初恋の人の隣には、いつだってその幼馴染がいた
『ずっと一緒にいた幼馴染は、どうやら僕とは付き合わないらしい』のサイドストーリーです。
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私には好きな人がいる。
彼は目立つタイプではないけれど、いつも落ち着いていてとっても優しい。
男の子達にも一目置かれていて、頼りにされている。
気づいた時には惹かれていた、好きになっていた。
でも、私の初恋が実ることは無い——あっけなくそれを気づかされたのは、廊下で彼女が名前を呼ぶ声を聞いた、あの瞬間だった。
中学生になっても、男の子達は変わらない。
掃除の時間、真面目にやってと何度もいったけど聞いてくれなくて、ずっと騒いでいる。
悪ぶって、カッコつけて本当にダサい。
たぶん、同じ掃除のグループにいる桐谷さんの気を引きたいんだと思う。
確かに、まるで妖精みたいな、幻想的な美しさを持つ彼女と仲良くなりたいのは分かる。
でも、彼らが全く興味を持たれてないのは一目瞭然で、それこそ、一瞥すらせずにいつも淡々と掃除を続けているんだからそろそろ気づいて欲しかった。
本当に男の子はバカだ。彼女が見ているのは噂の彼だけなんだから、早めに諦めたほうが得だと何故気づかないんだろう。
「はぁ。桐谷さんは一切悪くないんだけど……なんだかなぁ」
校舎裏のコンテナにゴミ袋を捨てた後、つい独り言を呟いてしまう。
「どうかしたの?」
「え?」
「二組の山下さんだよね?ごめんね。聞こえてきちゃって」
そこには、同じくゴミを捨てに来たらしい五組の丸山君が立っていた。
しまった、と思うも時既に遅し。
聞こえた相手が悪かったと自分の運のなさを嘆いた。
「あ、えと、その……ごめんねっ!桐谷さんが悪いわけじゃないの」
渦中の相手の片割れ。
仲のいい相手への発言に、気を悪くしたかなと顔色を伺う。
「それはいいんだ。ただ、何か困ってるなら力になりたいなと思って」
もしかしたら、これは嫌味なのかもしれないと一瞬疑った。
でも、そこにあったのは包み込むような穏やかな笑顔で。
純粋にそう思ってくれていることが、自然と伝わってくる。
「……別に、大したことじゃないの。桐谷さんもぜんぜん悪くないし、丸山君にも関係ないの」
「よかったらで大丈夫だよ。言いにくいことなら、それでもいい」
こちらが話しやすいよう、それでいて、断りやすいよう尊重してくれる。
丸山君は、つい何でも話してしまいたくなるような、そんな人だった。
「……ほんとに大したことじゃないんだよ?」
「それでもいいよ。もしかしたら、愚痴を言うだけで気が楽になるかも」
「……それなら…………話すだけ話してみようかな」
後で思い返すと、怒りが再燃してきてしまったこともあって支離滅裂な部分も多かったかもしれない。
でも、彼はずっと穏やかな顔で、私が気持ちよく話せるような合いの手を入れながらしっかり聞いてくれた。
「話してくれてありがとう。本当に頑張ったんだね」
「そうなのっ!でも、ぜんぜん私達の言うことなんか聞いてくれなくて」
「それはひどい」
「でしょ!もう、ほんとに怒れちゃう」
肯定してくれる。
ただそれだけで、なんだか嬉しくて、元気になれる。
まだ怒っているのは確かだ。
それでも、先ほどまでの暗い気分はもうどこかに行ってしまっているようだった。
「丸山君、ありがとう。すっかり元気になっちゃった」
「それならよかった」
陽だまりのような優しい笑顔。
みんなに慕われているのも当然だと、納得する。
そして、もう少しだけ頑張ってみようかと気合を入れようとした、その時。
「力になれるかは分からないけど、小学生から知ってる子もいるからちょっと話してみるよ」
既に誰かの顔が思い浮かんでいるのかもしれない。
記憶を辿るように目線が少しだけ上を向き、何か得心がいったのか、何度か頷くと丸山君がおもむろに立ち上がった。
「え……そんな。うちのクラスのことなんだし丸山君に悪いよ」
「大丈夫。僕がやりたくなっただけだから」
「……でも」
「いいんだ。もし、力になれなかったらごめんね」
私も慌てて立ち上がり、一緒に教室の方へと歩いていく。
全く自分に関係がないことを、それでも力になってくれようとする丸山君。
そして、その気負わない様子が、穏やかながらも頼もしさを感じさせた。
「……うん。それでも助かるよ」
「決まりだね。じゃあ、ここで」
「え……あ、うん。いろいろありがとう」
気づくと、私のクラスの前。
名残惜しさを感じるも、引き留める理由は当然なく、その去っていく背中を見つめることしかできない。
(…………丸山陽人君、か)
クラスの男の子達とはどこか違う。
また話せる機会があるといいな、となんとなく思った。
丸山君と話した数日後。
何故だか男の子達が熱心に掃除をするようになっていた。
それこそ、机運びや雑巾がけ、そういったことを私たちが手伝おうとするのも嫌がるくらいに。
「急にどうしたんだろうね?」
「ほんとだよね。山下さんが何か言ったの?」
「……私は、何も」
「そうなんだ。でも、まぁ、別にいいよね。やってくれるなら」
女の子たちのみんなが不思議に思うも、藪蛇になっても嫌だと誰かが理由を尋ねることはしなかった。
