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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第一章 始まり

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05.噴水広場

 ディアンの心境がどうであれ太陽は輝き、往来は賑わう。学園から離れるほどに賑やかになるのは、城下で最も広い市場があるからだ。

 道を駆け回る幼い子ども。籠を片手に話に花を咲かせる女性。木陰で読書に勤しむご老人。

 各々の時間を過ごす住民より道を占めているのは冒険者だ。

 老若男女、剣、弓、槍、杖。性別も年齢も違えば、持っている物も統一性はない。共通点があるなら、各々の目的の場所に歩いていることぐらいか。

 依頼帰りで腹を満たす者。これから仕事にかかる者。そんな彼らを呼び止める商人の声。そんな中、聞こえてきた水音で広場に来ていたことを知る。

 どれだけ重く感じる足でも、動かし続けていれば辿り着く。当然のことなのに驚いてしまうのは、それだけ思考していたからこそ。

 まだ人通りが少なくてよかった。これが夕方になれば、それこそ波に揉まれて転んでいたに違いない。

 そう思っている間にも、対面から来る男たちにぶつかりそうになり、慌てて身体を捻る。

 平均的な身長ではあるが、二メートルを超える集団の前では子どもも同然。見えないのも無理はない。

 旅人か、ギルドの構成員か。方向からしておそらく後者だ。

 見かけた記憶がないのも当然。この街だけで何十人と存在している彼らを、全員把握するのは同じ構成員でも不可能に近い。

 冒険者協会。通称ギルドと呼ばれる組織は、民によって運営されている。

 中には国外から来た者もいるだろうが、基本的には国ごとにあるもの。重要な案件では共同で任務にあたることもあるが、自国で解決するのが基本だ。

 住民や商人、時には貴族。重大な要件になれば国が絡む依頼を集約し、適性に応じて振り分けるのが主な役割。

 家事手伝いや薬草集めといった下働きのようなものから、護衛や警備、魔物の討伐に至るまで。依頼主が複数であれば、その内容も多岐にわたる。

 一人でこなすかチームを組むかは個人で違うが、それまでの功績で受けられる任務にも制限がかかる。大まかに分けても五つで、もちろん上位に入ればそれだけ難しく、そして高額の依頼を受けることも可能だ。

