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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
~婚約式編~

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閑話⑩意志を継ぐ者

閑話更新月間三週目は、「332.想定外の遭遇」にてエルドとジアードが交わしていた会話の内容です。

「それで? 私が貴殿の伴侶に害すると、まだお疑いに?」


 白々しい会話は、馴染み深い発音で切り上げられる。

 古代語に馴染みはあっても、その強い訛りを聞き取れたのは一部の者だけだろう。

 問いかけた男の隣にいるペルデは元より、対面を見定めているトゥメラ隊も。男の隣にいる(・・・・)ディアンも。

 理解しているのは、幻覚を通して対話するエルドのみ。

 答えを知りながら問うたジアードの笑みに、かつての面影を見て目を細める。

 外見は父親の血が強く出ているが、見据える緋色は血のように濃く、炎のように熱く。

 デヴァスと比べれば劣るとしても、光の強さは精霊に引けを取らない。

 髪飾りが揺れる音もまた、エルドの記憶を呼び起こす一因だろう。

 懐かしさに細めた目は、幻覚には反映されず。同じく、僅かに吐いた息も、聞いているのは隣で見守る伴侶のみ。


「……すでに疑っていない。少し確かめたいことがあっただけだ」


 アンティルダ――もとい、彼の弟の愚策も、ジアードの目的も共有されている。

 ロディリアの暗殺示唆。聖国への不法侵入。禁忌としたローブの使用と、半年前に捌ききれなかった罪の清算。

 ディアンに魅了されたのは想定外としても、元から膿を出し切るつもりだったのだろう。

 弟の身柄と、正統に裁くだけの物証。そして、誘拐されていた愛し子の解放。

 聖水の流通こそ難色を示したが、結果として契約はなされ、限られた者にのみ共有されている。

 半年前、ディアンを誘拐したのも、サリアナの『お願い』を聞いた弟の独断であったこと。

 今回の不法侵入は、聖水を引くための準備を整えるため。行動の一切にディアンは関係なく、サリアナが亡き今、自分にとっては価値のない人間であるとも。

 その言葉に偽りがないことも含め、真実は証明されている。

 ディアンに害を及ばないなら、この件は精霊ではなく、中立者として判断するべきこと。 

 そして、中立者であるのなら……すでに女王との間に結ばれた契約に、異を唱えることはない。


「俺の目的については、貴殿の前でも説明した通り。それとも、誓う精霊がいない宣言は信用に値しないか?」

「当事者が納得したのなら、これ以上言うことはない。……だが」


 視線は隣へ。目が合ったと認識した榛が僅かに揺れ、鋭さが僅かに増す。

 数日前、襲撃を受けた時に比べて体調は改善されている。まだ万全ではないが、連れ歩ける程度には回復したのだろう。

 そして……書庫に侵入した際、見えていた葛藤が僅かに薄らいでいることも。

 揺らぎ、傾き。されど、まだ決断はしていない。ペルデにとって最も重い選択。

 精霊として惹かれるほどの力強さと、軽く放り出してしまうような不安定さ。

 思わず手を差し出した危うさは、この数日で随分と緩和したようだ。

 変化を与えたのは、言うまでもなく。


「彼を連れて行くことに関しては、なにも言っていなかったはずだが」

「よほど己の伴侶以外には興味がないとみえる。件の精霊から守るためと説明したはずだが?」

「これから先、一生か?」


 この一時だけなら、エルドもわざわざ関わろうとはしなかった。

 ペルデもまた、自分の行いで巻き込んでしまった被害者であり、望むのならばその生を取り返すだけの手助けはする。

 聖国を離れ、父と決別し、自分たちと関わることのない地で生きるのを望んでも妨害するつもりはない。

 だが、あくまでもそれは、彼自身の意志によって選ばれるべきもの。

 ペルデは愛し子ではない。これからも、この先も。エルドの加護を与え、慈しみ、唯一と呼べるのはディアンだけ。

 それでも、決断が重いほどに惹かれてしまうし、守りたくもなる。

 たとえ本人が望んでいなくとも。守られていると知れば憤慨すると理解していても、その権利は守られるべきなのだ。

 ただの人として。本来、ここにはいなくてよかった、ただの人間として。


「これでも精霊の血を引く端くれ、()を求める存在に惹かれるのは当然のこと。愚弟とは違い、無理に引き入れるつもりはないが……望む者を拒むほど愚かでもない」


 自分の事と察した榛がエルドを見据える。

 ペルデのことだ。いくら自棄になっているとはいえ、自ら出した情報は少ないだろう。だが、エルドが察したのならば、求められている側が気付かないはずがない。

 精霊と人間の子に精霊ほどの欲はない。血の薄さも、育ってきた環境もそうだが、そもそもの在り方が違う。

 立ち位置としてはロディリアが最も近いが、彼女が民を守るのは女王としての役目を全うしているだけである。

 愛し子として、女王として、聖国を守り続けてきた者としての矜持もある。だが、それは精霊が人に与えるものとは違う。

 求められずとも生きていける以上。忘れ去られようとも消えはしない愛し子が人へ抱く執着は、精霊に比較すれば無に等しい。

 ……だが、エルドを見据える緋色は違う。


 同じ愛し子。年もロディリアとほぼ相違ない。王としての年月は彼女の方が遙かに長いが、精霊の本質により近いのはジアードだ。

 生まれてから百年。ロディリアは精霊界にいたが、実際に精霊と接した回数は多くはない。

 アピスを無理矢理手籠めにしたと認識しているので、接触が許されていたシュラハトは自ら遠ざけていたし、エルドも在り方や知識こそ授けたが、その真髄こそは伝えられなかった。

