『残酷なビデオ』
残酷なものにはある程度慣れているつもりだ。
人間を殴って殴って、殴りまくって血みどろにしたことがある。
向こうが喧嘩を売って来たのだ。
相手は死にはしなかったものの、顔は原型を留めぬほどに腫れ上がり、腹や胸からは蛇口を捻ったように血が溢れ出ていた。
確か指も何本か千切った気もする。
そんな経験を何度かしていたから、ハシモトの「残酷だ」というこのビデオにもさほど怖いという感情は湧かない。
ただスプラッタになっているビデオなら大丈夫なのだが。
俺はリモコンのボタンを押した。
『パパーッ パパパパ―ッ』
止まっていたラッパ吹きが動き出す。
すると、空が徐々に赤くなっていった。
ポツリポツリと、小さ何かが空から降って来る。
それは赤い炎だった。
赤い炎に混じって、硬い何かも降っていた。これが黙示録にあった『雹』なのだろう。初めて目にした。
ビデオの中のハシモトと奥さんは叫び声を上げ、たじろいでいた。
『とりあえずここを離れよう。きっと安全な場所がある』
『何なのよこれ!——っ!そう言えば俊!俊は今どこにいるの!』
『何してるの?』
母親の声とは裏腹に、異常に落ち着き払った男の子の声がする。
ビデオカメラが声のする方にカメラを向けた。
そこに映っていたのは野球服を泥まみれにした少年、俊だった。
きょとんとしたまま、リビングの入口に立っていた。
『俊、無事だったのね!』
ハシモトの妻が、半泣きで俊の元に駆け寄った。
『あ、ちょっと待って、イヤホンしてた』
なるほど、俊が外のラッパの音に気付かなかったのも、外から帰って来る道中イヤホンをしていたからなのだ。
イヤホンを外した俊は、怪訝そうな顔をした。
『このラッパ、誰が吹いてるの?』
少年が母親と、ビデオを回しているハシモトの方を交互に見る。
2人が吹いている訳ではないと分かると、俊は音のするベランダの方へ近寄って行った。
『俊!離れなさい!ここから逃げるぞ!』
ビデオを回しながら、俊がベランダから外を覗こうとするのをハシモトが体で通せんぼする。
しかしラッパ吹きは彼の目に入ってしまった。そして今起きている悲惨な現状も――
『な、なにがおきてんだよ・・・アッ――』
俊は突然頭を抱えて蹲った。
『俊!俊!?』『どうした、俊!』
映像がカクンッと下がり、床を映して横になった。
どうやらハシモトがビデオを手放したようだ。
しかし映像は、辛うじて3人を捉えていた。
端に映ったハシモトと奥さんは、2人で俊を揺さぶったり抱き着いたりして落ち着かせようとしていた。
『あああああああああああああああああああああああっ』
しかしそれは徒労に終わっていた。
俊は床を転がり、苦しさから叫び声を上げてのたうち回る。
近くにあった観葉植物が、転がり回る俊とぶつかり音を立てて倒れる。
土が零れ、健やかに育っていたはずの大きな植物は床に寝そべり、枝はいくつか折れてしまった。
直後、俊は静かになった。
奥さんは泣いていた。どうしようもできず、俊がのたうち回るのを願うように。
ハシモトは俊を抑えようと必死に追いかけていた。
俊が止まったと分かると、ハシモトは俊から身を離し、『俊?』と語りかけていた。
それも束の間、俊の体が激しく痙攣し始めた。
『俊!?しっかりしろ!!―――!!!』
俊を抑えようとしていたハシモトだったが、何かに気付き身を離した。
立ち上げり、一歩ずつ、何かを恐れて下がっていく。
代わりに奥さんが俊に駆け寄った。
『ハナ!!離れろ!!』
彼女にハシモトの言葉は届いたのだろうか。
ハシモトの手が彼女に届く前に、彼女の首は、宙に飛んでいた。