90.魔力の相性
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「まだ気持ち悪いか?」
頭を撫でられる感覚に意識を戻し、顔を上げる。頭皮を掠める指は温かく、優しく。息を吐いて、それから少しだけ目を伏せる。
息もしやすいし、今なら自力で歩くこともできるだろう。目眩もないし、受け答えもできる。
「……少し、だけ」
だが、それは全て無理を通せばだ。エルドが近くにいる今、我慢をする必要はない。それに、繕ったところで彼には気付かれてしまう。
咎められる光景はありありと浮かんで、素直に口に出せばもう一度頭を撫でられる。
まるで親が子を撫でるようで、だけど少し違う感覚。嬉しさと恥ずかしさが混ざり合い、勝つのは胸を満たす柔らかさ。
「いい子だ。まぁ、祝福が身体に合わなかっただけだから、もう少し休めば楽になるだろ」
見ていないのになぜわかるのか問うのは億劫で、魔力の流れを感じ取ったのだと自己解釈を済ませる。
声に出すのは、それでも晴らせない疑問だけでいい。
「で、も……僕には、加護がない、のに」
加護がなければ、見守ってくださっている精霊もいない。だから、相性なんて関係ないはずだ。
あるいは、その精霊が間接的にでも加護を与えるのを嫌がったか。
それほどまでに嫌われている、なんて言われたって納得してしまう。だって、ディアンは加護なし。二度目の洗礼だって、きっと誰からも祝福はされない。
「加護がなくたって相性はあるだろ。あー…………お前が受けたのは、簡単に言うと魔力による干渉だ」
「……魔力の、干渉?」
「治癒魔法と一緒だ。自分の魔力を流し込んで、相手の自己治癒力を補助してやる。さすがに祝福にそれだけの効力はない。まじないの域だから誰にでも使えるし、本来ならここまで身体に表れることもない」
ほら、と当てられた頬から体温とは違う温かいなにかが流れ込んでくる。柔らかな光が全身を包み込む錯覚は、この部屋で彼女から与えられたのと似ていて、それよりも大きい。
不快感はなく、微睡むような感覚が少し強くなる。相性、という話は間違いではないようだ。
「できるとしても、相手の体調を整えたり気力をわけてやるぐらいだな。だから、精霊の相性というよりはその相手の魔力との相性になる。で、お前の場合は魔術疾患の関係でより影響を受けるようになっている」
「えっと……」
「原理的には妨害魔法も治癒魔法も、悪意の有無に関係なく同じ魔力による干渉と変わらない。治癒魔法の場合は自己免疫力に接触しているわけだが、それは元より本人が持ち合わせているのに力添えをするから発作は出ない。だが、今回の場合は本人が持っていないものを渡そうとしたわけだから発作とまではいかなくとも影響は出た」
ここまではいいかと問われるも、納得できるようなできないような。でもエルドがそう説明するならそうなのだろうと、理解が追いつかないまま動かした首は弱い。
「あー……水と油を混ぜようとしても無理だってことだ」
「……いきなり極端にならないでください」
「じゃあ、子犬の群れの中に猫を放り込んだようなもんだな」
それもどうかと目を細めれば、他になんて言えばいいんだと逆に呆れられる始末。これで本気だというのだから、本当にどうしようもない。
「ともかく、お前が障壁を張ろうとしてもできなかったのは、与えられた魔力に身体が馴染まなかったせいだ。それが抜けきれば問題ない。さっきので言えば、猫を追い出せば興奮した子犬も落ち着くってところだ」
頭の中でもみくちゃにされた猫の悲鳴が聞こえるが、そんな和やかな状況ではなかったし、絶対になんか違う気がする。
とはいえ、今の頭ではそれぐらいがちょうどいいのかもしれないと、微妙な顔のまま頷くもあまりスッキリしないのは毛玉の幻覚のせいか。
