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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第二章 初日

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39.ブランチの後

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「いや? 疲れ果てたお前が眠った後は何もなかったな」

「そうじゃなくて、洗礼を……」

「もう腹一杯か?」


 いらないなら寄越せと手を出され、慌てて食事に戻る様子を喉の奥で笑われる。はぐらかされたと理解しても欲求には逆らえない。

 そこそこの量だったが、二日も食べていない胃袋には丁度良く。体感的には、あっという間に食べ終わってしまった。

 ……その金を払わなければならないことに気付いたのは、正直遅すぎると思うが。


「終わったな。じゃあ出発するぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください。お代を……!」


 慌てて取り出した袋はパンパンだが、中身が土と石なのは昨日と同じ。

 ひっくり返し、より分ける硬貨の数が足りるかどうかもわからないが、無償でいただく訳にもいかない。

 財布はより寂しくなるが、食べる前に確認しなかった自分の落ち度だ。


「転んだガキに渡した飴を売りつけろってか?」

「いや、でもこれは……」

「いいから。端からそんなの期待してねえよ。それより早く準備しろって」


 本当に置いていくぞと、呆れられても理解ができず。見つめていれば、握ったままだった紙を取られて丸められる。


「聖国に行くんだろ? 連れてってやる」

「えっ!? あ、い……いや、僕は、」


 想定もしていなかった提案に、そんな声が出たのは正直許してほしい。

 もう疑っていないし、本当は相当の地位にいる人というのも……まぁ、メダルの通りならば証明されている。腕も相当立つのだろう。

 そんな相手と一緒に行動できるのは心強いが、喜びより戸惑いの方が強いのも理解してもらいたい。


「目的地が一緒なら同行したっていいだろうが。それとも、まだ休み足りないか?」


 もう日はこんなに昇っていると、指差された先の光は確かに朝とは思えない強さ。正確な太陽の位置はわからずとも、夜はとっくに、明けて、


「い……いま何時――うっ!」


 立ち上がるはずだった身体は突風でバランスを崩し、呆気なく尻をつく。明らかに肩を狙ったそれは、目の前の男の手から放たれたもの。


「ちょっと遅い朝飯時ってところだな。だから、今さら慌てても遅い」


 言外に落ち着けと含まれ、吐き出した溜め息は深くなる。言われていることは正しいが……なんともこう、納得がいかない。


「事情はどうであれ、お前は追われていて逃げたい。俺はお前みたいに危なっかしいやつをこのまま放置しておけない。な? 利害は一致しているだろう?」


 な、と言われても一体どこが一致しているのか。むしろディアンしか得なことはない。

 こんな役立たずを同行させて得られる益などないはずだ。

 ないはずだが……冗談であるとも、思えない。


「僕のメリットはあっても、あなたにはないでしょう。それに、王都に用事があるんじゃ……」

「さっきの飯がこの場で作ったもんとでも? 用事ならお前が眠ってる間に終わらせてきたし、俺が戻ってきたときにまだお前がいたら面倒見るって決めてたんだよ」


 言われれば言われるだけ、理解が足りていなかったことを突きつけられる。買ってきたと理解できていたなら、もう少し考えれば予想もついたこと。

 自分の反省は後でいくらでもできる。優先させるべきは、そこまでしようとするこの男の理由。


「……どうして、そこまで」


 今までで一番の溜め息。なにを言ってるんだと隠すつもりのない視線。怖くはないが、言われるまえからなんだかバツが悪い。


「あのなぁ……いくら安全が確保されてるからって、野外であんな無防備に寝てる奴が一人でいたら今度こそ骨さえ残らんぞ」

「そ、れは……」


 あんなことの後では仕方ないと言い返せないのは、男の言うことが間違っていないからだ。

 今回は無事だった。でも次は? 資金もないのにこの先生きていけるのか?