でも、私はその理由をほんの少しだけ知っている。
何をしたかはわからない。ただ、丸山君が関係していることは確かだった。
終礼の後。
部活に行く前に五組の方へと急ぐ。
そして、階段の方へと向かう背中を見つけると、呼び止めるために息を吸った。
「丸山君っ!」
思った以上に大きく響いた自分の声に、周囲の視線が一斉に集まる。
恥ずかしくなって、小走りに近づいていくと、丸山君は驚いた顔で立ち止まっていた。
「山下さん?どうしたの急に。何かあった?」
「はぁ、はぁ。丸山君の姿が見えて。今日、男の子達が掃除ちゃんとやってくれたから、伝えたくて」
足早に話し、息を整える。
丸山君が部活に入っていないことは知っていた。
帰ってしまう前に、ただこれだけは伝えておきたかった。
「ああ、そのことか。それなら良かった」
「本当にありがとう」
「気にしないで」
「……男の子達に何て言ったの?」
気になっていた疑問を投げかける。
あれだけ言ってもやらなかった彼らが、なぜやってくれるようになったのか。
嫌々やっているわけではなさそうな様子が余計に不思議だった。
「少し、遊び心が湧くように言っただけだよ。力を競う机運びとか、スピードを競う雑巾がけとかね」
「そんなことで変わるの?」
何か魔法のような方法があるのかと思った。
丸山君なら、何ができてもおかしくないと。
でも、気の抜けたような回答に、拍子抜けする。
「みんな競うのが好きだから。そこに目的さえあればやってくれるものなんだよ」
「そう……なのかな?」
「牛乳の早飲み、寝てない自慢。そんなの、山下さんも見たことない?」
「……そういわれると、たしかに」
「男の子って、子どもなんだ。きっと、女の子が思うよりも、ずっとね」
「ふふっ。そうかも」
箒を振り回して、黒板消しを無駄に叩いて。
どうしてこうなのかと、ずっと思っていたことがすとんと腑に落ちる。
「でしょ?」
「……うん」
でも、だからこそ、そう話す丸山君が同じだとは到底思えなくて。
そのどこか大人びた表情に、胸がキュッと締め付けられて、鼓動が早まっていく。
「そ、そういえば。丸山君は部活入ってないんだっけ?」
「うん。帰宅部のエース」
「あははっ。エースってあるんだ」
「終礼のチャイムにあわせて盗塁王も真っ青な動きをしてるよ」
「えー、ぜんぜんイメージできない」
動揺を誤魔化すように歩き始めた体。
一緒に階段を降りながら、話題を繋げる。
ただそうしてるだけの時間が、とても心地よかった。
「何か予定があるの?」
「ううん、特には。単純に早く帰りたいだけ」
「じゃあ、今日もこれから帰るんだ」
「そうだね。ただ、花音が職員室に呼ばれたから、迎えに行ってからかな」
でも、その名前を聞いた瞬間。
現実に引き戻されたかのように、火照った体がゆっくりと冷えていく。
「…………やっぱり、桐谷さんと付き合ってるの?みんな噂してるけど」
そんなこと私には関係ないはずだ。
ただ、それでも私は答えが欲しいと思った。
先ほどまでの浮ついた気持ちと、今感じている焦燥感。
それが何なのか、なんとなくわかってしまったから。
「付き合ってないよ。ただ、幼馴染ってだけ」
「そっ、そうなんだっ!…………じゃあ、お礼に今度――」
「陽人」
天国と地獄。
望んだ回答に舞い上がって、お礼も兼ねてどこかへ行こうと誘う寸前。
後ろから、凛と澄んだ声が響いた。
枝毛の全くない艶やかな髪、パッチリとした二重、日焼けのない白い肌。
そこには、彼女がいた。
私と似ているところなんか、一つも見つけられなような彼女が。
「おかえり、花音」
「ん」
——ああ。そういうことか。
二人だけの、もっと短くて、もっと親密な言葉のやり取り。
長い年月が作り上げた、私には絶対に入り込めない空気。
知ってた。知ってたのに。
「……桐谷さん」
呼ぶつもりは無かったのに、つい彼女の名前が口から漏れ出る。
そして、それに反応した彼女がこちらを振り返り、全てを見透かすような碧い瞳が私を射抜く。
「なに?」
きっと、そこに特別な感情はない。
責めているつもりも、勝ち誇っているつもりも、きっと。
それでも私には、後ろめたさや、いたたまれなさが入り混じった感情が次々にこみあげてくる。
「……ううん。何でもない」
「そう?」
「ごめんね」
何も謝ることなんてないのに、思わず謝罪の言葉が口を出る。
陽人君の方を見る余裕はもはや微塵もなかった。
「何が?」
「……ごめん、本当に何でもないの……じゃあ、私部活いくから。またね」
「部活頑張ってね」
「また、明日」
独り言のように呟いて、足早にその場を去る。
私は逃げ出したのだ。勝てない、と心の底から思ってしまったから。
「陽人、帰ろう」
「そうだね。でも、ちょっと襟が崩れてるよ?ほら、じっとしてて」
後ろから仲の良さそうな二人の声が聞こえてきて、あっという間に私の初恋が終わったことを理解する。
でも、男の子達のように諦めずにまた挑戦することなんてできそうもない。
だって——私は最初から、間違った道を歩いていたのだから。
彼女が長い年月をかけて積み上げてきたものを、歩き始めたばかりの私が追いつけるはずがない。
後ろから聞こえてくる二人の声が、遠ざかっていく。
私は振り返らずに、ただだた廊下を歩き続けた。