 対して、ジアードは精霊と共に在った。

 エルドが把握している限りでも、おおよそ二百年。彼は、最も自分の授かった加護に近しい存在と共にいたのだ。

 精霊としての執着も、欲も、願いも。彼女自ら教えたかは定かではなくとも、彼は理解し、求め、守ろうとしている。

 記憶によぎるのは、まだ幼い姿。あの時見上げていた緋色は、エルドに近い場所にある。


「ああ、かの精霊は自ら道を開く人間の意思よりも、己の伴侶が寂しがることの方が大事か」


 燃える光は確信しているのだろう。強さだけならば、自分たちと相違ないものだ。

 一度忘れ去られ、存在を失った精霊が戻ることはない。だが、その意志を引き継いだというのなら……たとえ愛し子であろうと、その加護を侮ることはできない。

 正しく、アンティルダはジアードの物であり、彼の加護すべき地である。

 そして、自らを求める人間を引き剥がすことは、略奪に値すること。


「そう警戒するな、そこまで野暮じゃない。……が、お前の弟については別だ」


 選択する者を見守り、その行く末を確かめたいのは精霊としての性。

 しかし、エルドは阻害することも、過剰に手を出すこともない。

 理解しながらの挑発に乗ることなく、本題に入れば僅かに眉が狭まる。


「本当に、いいんだな?」


 そう。エルドが見定めに来たのはペルデではなく、目の前にいる男の決断。

 些か不満はあるが、事自体は未遂だ。今からでも止められるし、他に方法もある。

 今ならば、中立者としての範疇だと伝え……笑う息に、愚問だったと確かめる。


「貴殿の女王とは契約が為された。この先、我が民を守るためにアレは害でしかない。そもそも、貴殿の伴侶を求めた時点で命運は定まっている」


 ただの人間なら酌量の余地もあった。長い年月を経て忘れられた儀式。威厳を取り戻しても、かつての畏怖は薄れている。

 無知は罪でも、過ちに赦しは与えられるべきだ。

 だが、今回は違う。半分でも精霊の血を引いている以上、知らなかったでは済まされない。

 たとえその血が薄くとも。魅了されるほどに弱くとも。伴侶と知りながら害を与えれば慈悲はない。

 その道理をアンティルダは理解している。守るべき民、自身の加護。そうして、引き継がれた使命も。

 この男は、正しくアンティルダ(精霊)であろうとしている。

 たとえ血が繋がっていようとも。唯一の兄弟だろうとも。覚悟はとうに決まっていると。


「元より、望まぬ者まで守るほど私は慈悲深くない。拒むというのならば、その時点で聖国の民も同義。好きにするといい」


 求められたなら応じずにはいられない。

 だが、守るべき者を切り捨ててまで、加護を与えることはない。

 切り捨てたのが人間にまで与える慈悲はなく、迷いも後悔もないと男は告げる。

 人として。愛し子として。王として。……アンティルダとして。


「さて、これで納得いただけたか?」

「ああ。それがアンティルダの意思なら、俺が口を出すことではない」


 この様子なら、ペルデの選択は守られるだろう。あとは見届けるだけだと話を濁したエルドをジアードが引き止める。


「最後に一つ尋ねたい」


 笑みを消した男から覗くのは真剣な光。呼び名こそ異なっているが、エルド自身への問いかけだと気付くには十分なもの。


「……母は、あなたから見てどうだった」


 髪飾りが揺れる音に記憶が呼び起こされる。

 もう名も思い出せず、面影しか残っていない。

 失われた故に教会の記録にも残せず……ただ、デヴァスとは違う、燃える赤い髪と、同色の瞳が笑う様だけは鮮明に。

 精霊としての力をほぼ失い、いつ消失してもおかしくないほどに弱りながら。それでも、定めを受け入れ、選択した彼女の姿を。

 我が子を抱き、幸せだと笑いながら。エルドの選べなかった道を最後まで進んだ、かの精霊の姿を。


「……とても、美しい存在だった。この地に残ったどの精霊よりも、人を愛していた」


 人の行く末を見守りたいからこそ、人間界に残り続けたエルドよりも。自身の執着を遙かに陵駕する加護を。


「お前は母君によく似ている。……なら、道を誤ることはないだろう」


