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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
~擬似転生編~

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388.むかしむかしと、今の話 ☆

 エパは何てことはない、羊飼いの一人息子として生まれた。

 春はたくさんの子羊に囲まれ、夏は大量の羊毛を刈り、秋には雄と雌を番わせ、冬は降り積もる雪の中で春の訪れを待つ。

 辛いこともあった。苦しいこともあった。努力が実らず、ただ虚しさだけが支配した時期もあった。

 それでも、エパは羊飼いであることを後悔した時はないし、その一瞬一瞬全てが愛おしかったと覚えている。

 それはきっと……いや、間違いなく。カルーフと出会えたからこそ、美しい思い出になっているのだ。

 なぜ、羊の精霊である彼女が、羊飼いである自分を見初めたかは分からない。

 精霊様とは気まぐれで、そいういうものだと周囲が話したのに、漠然と納得したことだけは覚えている。

 初めこそ戸惑いが強く、畏れもあった。だが……次第に、エパ自身も彼女に惹かれていったのだ。

 それが精霊に対する畏怖か、憧れか、はたまた違う感情であったのか。今となっても分からず、俗な言葉で表すのなら愛していたことには違いない。

 エパ、と自分を呼びながら近づいてくる姿が好きだった。

 羊の群れに紛れ、隠れる彼女の姿が好きだった。

 毛刈りの時に列に並び、自分を騙そうとするお茶目な所も好きだった。

 寒い冬の日に、傍に寄り添ってくれる彼女の温もりが好きだった。

 さみしがり屋の彼女がいつ来てもいいように、窓を開けて迎える夜風はいつだって心地良かった。

 精霊と人間という隔たりを超え、共にあれることが。平穏な日々を過ごせることが。なにより、彼女のそばにいられることが、本当に幸せだった。

 辛いことも、苦しいことも、悲しいことも。彼女がそばにいたから、乗り越えられてきた。

 カルーフと一緒ならば、全て乗り越えられると思っていた。彼女が幸せであれば、きっと全てに耐えられると。

 ……いいや、実際にエパは耐えられたのだ。彼女が幸せであるために。彼女が生き延びるために。他でもない、自分の愛した精霊のために。


「――嫌だっ! 私はこっちに残る!」


 今でも鮮明に覚えている。泣きじゃくり、叫び、しがみ付いて。離れたくないと喚き、縋る彼女の顔を、忘れられるはずがない。

 シュラハト様が人と交わり、子を成した罪により精霊と人間の世界が別たれるとなった時、カルーフは人間界に留まろうとした。

 初めは自分たちも婚姻を結ぼうと訴えかけていたが……エパは、家族同然である羊たちを置いて精霊界に行くことはできなかった。

 羊たちを連れていくのは……魔力に耐えきれずに死んでしまうことも、分かっていた。

 であれば自分が残ると訴えるカルーフこそ、この世界に残れば消えてしまうことをエパは知っていた。

 他でもない彼女の口から明かされたことだ。今さら冗談だと言って誤魔化そうとしても、エパだけは誤魔化されない。

 さみしがり屋で、甘えん坊。そして……嘘が下手な、優しい精霊。

 彼女なら、自分と離れるぐらいなら消えることを望むだろう。

 精霊にとって愛し子は特別で、離れがたい存在。実際、人間界に残ると決めた精霊も多いと聞いている。

 それでも、他者がどうであろうと、エパはカルーフを人間界に留めることはできない。

 彼女の死を望む愛し子が、一体どこにいるというのか。


「一緒にいるって、約束したじゃないっ……!」


 諦めきれない自分を無理矢理連れて行くことも、意地になって居座ることもしない彼女の優しさに甘えるエパに、その小さな肩を抱きしめることは許されず。

 胸元で泣く彼女の背を撫でることだけが、精一杯。


「ごめんね、カルーフ」

「やだ、嫌だぁ……なんで、なんでよぉ、エパああぁ……!」


 まるで子どものように泣いて、しがみ付いて。嫌だと訴えて、受け入れきれなくて。

 そうさせているのが他でもない自分であることが、何よりエパを苦しめて。

 だから、約束したのは彼女のためではなく、自分自身の為。

 その罪悪感から、逃げるため。


「ねぇ、カルーフ。人間の魂は、精霊樹に戻ってまた生まれかわるんだろう? ……なら、いつか。僕がまた人間として産まれた時に人間と精霊の婚姻が許されていたなら、その時は僕を迎えに来て」

