ」
ハシモトはそこで口を閉ざした。
「おい、それだけじゃあどんな力か分からないだろ」
「俺も聞かされていない。ラッパの音で変化する人間を知っている時点で国家機密を犯しているんだぞ。そんなに詳細に知りたきゃ自分で調べるんだな」
「お前そんな無責任な奴なのかよ!なんだよ勝手にトラウマ動画を見せて国家機密を喋り出して挙句の果てには中途半端な知識だけ植えつけやがって!お前が何したいのかさっぱり―――」
「だから俺の息子を殺して欲しいだけだ!!!!!!」
ビクッ――――――!
突然の怒号に俺の言葉は遮られた。
ハシモトは続ける。
「すまん、俺も自分の中で答えが出ないんだ。ただ、俊があんな姿になり、妻を殺したのは絶対的に不本意だ。俺は俊を苦しみから解放してやりたい。あの『バケモノ』という姿の檻から、さめて魂だけでも助け出してやりたいんだ。ガイジン、お前の戦闘におけるセンスと感覚は天下一品だ。お前がそこらのゴロツキをやっている頃から、俺はお前に目を付けていた。もう一度来るあの日の為にな――――――」
ハシモトは立ち上がると、窓へ歩み寄った。
「――――――もしラッパの音が、また鳴るのなら、人間の変異もまた起こるはずだ。それが誰に起こるかは分からない。私かも知れないし、お前かも知れない」
ハシモトは振り返り、俺を見た。
「ガイジン。もしお前にその変異が起きたら、息子を探し出し、殺して欲しい」