361.求めた手
「……つ、まり。ここは、君の夢の中で……僕はそれに、巻き込まれている、って……?」
一通りの説明を終えた後、真っ先に抱いたのは喉の渇きだ。緊張と、単純な酷使と、この冷たい空気と。
それは、黙って聞いていたペルデも同じなのか。確かめるように呟いた声はカサつき、より困惑を表しているよう。
ペルデに語ったのは一年前。ディアンの加護と、サリアナの断罪についてまで。
それ以降、特にアンティルダに関する出来事について話さなかったのは、彼の混乱を最小限に抑えたかったからだ。
義父とは離別し、今はアンティルダで第二の生を歩んでいるなんて、今の彼には受け入れがたいことだろう。
感覚は現実と変わりなく、意識もはっきりとしている。今までの違和感がなければ、質の悪い冗談だと思われていただろう。
そもそも、話を聞く以前に逃げられていたか。
「君の妹も、本当はフィリア様の加護を授かっていて、だから『精霊の花嫁』じゃなくて……本当の『花嫁』は、君だって……?」
「……『花嫁』という呼称は訂正したいけど、認識は合っている」
『花嫁』と言いだしたのは当時の大人たちで、精霊側からはなにも伝えず。誤った呼称に複雑な感情を抱いても、彼にわかりやすいのはその二文字。
また聞くことになるとは、なんて胸が重くなっても、実際に息を吐いたのはペルデだけ。
重く、深く。呑み込むことはできないすべてが、空気をより乾かしていく。
「信じられないのは当然だ。でも、」
「ちょっと黙って」
頭を押さえ、深く呼吸を繰り返し。噛み砕いたのは思考か、感情か。
落ちたまま左右にぶれる榛は、まるで答えを探すように。実際に見つけたのは床ではなく、彼の内側。
ふと、唇が緩む。自傷じみたものとは違う。どこか諦めたような……だが、僅かな安堵も含まれた、柔らかなもの。
かつて道を違える前、一度だけ雪を投げ合った日と同じと気付いて、ディアンの眉が寄る。
……あの時から、彼は離れることを望んでいたのだろう。
関わらない場所へ。もう二度と、ディアンに会わずに済む所へ。
それでも、再び巻き込まれてしまった現状を。記憶を取り戻した後の彼は、どう思うのだろうか。
「……君の、言うことがぜんぶ本当だとして、なんで君の妹と僕が巻き込まれているって思ったんだ」
「僕の目に反応したのが、君たちだけだったからだ。僕の記憶を元にこの夢を作っているなら、全員が反応しないとおかしい。それなのに、僕の父も、グラナート司祭も、サリアナも当たり前のように受け入れた」
「そんなの……君の夢なら、君の意識でどうにでもなるんじゃないのか」
「意識にあれば僕もそう考えた。でも、僕の目の色が変わっているのを思い出したのは、メリアに指摘されてからだ。それに、最も反応すべき人間が見逃した時点で、僕の意識は関係ないと判断した」
自力で気付いた後にペルデが怯えたなら、可能性としてはあっただろう。
サリアナが無反応だったのも、ディアンが関わりたくないと願った結果と言えば筋も通る。
だが、メリアが指摘した時点で、その可能性は消えたのだ。
ディアンの自覚は関係ない。当然だ、本人の意志に、他人が介入できるはずがないのだから。
「この夢に引きこんだ精霊と接触したとすれば、僕の目の色が変わってからだ。そもそも、変わったことすら知らない可能性もある。だから、その記憶だけは残ったと僕は考えた。どれだけ偽ろうと、本人が抱く違和感までは精霊も制御できないから」
明らかな変化だ。ペルデにとっては、特に。彼の恐れていたことが現実になったなら、恐怖を抱くのは当然。
記憶を消して過去に似せようとも、彼らの感情までは偽れない。
嫌悪も、恐怖も。……本物だからこそ、抱く違和感を。
「本来なら、僕に加護が与えられた時点で聖国へ迎えられるはずだった。その為に、グラナート司祭は僕を保護できるよう観察していた。教会も僕の記憶による補正でしかないなら、助けを求めることはできない」
「……なにが、いいたいの」
より一層、固くなる声は予感からか。
ディアンも分かっている。あの日、彼の感情に向き合ったあの時。掴みかかられ、訴えられた言葉の真意を。決して、その相手が彼自身ではないことも。
誰でもよかったはずだ。実際に頼ることができなくても、彼が言った日となら誰でもよかった。
グラナート司祭でも、ミヒェルダでも、アリアでも。そうして、ペルデが想像しうる最善の結果をもたらしたはずだ。
「僕は、この夢から醒めなければならない。君も、メリアも。他にいるかもしれない巻き込んでしまった人間を解放するために。……でも、僕一人では敵わない。一人でも多く、協力してくれる人が必要だ」
……だが、今ここで。この夢の中で、味方と呼べるのはただ一人。
「協力してほしい。いや――僕を、助けてほしい、ペルデ」
目の前で睨み、怯え。その言葉だけは聞きたくなかったと拒絶する彼だけなのだ。
彼の願いを知りながら。彼の選択に関与しないと決意しながら、結局は巻き込んでしまった挙げ句、なおも関わることを望むとは。
これでは恨まれても当然だ。一生許してはもらえないだろう。そう望むことさえも。
それでも、ディアンだけではこの悪夢を終わらせることができない。
あの人の元に戻るためには。ペルデに、今度こそ平穏を与えるためには、彼自身の協力が必要なのだ。
「助けならっ……父さんに頼めばいいだろ」
「君も見た通り、グラナート司祭も本物じゃない。彼に助けを求めても意味はないんだ」
かつて訴え、掴みかかったときもそうだ。誰でもよかった。誰にでも言えばよかった。だが、それは自分以外の誰かに対して。
これ以上関わりたくないと。苦しみたくないと。恐れたくないと願う彼にとって、今こそが悪夢そのもの。
「無理だ、そんなの……僕になにができるっていうんだ」
身体ごと顔が逸れ、机に添えられた手が震える。握り締められた手は、骨の軋む音がディアンにも伝わりそうなほどに固く、強く。伝えきれない拒絶を現すように。
「っ……帰って、くれ」
「ペルデ、君は――」
「帰れっ!」
叩きつけられた拳。ほんの一瞬の静寂。完全に顔が背けられる寸前、垣間見えた表情は怒りではなく、苦痛。
ペルデの限界は、とうに来ていた。
「…………わかった」
説明は全て終わった。あとは……彼が選ぶのを待つしかない。
説得に必要な条件は全て揃え、伝えるべきこともすべて話せた。だが、協力してもらえないだけの理由も十分に。
今までの話のうえで、ディアンに関わりたくないと拒むなら……それもまた、彼の選択だろう。
「僕もしばらくは学園に通う。……もし気が変わったら、話しかけてほしい」
扉を開く前に、もう一度だけ振り返ろうとして……結局、顔はそのまま。
「……ごめん、ペルデ」
その謝罪は、なおも彼を巻き込んでしまったことか。苦しめると理解しながら、関わろうとしていることか。あるいは、すべてであったのか。
答えはなく。少なくとも、今のペルデの望みは叶えられた。
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