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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第二章 初日

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43.最寄りの村にて

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 遠くに見えていた景色も、十分ほど歩き続ければもう目の前。

 看板もなければ門もない。王都に一番近いとは思えない風景は、確かにディアンの眼前に広がっていた。

 農作業をする者。井戸で水を汲む者。立ち話をしている者。だが、行き交うほとんどは冒険者が多いようだった。

 王都と違うのは、店に呼び込む声が聞こえないことと、ほとんどの人間が王都の方向へと向かっている程度。

 ここに来る道中も何人にすれ違い、その度に身を固くしたか。最後にはエルドに苦笑されていたが……それでも、ようやくディアンはここに辿り着いたのだ。

 馬車もあるが、大衆用のものでギルド関係者が使うものは見当たらない。

 建物の少なすぎるこの場所では隠しようもないし、こちらの動向を見張れるところもなさそうだ。

 そう思っている時点で油断しているのかもしれないが……ひとまず準備もできぬまま出て行くことにはならなそうだと、安心するディアンの肩をエルドが叩く。


「さて、お前が行きたがっている雑貨屋はあそこだ。先に買い物済ませてろ、俺は野暮用を片付けてくる」

「えっ」


 思わず声が出て、意図せず引き留める形に。いや、その野暮用がディアンの知ってはならない事柄なのは察していたが、別行動までは想定していなかった。

 片眉を上げ、少し考え。それから、理解したと言わんばかりに渡された袋の重みは相当。


「こんだけありゃ足りるだろ」

「ちょっ、違っ……預かれませんって!」


 金を催促したんじゃないと、慌てて懐へと突っ返す。重さからしても相当の額だ。それをなんの躊躇いもなく渡してくるなんて何を考えている!