 確信ではなく。エルド個人の願いとして。そうであってほしいと願えば、息は呆れと笑いの混ざるもの。

 背を向け、角を曲がったところで意識を戻す。開いた瞳に映るのは、元いた通りの景色。


「エルド」


 隣で見守っていたディアンと目を合わせ、肩の力を抜く。


「悪いな、思っていたより話し込んだ」

「いいえ、大丈夫です。……確かめたいことは、分かりましたか?」


 わざわざ幻覚魔法まで使い、ジアードたちの元へ向かってまで確かめなければならなかったこと。

 精霊としての欲求が抑えられなかったものだと、問いかけるディアンも理解しているだろう。

 そして、その答えも。見上げる瞳の柔らかさから伝わるもの。


「……悪い、我が儘ばかり言って」

「いいんです。僕も気になっていましたから」


 一緒に見守っていた光景は、幻覚を切り上げた時点で消え。映し出されていた机にあるのは、注がれた紅茶が一杯。

 ディアンのそばを離れるわけにはいかず。しかし、確かめずにもいられず。改めて述べた謝罪は、軽い調子で許されてしまう。


「作戦は変わらず、ですか?」

「ああ。今夜で片が付く。俺たちができるのは、ここで大人しく待つだけだ」


 全ての証拠は集まり、罪を暴くための準備も整っている。あとは待つだけと、持たれた紅茶が傾くことはない。

 何を聞いたのか問うことも、内容を確かめることもなく。少しだけ伏せた紫が、少しだけ揺れる。

 確かめたかったのはディアンも同じだ。門から出てきた黒い存在に襲われてから、まだ二日と経っていない。

 本来なら負荷で動けない状態で儀式に参加し、今もジアードと行動を共にしている。

 毎晩治療していても、その負荷が完全に抜けきったわけではない。

 今回の儀式において。……いや、ペルデの選択によっては、この先も。

 ディアンが自分から彼に関わることはなくとも、彼を心配しないのとは話が違う。

 たもつべき境界と、個人の感情。垣間見えたのは、ほんの一瞬だけ。


「ペルデは、大丈夫なんですね」


 僅かな笑みは、去り際に見えたペルデの表情を思い出したもの。

 かつてディアンに向けられた怒りと同じ、剥き出しの感情。

禍根のあるディアンは元より、ここにいる誰にも出すことのできなかったものだろう。

 イズタムにも、ミヒェルダにも。……そうして、グラナートにも。


「グラナート様は…………いえ」


 それこそ、今の自分が関与していいものではないと。首を振ったディアンの目に映るのは伴侶としての決断。

 彼らの関係が拗れたのは、ディアンにも原因がある。だが、誰か一人だけが悪い訳ではないのは、関わった全員に言えること。

 そのうえで、彼らがどうあるかは、彼ら次第なのだ。

 願わくは、和解をしてほしい。互いの納得のいく形で、血が繋がっていなくても、親子として。

 ……だが、ディアンに許されているのは見守ることだけ。


「せめて、今回の儀式だけでも無事に終わらせましょう」


 振り切るように。否、振り払わなければならないと微笑む愛し子に抱くのは、罪悪感と僅かな不安。

 強い存在だと知っている。その光が虚勢ではなく、内側から真に輝くからこそ惹かれて止まないのだと。

 だからこそ、不安になる。いつか彼の強さが、その覚悟が彼自身を苦しめることになるのではと。

 エルドを思う故に。受け入れたが故に。己の強靱さが、最もディアン自身を苛むのではないかと。

 込みあげる感情を抑えられないのは、彼女の姿を思い出してしまったからだ。

 誰よりも人間を愛していた。紛れもなく、エルド以上に。彼女は誰よりも、彼らを愛していた。

 ジアードが彼女の意志を継いだなら、アンディルダは大丈夫だろう。

 そして、彼の庇護に入るペルデも、同じく。

 

「……ああ、そうだな」


 自分は、彼女のように割り切ることはできなかった。

 それでも、唯一の愛し子だけは守り通そうと。そっと肩に触れたエルドに対し、ディアンはいつものように微笑みかけたのだった。

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