「ひっ……ぐすっ……迎えに……?」

「うん。その時の僕は、もう僕じゃなくて、君との約束を忘れているだろう。……だけど、この人生の僕は君が迎えに来てくれると信じて生き続ける」


 姿形は違っても、魂は同じだと。言葉にすれば、本当にそうだと思えてくるはずだと。言い聞かせたのはエパ自身か、カルーフか。


「だから、カルーフは精霊界で僕が生まれ変わるのを待っていて」

「でもっ……でも、エパっ……!」

「僕はずっと待っている。約束する。……僕がカルーフに嘘を吐いたこと、ある?」

「ない、ないけど、でもっ……だって、もう、今は……!」


 どんな我が儘も、どんなお願い事も、エパは聞いてきた。嘘は一つも吐かず、カルーフに対しては誠実に生きてきた。

 ……だから、これが最初で最後の嘘。彼女の為の、ひどい嘘。

 自分は彼女を思って死ぬ。でも、カルーフはきっと自分のことなど忘れてしまうだろう。

 何十年、何百年。そうして、何千年経つ頃には、新しい愛し子を見つけて幸せになっているはずだ。

 選びきれず、捨てきれず。彼女を苦しめるしかできなかったひどい人間のことなど、忘れていい。こんな約束なんて、守る必要はないのだ。

 今度こそ、彼女を満たす人間を。彼女を幸せにする誰かと一緒に。

 この苦しみも、悲しみも、後悔も。全て、自分だけが抱えて死んでいくから。

 ……そう。死ぬのは、自分だけでいいのだから


「ほんの少し会えなくなるだけだよ。だから、泣かないでカルーフ。君が笑ってくれるだけで、僕は十分だから」


 でも、その言葉には嘘はなかった。彼女が幸せであれば。自分を忘れて

幸せになるのなら、エパはそれでよかったのだ。

 そう、最期の最期まで。エパはその生を全うした。誰も娶らず、障害孤独と言われても、もう二度と会えないと知る姿を無意識に探しても。次の自分の魂に、この記憶はないと直感していても、それでも、カルーフさえ生きていればエパはそれでよかったのだ。

 よかった、はずなのに。


『――カルーフ様は、ずっとあなたを待っていましたよ』

「――――っ!」


 囁かれた声に飛び起き、視認した世界に困惑する。

 遠すぎる天井を照らす月明かり。視界の端に見える精霊王の像。身体を起こせばベンチに寝かされていたと気付いて、吐いた息が冷たい空気の中に消えていく。

 滲む汗を拭った手は、エパ自身の記憶に比べて厚く、無骨なもの。今生において、グラナートと言われた男の物と同じで……確かにその記憶もあるのに、エパとしての記憶も残っている。

 前世、というものなのか。忘れるはずだった魂の記憶が……本当に、引き継がれてしまっているのか?

 だが、自覚した今だからこそ、違和感が勝る。まるで、無理矢理植え付けられたかのような……そう振る舞うように強いられていたような、言い難い不快感。

 用意されたガワに無理矢理押し込められたような。あるいは、操られていたような。うまく例えが思いつかずとも、エパとしての感覚があまりに強く、グラナートとしての生活の方に違和感が増していく。


「起きたか」


 かけられた声に肩が跳ね、背後を振り返る。通路を挟んだ反対に座るペルデに、強張った身体はほどけない。

 義理の息子。姉の忘れ形見。グラナートとして刻まれた記憶がよぎると同時に、それが自分のものではないという拒絶が込みあげる。

 ほんの数刻前まで、確かに受け入れられていたはずなのに。そうであると、疑いながらも信じていたはずなのに。


「ペ、ルデ……」

「ベッドまで運べそうになかったからそこに寝かせたけど、床よりはマシだろ。……エパだったっけ? 調子は?」


 合わさる榛に動揺は見られない。父親と思っていた人間の中に、違う存在が入っていたとは思えないほどに落ち着いている。

 困惑は数秒。座り直した身体こそ鈍いが……身体の違和感は、ない。


「だい、じょうぶ……その、君は……」

「アンタがグラナートじゃなかったのが平気なのかって? まぁ、違うのは初めから分かっていたからな。……まさか、中身が数千年前の人間とは思ってなかったけど」


 虚勢でもなく、意地でもなく。肩をすくめる動作はわざとらしくとも、本当に割り切れているのだろう。

 エパにとっては昨日のことのように。だが、人間界と精霊界が隔たれたのは……実際は、もう数千年も前のこと。

 その間、自分の魂は何度世界樹に戻り、彷徨い、そうしてグラナートという男の元に辿り着いたのか。

 それも今、この時に。なぜ。

 これまでのことを思い出そうとして、一切の記憶を辿れず。グラナートが世界を救ったことも、何を己の罪として悔いているかも理解しているのに、その光景が浮かばずに寄せた眉が戻らない。

 何かがおかしい。だが、それがなにか、わからない。


「俺はアンタが何者か知らないし、アンタがグラナート司祭の姿を与えられていた理由もわからない。……だが、少なくとも俺はアンタをこっち側の人間だと判断した。だから、俺が知っていることを全部話す」

「……こっち側?」


 話が読めないと見つめ返した瞳が強い輝きを放つ。背筋を伝うのは寝汗ではなく、懐かしさすら抱く感覚。

 エパは知っている。この僅かな感覚を。あの幸福な日々の中でも、何度も与えられてきた直感を。

 人であるはずの彼から感じるはずのない畏怖。ヒリつく肌は、精霊と対峙した時と、よく似ているもの。


「俺もアンタも、この世界から抜け出すための決定打ってことだ」


 確かな覚悟をもって煌めく榛。されど、喉を鳴らして告げる声は、あまりにも人じみたものだった。

閲覧いただきありがとうございます。

最終章が想定よりも長くなったこと、また、作者本人の事情が重なり、想定していた書き溜め分が少なくなってしまったため、一度ここで区切らせていただきます。

また書き溜め分が確保でき次第、更新を再開させていただきます。

楽しみにして下さっている皆様には申し訳ありません、なるべく早く再開できるように努めます。

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