「疾患さえ治れば祝福も普通に受けられるようになる。とはいえ、やりすぎても貰いすぎても身体にはよくないからほどほどにな」
「こんな風に、なるからですか?」
「それもあるが、色々な。中にはそれを利用して暗示にかかりやすくするやつらもいる」
「……暗示?」
祝福なのにと、聞き返せば小さくすくめられる肩。無知なディアンを笑うのではなく、悪用されている事実そのものへの反応だろう。
「不快感は魔力に馴染まないからだが、それを超えると影響を受けやすくなる。妨害魔法とか、それこそ極端に言うと洗脳とかな。まぁ、大抵は見世物小屋で魔物に芸を仕込む際に用いられるのがほとんどだ」
「……人間相手は、ないんですか?」
「今みたいなのが何度も続けば不快感で気付くだろ。長期間相手に気付かれないようになんて、それこそ常人にできるもんじゃない」
それは期間の長さからか、あるいは不快感の程度を調整するのが難しいからか。
突き止める気はなく、めったに起こらないということだけを胸に落とし、最後にもう一つ浮かんだ疑問を口にする。
「あなたでも?」
苦笑が消え、唇は閉じる。落ちた瞳は怒りでも戸惑いでもなく、もっと違う感情。
読み解く前に一つ瞬き、合わさった薄紫にはなにも滲まず。
「……それ以前に、したくない、だな」
ク、と漏れた声はなにに対してだったのか。それこそわかることはなく、手が離れた頬の温度は少し冷たく。
「魔力が多いもののそばにいると自覚無く影響を受けるもんだが、そういうのは自然物が大半だ。人間相手ではめったにないから安心しろ」
少しでもおかしいと思えば離れればいいと使えるかわからない助言もついでに落とされても、胸に刻むにはまだ心臓は落ち着かない。
一瞬だけ見えた、見慣れぬ光は瞬いても消えず。
「……あの」
掻き消すためにできるのは、言葉を紡ぎ続けることだけ。
「どうした?」
されど言葉は続かず、催促されても閉ざしたまま。なにを話せばいいか迷い、彷徨う瞳がタペストリーを映す。
違和感を抱いた一枚。精霊に嫁ぐ場面を描いたそれ。なぜ彼らが泣いているように見えるのか、エルドならわかるだろう。
聞けば答えてくれる。そう理解しているのに胸のざわめきがそれを許さず。結局、言葉は詰まったまま。
「ぼ、くは、その……ずっと王都で過ごしていたので、わからないのですが」
「おう」
「と――っ、ヴァン、ギルド長は、」
不自然に止まった言葉に、催促の声はなく。なぜ、こんなことを口走ったのかと己の正気を疑う間もなく。
聞いてもしかたないと理解しているのに、出た言葉は戻らず。抑えられぬ疑問を飲み込むことなど、それこそ。
「……民に、は、し……慕われて、いないので、しょうか」
返答を待つ、その一瞬がまるで永遠のようだ。温まっていたはずの手先が冷え、鼓動が嫌な音を立てる。この距離では気付かれてしまうだろう。
聞かなくてもよかったはずだ。気になったとしたって、そんなこと。知ってどうする。知って、どうなる。
もう関係のない男だ。もう二度と会うこともないのに。会うつもりもないのに。
気にしてはいけないと理解している。違う、これもそう思っているだけなのか。
――未練が、ある?
否、否。違う、それだけは違う。あの家を出ると決めたのはディアンだ。あのままではいけないと決断したのは、他でもない自分自身。
残っていたって騎士にはなれない。父の望む将来など歩めない。妹への違和感を抑えつけ、いつかなにも感じなくなる、そんな存在になんてなれない。なりたくない。
ここまで来たことを後悔などしていない。辿った道が最善とは言えずとも、その選択だけは間違っていない。間違っていないはずだ。
だから、もう彼のことなど。父親のことなど知ったところでなにも、なにもない、のに、
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