 盗む度胸がないと思われているのか、信用されているのか。どっちにしろ、勝手に使えるほど肝は据わっていない。


「お前の手持ちじゃ下着を買うのが精一杯だろ。支度金なんて大した額でもねぇんだし、返さなくていい」

「そういう問題じゃなくて……用が終わるまで中で待ってますから!」


 どれだけ腕を突っ張ろうと、一歩後ろに下がられてしまえば手の行き所はない。戻せなかった袋に焦るディアンを、エルドは喉の奥で笑うばかり。


「預けとけば勝手にどっかいったりしないだろ」

「普通逆では!?」

「盗むようなやつは、そもそも焦って返そうとしない」


 だから大丈夫だと手を振り、大人しく待ってろと背を向けられては今度こそ引き留めることはできない。

 ゼニスもその後を追い、残ったのは騒がしかったディアンを遠目に見る村人の視線だけ。

 目立たないつもりだったのにと、慌ててフードを深く被り、指差された建物に進める足は速い。

 逃げるように入り込めば入室を知らせるベルが頭上で響き、客が入ったことに気付いた影がカウンターの奥から出てくる。

 現れたのは、恰幅のいい中年の女性だった。人の良さそうな笑みに直視され、思わず立ち止まる。


「いらっしゃい、好きに見ていって」

「……お、おじゃまします」


 軽く一礼し、それから改めて店内を見渡す。

 この類の店に来たことがないディアンには、この陳列が王都とどう違うか比較することはできないが……それでも、一般的な物は揃っている印象を受ける。

 一番目につきやすい場所には傷薬と包帯。獣避けに、ロープと小さなナイフも。

 どれも需要が高い物だ。数は減っているが、まだ在庫は十分のようだ。

 他の棚には石けんやら調味料やら……冒険者には一件関係なさそうな物が狭い間隔で並べられている。

 文字通り、本当に雑貨屋なのだろう。村人たちも利用していることは、その陳列を見ていれば分かる。

 その端の場所、カウンターにほど近い棚に本来の目当てだったフードを見つけて手に取る。長さは背中まで、値段はピッタリ50ゴールド。

 何もない状態なら迷わず買ったが、幸いにもエルドから渡されたものがある。

 本来なら返すべきだろうが、もう暫く借りることにして、ひとまず着替えなければと別の服を手に取る。

 資金は渡されたが、使う気は毛頭ない。自分の準備ぐらい自分で整えなければ、この先もやっていけないのだから。

 たしかに万全ではなかったが、かといって対策をしてこなかったわけではない。

 今の手持ちで買えるのはシャツ二枚が限度だ。この後、剣を買うことを考えれば足りない程度。

 ズボンは諦めたが、衣服はこれ以上削れそうにない。

 想定内だと気持ちを切り替え、それからカウンターへと向かう。


「あの……この店は、買い取りも行ってますか?」

「……そうだねぇ。物にもよるけど、何を売りたいんだい?」


 ディアンの態度が悪かったのか、不審そうな目を向けられている。あるいは、この泥だらけの服のせいだろうか。

 だが、この程度の汚れは冒険者なら普通のはず。問題は、ディアンがまだ冒険者らしい格好をしていないこと。


「今着ている服は……」

「それかい? うーん……」


 その原因を売りつけたいと言うのだ、渋るのは当然。だが、できればここで少しでも荷物を減らしておきたいし、なんなら金に換えておきたい。


「他には? なんかあるかい?」

「あ、えっと……筆記用具の類がいくつか」


 屋敷を出る時に持ってきた私物を並べれば、表情は和らぐどころかますます険しくなる。行動を間違えていると悟っても取り返しはつかず、反応を待つだけしかできない。

 筆が数本と、ブローチが一つ。それから、読書に使っていた栞と……必死でかき集めたが、こうして冷静に見るとあんまりな物ばかり。

 手に取られては置かれ、観察しては眉を寄せ。

 疑うような視線から逃げてはいけないと見つめ返すも、気まずさは積もるばかり。


「無理なら買い物だけでも、」

「おや先客かい?」


 せめてシャツだけは手に入れたいと、そう申し出る前に響くベルの音。

 見やった先にいたのは一人の男だった。格好と、店主に親しげに話しかけていることからこの村の住民と思われる。


「ああ、いらっしゃい! 悪いね、頼まれてたピッカの実だけど、まだ入ってきてないんだよ」


 馴染みのある客へ笑顔での対応。そこに違和感はなく、ごく普通の光景に見える。

 ……されど、男の目が僅かに見開いたのを、ディアンは見逃さなかった。


「あー……わかった。出直してくるわ」

「悪いねぇ、また頼むよ!」


 ベルが鳴れば、再び店主と二人きり。違うのは、ディアンが抱く感情が気まずさではなく焦りであること。

 確かにディアンは世間知らずだが、無知ではない。騎士や魔術師に限らず、王都にある店舗間でも相手にばれないよう隠語を使って会話することがある。

 さすがにその全ては知らないし、わかるはずもない。

 だが……使われた単語が、どういう意味を持っているかは知っている。


「で、他に売りたいもんは?」


 ディアンの心境を知ってか知らずか、店主の表情は打って変わって明るい。

 あの会話がなければ、快く引き取ってくれるのだと安心できたが、そうでないことをディアンはもう分かっている。


「い……いえ、これだけです」


 声が強張る。おそらく表情も隠せていない。

 ピッカの実なんて存在しない。ディアンが知らないわけではなく、本当にそんな植物は存在しないのだ。重要なのは、それが何を指した言葉であるか。

 本格的な解読こそ難しいが、一般に普及している古代語はいくつかある。ピッカ、というのも有名ではないが、商店なんかではよく使われる単語だ。

 古代語で泥棒。……もはや、説明は不要。

 ディアンは今、泥棒と疑われてしまっている。


「あの、」

「全部質がいいね。ブローチも目立った傷はないし、これもちゃんと書けるんだろう?」


 気付かなければただの確認も、実際は誰かを呼ぶまでの時間稼ぎ。

 近くにいるギルド員か、兵士か。どちらにしても、ディアンにとっていい相手ではない。

 どうして疑われているかはわからないが、下手に誤解を解こうとすれば騒がれてしまう。無理に打ち切ろうとしても同じく。

 やはりエルドと共に来るべきだった。いや、あの外見ではどちらにせよ疑われたか。ともかく、この場を切り抜けなければディアンに未来はない。

 本音を言えば走って逃げ出したいが、渡された袋がある限りそれは叶わない。持ち逃げなんてすれば、それこそ本当に泥棒になってしまう。


「服は汚れが目立つけど、元は良さそうだ。破れてないか確認したいから、脱いでもらえる?」

「いえ、服はもう……! えっと、そうじゃなくて、」


 腕を掴まれそうになり、咄嗟に一歩後退る。

 これ以上誤魔化すのは不可能だ。というより、誤魔化す必要はない。

 実際にディアンは盗んでいないし、それを証明できる相手もいる。下手に取り繕うとすれば、余計に怪しまれるだけ。


「あの、紛らわしい真似をしてすみません。……でも、僕は泥棒じゃありません」


 はっきりと否定すれば、途端に店主が狼狽えだす。真っ向から否定されるとは思っていなかったのだろう。

 あるいは、隠語が知られていることに動揺したのか。どちらにせよ、いい反応とは言い難い。


「きゅっ、急になんだい、あんた」

「教会に知り合いがいます。確かめてもらえれば分かるはずです」


 先ほどの男が呼びに行った相手がどこにいるかはともかく、教会ならすぐそこだ。走って聞きに行けば、エルドもそこにいるはず。

 彼女がメダルの意味を理解できるかはともかく、泥棒ではないと信じてもらえるはずだ。


「そんなこと言って逃げるつもりだろう!」


 だが、ディアンの希望とは裏腹に、事態は最悪の方へ向かっている。


「本当です、逃げたりなんて……」

「正直に言いな、一体どこから盗んできたんだい!」


 ディアンがどれだけ冷静に伝えようと、もはや聞く耳を持たない。

 右手で掴まれ、左手はどこからか出したパン生地用の棒を持っている。

 いくら女性とは言え、こんな物で殴られてはひとたまりもない!


「女だからってなめてると痛い目にあうよ!」

「違います! 本当に……!」

「まだしらを切るつもりかい!」


 振り上げられた凶器に思わず頭を庇う。

 障壁など張る余裕はない。だが、反撃なんてすればそれこそ――!


「――シアン!」

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