 他にも様々な特典が受けられるが、それも国内に限ってのこと。国境を一歩でも超えれば違うギルドの管轄。どれだけ優秀であろうと通用はしない。

 とはいえ、名声に壁はない。ほんの一握り、それこそ英雄と呼ばれるような者たちはどこの国に行こうと存在が知られているだろう。

 だからこそ己の腕に自信がある者はその門をくぐり、高みを目指すのだ。加入するのに制限はない。

 入り口は広く、そして……辿り着けるのは一握り。

 民にとっては騎士よりも彼らの方が身近な存在だろう。

 草抜きでも倉庫の整理でも、金さえ払えばなんでもしてくれるのだ。新人の構成員にとっては物足りなくとも、危険性のない貴重な収入源。需要は多く、そして減ることはない。

 さすがに家事手伝いを見て憧れはせずとも、巨大な竜を討伐したとなれば少年の目にどう映るかは想像に容易い。

 必要以上の規律に縛られず、自分たちが生きたいように生きる。実際はそうでなくとも、子どもの目には王家の鎧よりも彼らの生き様の方が輝かしく見える時もあるのだ。

 他の街にある支部を合わせれば、構成員は優に百は超えるだろう。その拠点全てを統括しているのが、この城下町にある中央ギルドなのだ。

 横目で見やった入り口に並ぶ列は日が傾くにつれて長くなるだろう。

 新しく加入する者、依頼をもらいに来た者、新しくチームを募集しようとする者。そして、夢を諦め去ろうとする者。

 ディアンと変わらぬ歳であろう姿も少なくない。

 成人を迎えていれば誰でも入れるのだ、珍しいことではない。だが、そのうちの何人が現実を知り、そうして去って行くのか。

 期待に満ちた瞳から目を逸らし、前に向き直る。

 ディアンにとっても関わりが深い場所だ。だからこそ入る事はないし、あの列にくわわることも決してない。

 誰かに見つかる前にと急ぐ足を迎えたのは、鮮明に聞こえる水しぶきと小さな虹だった。

 円形に空いた広場。中央に備えられた噴水は、無数の人影の中でも埋もれることなく存在を主張している。

 定番の待ち合わせ場所。主要施設への、最も分かりやすい目印。

 城を北に見て、西にあるのが今通り過ぎた中央ギルド。隙間無く埋められた店を南に辿っていけば学園が見えてくる。

 そして、ディアンが目指したがっていた場所は、探すまでもなくそこにあった。

 広場の東。ほんの少し上を見上げれば、誰だってそこに気付くだろう。

 高くそびえ立つ建物。遙か彼方、屋根の上。その最も高い場所に掲げられる紋章は、この世界にいる者なら誰だって知っている。

 神々しく照らされる、太陽を模した円。精霊王オルフェンを崇めるシンボルの元に集まるのは、精霊に祈りを捧げる者たち。

 重々しい扉は閉ざされていたが、内部の構造は鮮明に思い出すことができる。

 埃一つなく磨かれた床、均等に並べられた長椅子。そして、一番奥にある精霊像。

 そここそが目的地――オルレーヌ聖国の教会だ。

 ギルドと同じく教会も各地に存在しているが、その内情は大きく異なる。ギルドは国で統括が分かれるが、教会は聖国によって管理されている。

 精霊と人間との調和を主とし、求める者に救いを差し出す。精霊に関する全ての事項は、例外なく教会の管轄となるのだ。

 教会に派遣される者にも階級があり、どんな田舎であろうと修道士であるシスター、またはブラザーは存在している。

 規模によっては、その更に上の階級が駐在しているが……この国では聖官と、もう一つ上の司祭までいる。

 城下にあることを考えればこれでも足りないと、司祭が苦笑していたのはいつの話であったか。

 聖国は彼らを通じて各国を支援するが、聖国以外に属することはない。何があろうと、聖国女王以外に従うことは決してないのだ。

 聖国との間に結ばれた協定は、すなわち精霊との誓約でもある。今までも、そしてこれからも破ってはならない禁忌だ。

 支援の内容は様々。精霊に関する書籍を公開しているのは、その一つに過ぎない。

 学園にも図書室はあるが、貯蔵量は浅く広く。一つに特化して調べるのであれば国立図書館が候補に挙がるが、精霊に関することなら間違いなく教会に赴くのが一番だ。

 どの座学も平均点以下だというのに詳しく求める意味があるのかと、囁きかける幻聴に首を振る。

 そんなことをしている暇があれば剣を振れと、教本を開き正しく取り入れよと。何度も聞かされた言葉が繰り返されても、足が止まることがない。

 そう、それでも調べなければならないことなのだと。内側から絞り出した否定は、苛む声を振り払うにはあまりにも弱々しいもの。

 誤魔化すように速めたはずの足が、止まる。目指していた場所から咄嗟に背を背け、広場の中央を向いたのは見知った姿を見かけたからだ。

 ディアンは相手の名前も知らないし、正確に覚えているわけでもない。組むにあたって申請されたチームの名前なんてそれこそ記憶に掠りもしない。

 しかし、相手はディアンを知っているし、忘れていたとしても顔を見れば思い出してしまうだろう。

 勘違いかもしれないし、見つかったところで話しかけられる可能性はない。だが、同じくいい対応もされないだろう。

 それこそ、学園内と同じように、あからさまに嗤うことはないとしたって。

 教会から出てきた者たちは、ギルドに所属するチームだ。出たところで何かを話し合っているらしく、まだ暫く振り返れそうにない。

 人混みに紛れて入ろうにも、こんな時に限って入り口は閑散としている。駆け込むには不自然で、堂々と通り過ぎるには気力が足りない。

 大人しく去るのを待つしかないと、俯きかけた顔を高らかな音が引き留める。カランカランと鳴り響く鐘の音は、教会に備えられている者より小さく、そして早い。

 音の正体を確かめるより先に子どもたちがはしゃぎ、走り出す。待ちきれないと出迎えるその先にあったのは小さな荷車だった。

 馬車にも似ているが、ひいているのは馬ではなく人。そして、赤いカーテンに隠されたその中にあるのは座席ではなく様々な物語だ。

 枠に掘られた名称に見覚えがなくとも、人形劇と分かれば子どもたちが集まるのは当然だろう。

 語られる物語こそ種類があるが、ほとんどが子ども向け。

 伝記から昔話、創作に教訓まで。何の物語であろうと、迫真の演技で語られるそれらに夢中にならない子はいない。


「さぁさぁいい子たち! 人形劇が始まるよ! お代はたったの十ゴールド! 握り締めたら寄っておいで!」


 鐘は鳴り響き、男のよく通る声がさらに人を呼び寄せる。

 パンが一つ買える程度の金額は、子どものお小遣いで払える妥当な値といえる。

 一人一人は少なくとも、膨らんでいく袋の中は既に重そうだ。場所を変えてあと二回ほど行えば、宿も夕食にも困ることはないだろう。

 ……普段なら通り過ぎるところだが、やり過ごしたい相手があの場を動かないかぎりディアンも動けないのだ。彼らがどこかに行くまで、少し覗き見させてもらおう。

 そう決める頃には集金も落ち着いたらしく、行儀良く座った子どもたちに男が笑みを浮かべたまま語り始める。


「今日の物語は、今から二十年前。そこで活躍した英雄たちについての物語だ」


 ……そして、ディアンが後悔する間もなく、小さな物語の幕は開かれた。


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