77.深夜の治療会
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光は途切れることなく、教会内部を照らし続けている。
幸いにも重傷者は少なく、ほとんどが軽傷から中傷。痛がってはいるが、歩けないほどではなく。肩を貸せば立ち上がれるのが多数。
彼らによって形成された二つの列の先頭。分担して作業に取りかかっているのは、ミルルと呼ばれた少女と教会のシスターだ。
彼女たちも疲れているはずだが、それを顔に出すこともなく。問いかけ、励まし、黙々と治療を施す姿はまるで精霊から遣わされた使者のよう。
もう一人の……ディアンたちがあの水を飲ませたほうのシスターは、まだ魔法を使うまで回復はしきっておらず。治療を終えた者たちへ物資を配り、様子を見て回っている。
一番優先すべき重病人は、エルドが重点的に。本来なら複数人で行うべきだが、本人の申し出と逆に邪魔になるという判断で彼一人が行っている。
それでも、放出される光の量も、その治療速度も誰より優れているのだから、さすがとしか言いようがない。
彼の傍には司祭がいるが、補助ではなくこの惨状の原因を聞いているのだろう。盗み見た顔色はまだ少し悪いが……少なくとも、無理矢理立とうとしていた時に比べれば、まだマシに見える。
「ごめんなさいねぇ……こんなおばあちゃんの相手をさせて……」
……そして、治療魔法もまだ大して使えないディアンはすり鉢と格闘していた。
「いえ、気になさらないでください。……これぐらいで大丈夫ですか?」
申し訳なさそうな声に浮かべた笑みはぎこちなく、しかし、それは迷惑だったからではない。
列からもエルドからも離れた一角には、騒動の最中でも起き上がれなかった老婆と、先ほどまで倒れていた老人。そして、草を煎じるよう言われたディアンの斜め後ろに、あの青年の姿も。
会話の流れからして、彼らの息子なのだろう。久々の帰郷……とも言っていた気がする。
だが、それを確かめる意味はなく、手を動かすごとに香る特有の匂いに寄りそうになる眉をたもつ。
そうして潰された葉は元の形を失い、今では濃い緑色のなにかに変わっている。
煎じて飲むのか、それとも塗って使うのか。初めて見る薬草に対して、どう使うのかは彼女たちにしかわからない。
確認のために見せた中身に大丈夫と微笑まれ、持ち替えた匙でペーストをかき集める。
「持病があってね……その薬草が一番よく効くんだけど、この山の高いところにしか生えていないから、なかなか取りにいけなくてねぇ……」
「今日取りに行かないと無くなってしまうから、私が取りに行っていたんだ」
足も腰も弱っていると嘆く彼女に、先ほどまで倒れていた老人が寄り添う。彼の顔色もまだいいとは言えないが、会話程度なら問題ないのだろう。
「危ないから、行かなくていいって言ったんだけどねぇ……」
「そう言うわけにはいかんだろ。飲み忘れれば辛いのはお前じゃあないか」
「だからって、一人で行ったら危ないだろ! なんで依頼しなかったんだ!」
抑えているつもりだろうが、荒々しい声は必要以上に響き渡る。
思わず指を立て咎めれば、反論こそなくとも逸らされた視線はバツが悪い。
「見たらわかるだろう。こんな状況ではとても……」
確かめるまでもない。治療を終えた人間の顔は良くなっているが、それでも悲惨さは軽減されていない。
これだけの人数が負傷し、その治療が追いつかないなんて相当だ。
魔力が枯渇しかけても治療は続けていたのに。……本当に、なにがあったのか。
「改めて礼を言わせてください。本当に……ありがとうございました」
「主人が助かったのは、あなたたちのおかげです。ありがとうございます」
「……俺からも、親父を助けてくれてありがとう。それから、さっきは助けてもらったのに、悪い」
ようやく集めた薬を差しだすよりも先に、下げられた頭部に慌てて首を振る。
「いえ、僕はなにも! 礼ならエルド様にしてください。……あの、」
問うか、問わまいか。一瞬迷い、それから差しだしたのは器だけではなく。
「もしかして、上の食事処はあなたたちの……?」
「……あぁ」