 運良く食事にありつけたが、次もうまくいくなんて。それこそ、世間知らずの考えること。

 全員が彼のようにお節介ではない。聖人の皮を被った悪人はディアンが想像している以上に存在しているだろう。

 それこそ、疲れて眠っている相手を、なんの躊躇いもなく殺す者だって。


「それともなんだ、戻りたいってんなら送ってやるぞ」


 肩が跳ねる。変わらず半開きの瞳。だが、その意味合いは大きく異なっている。

 現実を知り諦めるのか、それともこのまま付いてくるのか。選ぶのはディアンだと、男が、問いかけている。


「どうする」


 どちらでもいいと男は言う。笑いも呆れもせず、ただじっと。ディアンの選択を待つように。

 戻るのなら、確かに今しかないだろう。

 まだ王都からそう離れておらず、道案内をしてくれる男だっている。

 父にはこっぴどく怒られるが、まだ取り返しがつく範囲だ。いつものように謝って、自分が間違っていたと認めて。

 そして……あの日常に戻るのだ。

 違和感を抱きながらそれを忘れ、否定したくともできないまま、うやむやになっていく日々に。

 真実を明かされぬまま理想と大きくかけ離れた騎士になり。そうして……これからも変わらず、言いつけを守るだけの存在に成り果てる。

 ――そんなの、戻りたいはずが、ない。


「……なにも、お役に立てませんよ」

「最初っから期待してねぇよ。お前の仕事は、旅の作法と世間を知ることだ」


 簡単そうに聞こえて、それが困難であることは想像がつく。狭い世界しか知らなかった自分は、一体どれほど逸脱しているだろう。

 最低限の常識は持ち合わせていると思いたいが、世界が変われば規則も変わる。今まで通用していた全てが否定されるかもしれない。

 でも、きっと大丈夫だ。何とかなる。

 だって……努力することだけは、慣れているのだから。


「……お世話になります」

「……ほんと、馬鹿じゃないのになぁ」


 居ずまいを正し、礼をすれば軽い溜め息が響く。呆れと、少し笑いの混ざったそれは不思議と悪くない。


「ところで、名前をまだ聞いてなかったな。俺はエルド、こっちはゼニスだ」


 ゼニス、と呼ばれた獣が一つ吠え、ディアンの周囲をくるりと回る。優雅に見える動作も、可憐さより雄々しさの方が勝るのはその風格故か。


「……エルド様とお呼びした方が?」

「呼び捨てでいいし、ついでに敬語でなくていい。慣れないってんなら、せめて様付けはやめてくれ」


 堅苦しくて嫌だと歪む表情は、ディアンへの気遣いではなく本心だろう。敬われるのになれていない、というよりは性に合ってないというところか。

 望んで就いた地位ではない可能性が浮上し、今考えることではないと振り払う。


「僕はディアンで……す」


 途中で気付いたが、言ってしまってはもう遅い。素直に答えてしまったが、教会関係者ならこの名前も知っているはずだ。

『精霊の花嫁』の家族。その情報がどこまで共有されているかは不明だが、最低限でも名前は伝えられているだろう。

 これで連れ戻されるとは考えすぎだろうか。でも、そのまま伝えるべきでは、なかったはずで。


「ディアンか、いい名前だ。だが、旅に慣れるまでは偽名を使っといたほうがいい。名前に掠ってないやつがいいな……なんか希望はあるか?」


 知っていての提案か、ただの善意か。藪を突くつもりはなく、暫く頭を悩ませる。

 希望……偽名……。あだ名なんて付けられたこともないし、今の名前に掠らないものとなると、なにかを例えにした方が思いつきやすいか。

 見渡し、何も思いつかず。見つめ直した男の瞳を見て……ふと、思いつく。


「……では、ヘオで」


 やや安直な名前か。だが、呼ばれるならそれがいい。

 この新しい始まりに相応しいかはともかく、呼ばれるのであれば……その名前が、いい。


「ダメだ」

「は?」


 ……だというのに、間髪入れぬ否定に思わず声も漏れるというもの。

 名前には掠ってもいないし、特に変な名前でもないはずだ。一体なにがダメだというのか。


「ヘオースからもじったんだろ?」

「え……そう、ですが……」


 ヘオースとは、夜明けを司る精霊の名だ。

 最初に男の瞳を見た印象を、そのまま古代文字で読むのは安直すぎるかと捻ったつもりだが……。


「センスは悪くないが、精霊から拝借するのはやめとけ。他になんかないか?」

「ほか……」


 なぜ止められるかの理由はさておき、ダメだと言われてまで強行する気は元よりない。

 とはいえ、他に思いつくものもなく。暫く考えても他に名案が浮かぶわけもなく。


「あー……そうだな……」


 おもむろに指先が動き、光が舞う。眺めている間に自分の名が宙に浮かび上がり、目を瞬かせる間にも羅列が変わっていく。

 魔法文字。言葉通り、指先に込めた魔力で綴られた文字のことだ。

 一瞬だけならディアンにもできるが、こんなにも自在に操るのは……よほど魔力が高くなければ難しい。

 あのサリアナだって十数秒が限度だ。それをこんなに自在に操るなんて。

 いや、あれだけの治癒魔法が使えるのに比べれば、この程度は遊びにもならないのか。

 常用語だけでなく古代語までも引っ張り出し、次々と言葉が並び替えられる動きは忙しない。見ているだけで目が回りそうで、眉間が狭まっていく。


「……まぁ、村に着くまでには考えといてやる」


 いよいよ目眩がおきそうになったところで、断念した男が手を払う。一瞬で四散する己の名は、もう跡形もない。

 立ち上がり、臀部に付着した土を払った手が伸ばされる。

 昨日と同じ光景。違うのは、男の髪型と、ディアンの感情。

 そして――手首を、逆に掴み返されるという構図。


「え――っい゛!」


 声をあげる間もなく引き上げられ、次いで額に感じた痛みになんとも言えぬ悲鳴。

 パン、と心地いい音は頭蓋骨にまで響くよう。実際、振動ごと骨には伝わったのだが。

 たまらず額を押さえ、再びしゃがむ。なにをされたかは明確。信じられないのは、その痛みの強さ。

 人差し指で弾かれた。それだけなのに、あまりの痛みに涙が滲んでくる。


「な、にすっ……!」

「昨日の目潰しはこれで帳消しにしといてやる。ほら、早く行くぞ」


 最後の仕上げと言わんばかりに上から布を被せられ、頭を混ぜられ。笑い声と共に歩き出す音に反応できず。

 大人げないような、先に仕掛けたのは自分だから仕方がないような。

 複雑な感情を抱えながらも呻きながら立ち上がり、渡された布……あらため、フードを被って追いかけるのが、今のディアンにできる全てだった。

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