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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
~擬似転生編~

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366.摺り合わせと、あるべきだった道

 扉を閉めた途端に感じたのは、防音魔術の気配。

 ディアンがかけるよりも先に展開した人物を確かめる必要はない。

 続けて鍵がかけられ、改めて向き直ったペルデの視線は、やはり昨日と異なる。

 明らかにディアンを咎める榛に、目を逸らしそうになるのは罪悪感から。だが、受け止めなければならないと見据える紫に、いつもの通りペルデから先に逸らす。


「それで、どうやって人間(・・)である俺が、選定者様を助けろって?」

「ペルデ、君は……」

「答える前に、俺の質問に答えろ。ノースディアに裁きが下ってから、どれだけ経った」


 皮肉交じりの問いは、ディアンへの答えにも等しい。

 ペルデは確かに思い出している。ディアンが説明した以上の情景も、感情も。だが、全部ではない。

 アンティルダに向かった記憶があるなら、視線にはもっと嫌悪が含まれているし、人間と自称することもない。

 怒りの中から覗くのは僅かな諦め。……少なくとも、アンティルダに向かったところまでは、覚えていない。


「一年だ。……本当なら、明日嫁ぐ予定だった」

「俺たちを取り込んだ精霊に心当たりは?」

「ある。だけど、名前も姿もわかっていないし、この一年調べても突き止められなかった。君も半年前に襲われている」

「アンタと一緒の時にか」

「それは……」


 言い淀んだのは、今のペルデにアンティルダの話をするべきか迷ったからだ。

 この時点ではすでに聖国から離れるのを望んでいただろう。でも、それはディアンが精霊界に向かってからの計画だった。

 自分が人の道を外れたとは、今の彼では受け入れられないかもしれない。

 グラナート司祭と決別したことも、今の望みを叶えられなかったことも。

 どんな影響を与えるか分からない以上、伝えていいか悩み、嘘も吐けず、口を噤む。


「……まぁ、いい。アンタに巻き込まれたのには変わらないし。で? なにか策が?」


 結局、事は起きてしまったと漏れた息は諦めから。口走りそうになった謝罪は咎める視線に遮られ、告げることは許されない。


「夢が始まったのは昨日からだ。作戦を立てるだけの情報はまだない。現実の状況も、実際はどれだけの時間が過ぎているかもわからないし」

「具体的にはなにもないってわけか」

「一度目の夢から目覚められたのは、僕の記憶とあまりにも違いすぎたのが切っ掛けだと思っている。実際、今の夢はまだ違和感の範疇で収まっているし、僕が変に思わないように調整しているように思える。記憶と食い違うところを突き詰めれば、現実に戻れるかも」


 焦りこそあっても、慌てたところで実りはない。

 ペルデも分かっているのだろう。だが、小言を言いたくなるのも当然。彼をまた、巻き込んでしまったのに変わりはないのだ。

 ……つまりは、彼の選択を。彼の覚悟を踏みにじったのと同じ。


「説明した通り、この夢は僕の記憶を元に作られていると考えられる。僕の知らない部分は、他に取り込んだ人間の記憶で補っている可能性が高い。実際、僕は君の部屋を知らなかったのに、居住空間まで再現されていた。……なにか気付いたことは?」

「部屋の配置まで全部覚えているわけじゃないけど、違和感はなかった。あんたが出てくるまで、俺も疑ってなかったしな」

「なぜメリアが気付いたかはわからないけど、君とメリアは取り込まれていると確信した。でも、ラインハルト殿下は違う気がする」


 瞳の変化に気付かなかったのもあるし、関わりのあった人間の中でも特に違和感が薄い。

 今日突っかかってきたのも、昨日の模擬戦があったからだ。それまでの対応は記憶通りと言っていい。

 ディアンに突っかかるのも、サリアナと言い争う姿も相違なく。演技だとしても、あそこまで違和感なく振る舞うには限度がある。


「なぜ? メリアと一緒にいるなら、巻き込まれてるんじゃないのか」

「殿下から違和感はほとんど感じなかったし、メリアとも今一緒にいるかはわからない」

「……ああ、そうか。あんたは聞かされてなかったんだったな」


 可能性が低いことを示唆すれば、返されたのは思っていたのとは違う反応。否定ともとれる呟きに混ざったのは吐息。


「あの二人なら、エヴァドマにいる」

「エヴァドマに?」

「フィリアに飛ばされたのがそこだったらしい。食堂を営んでる老夫婦に保護されてるところまでは聞いている。フィリアが助けるぐらいに愛し合っていたんなら、今も一緒にいると考えるのが自然だろ」