同意ではなく、絞り出すようなそれに胸が痛む。
堪えるように俯き、それでも足りずに握られる拳の力は弱い。
「驚いただろう? あんな状態じゃ……せっかく来てくれたのに、すまないね」
「いえ。……その、ごめんなさい。中にあったテーブルを一つ、ダメにしてしまって……」
「ダメにしたのは奴らだろう。君が悪くないのはわかっている」
下がる眉尻は、むしろディアンを労るものだ。見ていなくてもわかると。ひどい目にあっただろうと。
誰よりも理不尽な目にあっているのは彼らのはずなのに。
「なぁ、一体なにがあったんだよ……」
彼にとっても、あの店は実家と同じ。その惨状こそ確認していなくても、重傷を負った肉親の姿と故郷の惨状に抱いた傷は計り知れない。
ディアンにもう戻る場所はなくとも、同情はできる。
深い溜め息は、老人と彼の息子と、どちらの口から出たものなのか。
「……少し前までは、こんな状態じゃなかった」
やがて、重々しく口が開かれる。そう前の話ではないはずなのに、今はまるで遠い昔のように。
「駐在するギルドももっといたし、店だってあんなに荒らされていなかった。魔物の数も落ち着いていたし……どうして、こうなったのか……」
「ああ、えっと……この町ではいくつかのギルドが交代で魔物の駆除に当たるようになってるんだ。定額支払われる代わりに、一定期間この地に留まる。で、期間が過ぎたら、また違うギルドと入れ替えっていう流れなんだ」
補足が入り、周囲にいる人数の多さに納得する。全員がギルドのメンバーではないにしても、通常の依頼がないのに留まる理由はそれだろう。
「入れ替えの頻度は?」
「早ければ二週間、大抵は一ヶ月。期限はないから、資金ができた奴から下りることが多いけど……」
「……あいつらも、三ヶ月前にそうしてやってきた」
憎々しげに呟かれる声。その感情が向けられる相手は問うまでもない。
三ヶ月前。あのダガンという男がここに来てから、少しずつ様子がおかしくなったらしい。
初めは、怪我人が少し増える程度だった。原因はわからないが、魔物がなんらかの影響で活発化しているせいだと深くは考えていなかったらしい。
実際に教会や同じギルドメンバーの治癒で回っていたし、命に関わるような怪我も負わなかった。
遭遇する頻度こそ増えたが、じきに落ち着くはず。だが、そんな予想は、日を追うごとに否定されていった。
魔物の数は増え、比例して怪我人も。そのうち登山道にも現れるようになり、おかしいと気付いた時には手遅れ。
今ではダガン率いるパーティだけがまともに動けるという状況で、ギルド支部は本来の役割を放棄している有様。
抗議しようにも証拠が無いとねじ伏せられ、打つ手も無いまま時間が過ぎ、いくつかのギルドは既に山を下りた後。
本来なら入れ替わりで来るはずのギルドも来ず、交代が止められていると気付いたのも先月のこと。
今こうして残っているのは、怪我の状態が酷すぎて回復を待っている者や、契約を切れずに残るしかない者ばかり。
まともに動けるメンバーで原因を突き止めようとしても、手に入るのは無駄な負傷と悔しさばかり。
「前は、ギルドに頼んで薬草を採ってもらっていたんだが……仕方なく奴らに依頼をしたら、後から依頼金が足りないと言い出して……」
「それで店を……?」
「金が無いなら物で払えと……どうすることもできず……」
震える声は悔しさと怒りからだ。ぶつける先はなく、わだかまった感情が瞳を濡らす。
大切にし続けてきた場所を、あんな者たちに踏みにじられている。……騙されたとして、納得できるはずがない。
「あの御方にまた出会えたのに……お礼もろくにできぬまま、また助けていただくなど……」
「……その、つかぬ事をお伺いしますが……エルド様とは、お知り合いなのですよね」
「知り合いだなんて、とんでもない……!」
首を振る否定は、嫌悪ではなく畏怖だ。見つめる先、まだ治療を続けるエルドを眺める瞳こそが、彼がただの存在ではない証明している。
「あの御方は、私たちの命の恩人なのです」
「命の……」
「――シアン」
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