300.悪夢
本日から番外編②を更新いたします!
番外編①より半年後の、ペルデを取り巻く物語を見守っていただければ幸いです。
繊細な装飾が施されたティーポット。中央に盛られた焼き菓子。質が良すぎるお茶のセットは、白に統一された空間では、あまりにも似つかわしくないもの。
それらを支えるテーブルが小さければ、対面に座る男との距離も狭く。男の声を遮る壁だってない。
「ペルデ」
再び名を呼ばれ、顔を上げる。こうして向き合うのは、おおよそ一ヶ月ぶり。
あまりにもたくさんの事がありすぎて、本当にまだ一ヶ月という実感さえない。
もう二度と会わないと思っていた。望んでいないとさえ思っていた。いや、むしろそれは、ペルデ自身が思っていたことかもしれない。
俯いていた赤が揺れ、眉が寄る。その一連だって、ペルデは、覚えている。
「すまない、ペルデ。私は……ずっと……」
軋むのは、膝の上で握られた拳の強さを現している。
だが、それはペルデではなく、父と呼んだ男のもの。その胸の内を、ずっと抑えていた言葉を吐露する男の、なけなしの力。
歯を食いしばり、声を振り絞り。そうして、やっと紡いだ思いの丈。
「ずっと、お前に、」
――そこで、再び目を開いた。
悲痛な男の声は遠のき、耳をくすぐるのは朝の告げる小鳥の唄。
木製の天井。カーテンの隙間から差し込む光。太陽は昇っても肌寒さは変わらず。
鼻から吸った冷たい空気は頭の中を覚ましても、先ほどまで見ていた光景を取り払うには物足りない。
息を吐き、ベッドを下りて机の元へ。用意していた壺から皿へ水を注げば、水面に映るのは歪んだ自分の顔。
すくい取ったそれを顔面に叩きつけて、それでも消えることのない光景。
夢と呼ぶには生々しいのは、実際にあった出来事だからこそ。
半年前。全てが終わると信じていたあの瞬間。罰として与えられた苦痛。その、一部始終。
時折夢に見ては、胸の奥が重く沈む。
表向きは和解したように見えるのだろう。女王も、教会の関係者も。そして、グラナート本人でさえも。
そう思うように仕向けたのだから当然なのに、それでも夢に見るのは、心残りがあるからだろうか。
だが、あの程度。悪夢とは到底呼べない。ただの記憶。思い出してしまっただけのこと。
叩きつけた水が、顎を伝って皿に戻る。歪み続ける顔が睨んでいるのは合わぬ視線ではなく、目覚めてもなお薄れない光景。
そう、悪夢じゃない。あんなものを、悪夢などとは言えない。
ペルデの悪夢は。彼を苛み続けている全てはまだ、終わってなどいないのだから。
半年以上。否、あのバケモノに出会ったときからずっと。
……永遠に。