 かつてエルドが助け、婚儀のヴェールを与えてくれた姿を思い出す。

 彼女たちが助けたのなら、ラインハルトも無事だったのだろう。なら、ペルデの言う通り、共にいた可能性は高くなる。

 くわえて、エヴァドマは旧ノースディア領でも門が残された数少ない場所だ。襲われるには、十分な環境が整っている。

 ペルデが知っていたなら、ディアン以外には周知されていたのだろう。

 内密にされていたことに怒りはない。ただ、メリアのそばにいてくれたという安堵と、新たな疑問が頭をよぎる。

 ラインハルトも、ディアンを強く憎んでいたはずだ。彼を愛していたメリアにひどいこと(・・・・・)をしてきたのだから。

 だが、彼は一切ディアンの変化に気付かず。立ち振る舞いに違和感もない。

 いったい、ペルデたちとの違いはどこにあるのか。


「というか、あんたの夢を補うためなら、あんたの父親こそ取り込まれてるんじゃないのか」

「父さんは……」


 答える前に、もう一度だけ考える。

 可能性を考えなかったわけではない。ディアンの過去を占めるのは、父の存在だ。

 彼の望む騎士になれるように。英雄の息子として相応しい姿になれるように。言いつけられるままに訓練を重ね、それでも努力は認められず。

 サリアナの陰謀があったとはいえ、ディアンのためと疑いもせずに黙認していたヴァンの責任は重い。

 ディアンの夢を再現するには、彼の存在は不可欠。


「……いや、あの人は違う。僕の知る父さんは、殿下に勝ったのに何も言わないはずがない」


 だが、彼こそディアンの中では違うのだ。

 少しでも自我があったなら。本物のヴァン・エヴァンズが、叱らないはずがないのだ。

 もっと努力を重ねろと。一度勝っただけで慢心するなと。偶然勝っただけでは、真の実力とは言えないと。

 褒められないのは想定内だが、何も言われないのだけは違う。

 殿下に勝ったことを知らずとも、叱られずに終わった日は一度もなかったのだから。

 失態がなければ何も言われない。整合性だけを見れば、その調整は間違いではない。

 ……だが、ディアンにとっての正解ではないのだ。


「だから、あの人は僕の記憶から作られた可能性が高い。……グラナート司祭の方は?」

「こっちも同じだ。違和感が強いのも、あんたの記憶から形成されたと考えれば辻褄は合う」


 昨日の時点でも違うとは思っていたが、これでグラナートも断定できる。

 巻き込まれているのは、ペルデ、メリア。おそらくはラインハルトも。

 そして、ディアンの過去に大きく関係している以上、忘れてはならない人物が、もう一人。


「俺の記憶が正しければ、サリアナはまだ生きていたはずだ。……あんたの見解は?」

「……サリアナの記憶は抹消されているし、身体は精霊樹に取り込まれている。僕の記憶を元に復元した可能性もあるけど、彼女が関与しているのなら、やり直さなくても最初から囲い込むはずだ」


 やり直す手間をかけずとも、ディアンを手に入れられる環境は整っている。

 彼女が関与しているなら、もっと直接的な行動にでるはずだ。

 だが、本物と言いきれる材料は……と、語るディアンを、鼻で笑う音が遮る。


「忘れたのか? あの女がアンタを囲い込む必要なんかないだろ」

「え……?」

「『だって、ディアンは最初から私のものだもの』」


 似せられた声は、到底可憐とは言えず。だが、浮かび上がるのはまさしく恍惚としたサリアナの表情。


「そもそも、最初の夢では囲い込もうとしたんだろ? その時点では巻き込まれていなかったとして、あの女が二度も同じ失態を犯すとでも?」


 執着されているのが当たり前だったので、感覚が麻痺していたのかもしれない。

 もし今のサリアナに自我があったとしても、彼女はいつも通り振る舞っているだけ。偽るつもりがなければ、見抜くことも困難。

 ペルデに指摘され、可能性が増していく。……だが、本物と言い切るには、何かが足りない。

 引きこんだ精霊も馬鹿ではない。ディアンがサリアナを警戒していることは分かっているはずだ。

 そんな簡単でいいのだろうか。目先のことに意識を割かれて、真実を見失わないだろうか。

 全てが疑わしく、緩やかに首を振る。……それこそ、今は情報が足りない。


「思わないけど、断言はできない。本物であれ夢であれ、明日からは外で情報を集めるからサリアナとの接触は避けられるはずだ」

「せいぜい三日が限度だろ。どうせ家まで押しかけるか、呼びつけられるか」


 二人の知るサリアナなら、学園に来なくなったことを心配して来訪するのが目に見える。あるいは、メリアを口実に呼びつけるか。


「むしろ、呼びつけられるのは好都合だ。城の中も確認しておきたい」

「……地下の門か」


 ノースディアの門は、王城の地下深くに備えられている。

 教会がディアンの過去を補完するための機関であれば、保護を願い出ても聖国には行けないだろう。

 現状、門が確認できるのは……そして、使用するとなれば、城に乗り込むしかない。


「使えるかはともかく、少しでも情報が欲しい。見る価値はあると思う」

「で、ギルド長はどうやって説得する? 今のあんたでも、すんなりいくとは思えないけど」


 思わず苦笑してしまったのは、ペルデの言う通り、自分だけでは納得してもらえない自覚から。

 ディアンの中では過去の存在。かつての脅威。サリアナでさえ人として認識できたのに、割り切れないのは長年植え付けられた否定のせいだ。

 監禁されても容易に抜け出せるが、そんなことをしなくても済む方法をディアンは知っている。


「あてならあるよ。……そうだね、まだ間に合うと思う」

「間に合うって?」


 見やった時刻は、まだ夕方と言うには早い。今から向かえば、明日からは行動できるかもしれない。

 元より、ここがディアンの夢の中で。その大半が行動を補完するための存在ならば、彼が断らないはずなのだ。


「今度こそ、助けてもらおうと思って」


 それだけで理解したペルデの顔は険しく。吐いた息は、やはりディアンへ対する苛立ちが込められていた。

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